童話に救いはあるのか(2)
- カテゴリ:小説/詩
- 2009/02/05 07:23:42
(ここから読んだ方は1つ前の日記から読んでください)長いです・・
哀しくて、切ないけれど、いくつになっても心の中から消えないお話たち。
これらの哀しい物語たちから教わったものが確かにある。
形にはならなくて、説明ができないけれど何か大切なもの。
そう、それははあまりにも小さくて、一瞬で消えてしまうから
それを追い求め、手に入れることは結局出来なかった。
その時自分に生まれた感情さえも、説明のつかないものばかりだった。
一瞬のきらめきと共に失われていく微かな灯火のような想いたち。
産まれては、消える、願い。切なさ。もどかしさ。
そしてそれらを思い起こした時のほのかな胸の痛みは、
いくつになっても思い出すことができるし、忘れることがありません。
多くの物語から、そして実際の生活から
子供たちは多くの不条理と哀しみを体験します。
そう、子供たちはすでに知っている。世の中が決して公平にはできていないと
いうこと。力のあるものから蹂躙されるシステムを、そしてその中から
どのように生きていくのかを、自分なりに身に着けています。
私の長い前説明も含めた問いかけに息子は即答しました。
お子「だって・・・鬼だもん」
はぃ、正解。
あたしたちが考える常識や物事の捉え方、正義は鬼には通用しません。
鬼はある日突然前ぶれも無く、質素でひたむきで正直に生きている人を
奈落の底に突き落としたりもします。それも気まぐれに。
そして、また逆にとびきりの幸福をもたらしたりもします。気まぐれに。
そしてそれはいたるところにいて、いつ誰が遭遇するかも分かりません。
あなたは、そんな鬼にあったことがありますか?
子供たちの心を設計していくとき、その中の教訓はとても役に立つ。
こぶとり爺さん・・・この話、私も内容を忘れていました^^;
あらすじを読んで思ったこと。なぜ、(B)のおじいさんはこぶをつけられてしまったのか・・・
たしかに私たちのころは「いじわるなおじいさんだから」て設定だったような気もするのですが、
たぶん「Aのおじいさんには、下心がなく、Bのおじいさんには下心があった」
なんとなくそんな感じを受けました^^;
こぶとりじいさん を 小太りじいさん と
勘違いしていたことが あります。
・・・変な落ちつけて スンマセン・・・
同じ物語でも、子供と大人じゃ捉え方も違うんじゃないかな。
不条理にコブを付けられたのにも、物語だけではわからない何かがあったのかも。
鬼だからって答えだけでは、どうにも納得できないのは屈折してるんかなぁw
最初のおじいさんとは、一緒に宴会して踊ったわけだしねぇw
幸いな事に、まだ本当に自分を奈落の底に突き落とすような鬼には遭遇してないねw
これから、遭遇するんかなぁ・・・