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メルティーのぼやき


三国志(演義)のウソ? ホント?


 アバには関係ありませんが、チョット面白い本を見つけたので、その中に書かれている事を紹介していきたいと思います(100コイン欲しさ&三国志好きのため)

 ご存知(?)のように、今「三国志」には大別して2つの書物が存在しています

 晋の歴史家、陳寿の書いた歴史書で「魏」(曹操)を正統とする「三国志(正史)」
1 三国時代が終わった直後から書き始められている
2 4年という短い期間で編纂されている(注1)
3 魏から禅譲(皇帝から地位を譲り受けること)された西晋で著され、魏を正統としている(注2)
4 魏・呉・蜀 三書六十五巻からなる

 もう一つが元代~明代の小説家、羅漢中らによって著された小説で「蜀」(劉備)を正統とする「三国志(演義)」であり、現在わたしたちが読んでいる「三国志」の多くは「演義」を基にしたものです(宮本ひろし氏著「天地をくらう」等 曹操を主人公とした作品も数多く存在する)

「三国志(演義)」 は、70パーセントの史実と30%の虚構で構成されていると言われ、その絶妙なブレンドが物語をより面白いものとしているとされています


では、「三国志(演義)」に記されている数々のエピソード どれがホントでどれがウソなんでしょうか



まずは、

Q1. 劉備は本当に中山靖王劉勝(前漢皇帝・景帝の子)の子孫なのか?
A どちらとも言えないがウソである可能性の方がほんの少しだけ高いと思われる(?マーク10個中6個)
解説 劉備が皇帝の子孫である証拠は何もない ただし、まったくのウソかと言われると、そうでもなく「正史」の中にも記述はある
 「先主伝」の中に、劉備の家柄の事が記されており、それによると「漢の6代目皇帝、景帝の子で中山靖王に任じられた劉勝と言う人」となっている
 さらに 「劉勝の子、劉貞と言う人、元狩6年(紀元前117年) 涿県(たくけん:劉備の生まれ故郷)の陸城亭候に任じられたが、その後その位を失い涿県に住み着いた」と、ある
 これだけ見れば、劉備が皇帝の末裔であると信じたくなるが、実は、そこからいきなり200年ほど飛んで、劉備の祖父である劉雄の話になっている
 確かに、劉貞と言う人物は実在し、失職後に涿県に住み着いた事は事実だが、空白の200年間にどのような系譜があったのか、全く分かっていない
 つまり、劉備の生まれた家が(たまたま)「劉」という漢皇室と同じ姓であっただけで、子孫であるとする証拠はどこにもない
 日本で言えば、確かな家系図も無いのに名字が「織田」というだけで「おれは織田信長の子孫だ」と名乗るようなもの(注3)
 従って?マーク10個中6個とした


Q2. 劉備・関羽・張飛は 『桃園の義』 で本当に義兄弟の契りを結んだのか?
A 事実、何らかの関わりはあったと思われる(?マーク10個中3個)
解説 「われら同年同月同日に産まれる事はかなわねど、願わくば同年同月同日に死せん」(我々は同じ年の同じ月日に産まれる事は出来なかったが、死ぬ時は同じ年の同じ月日に死にたいものだ)
 演義の幕開けを飾る名場面であるが 「正史」の中での記述は極めて簡素で

1. 張飛が関羽を兄貴分と見ていた
2. 二人が劉備に忠実に従っていた
3. 3人の関係は「恩は兄弟の如し」「なお恩は父子の如し」「義において君臣」

と、記されているのみで、義兄弟であったとはどこにも書かれていないため、演義作者の作り話と見られているが、必ずしも、そうとは言えず、

1. 「恩は兄弟の如し」との記述がある事や、実際に3人が契りを結んだと言う「桃荘」という村が実在している事
2. 当時、義兄弟の契りを結ぶ という行為が頻繁に行われていたこと
3. 民間伝承の中で、この事は数百年もの間真実とされている事

などから、まったくの作り話であるとは考えにくい
従って?マーク10個中3個とした


  


注1. 4年と言う短い歳月から、陳寿は一から書き始めたものではなく、それまでのさまざまな歴史書から切り貼りして編纂したと思われる

注2. 歴史書だからと言って、すべてが真実とは限らず、特に曹操の悪行については明確な記述がされていない事が多い 陳寿に求められたのは歴史的事実ではなく「魏」の正統性を証明する事であったと思われる(歴史は常に勝者に都合のよいように書き換えられるものなのだ)だからこそ歴史は面白い

注3. 陳寿は、元蜀の臣。劉備が漢室再興を旗印に挙兵したのは事実なので、空白の200年間を利用して旧主君の劉備の正統性を少しでもアッピールしたくて皇帝の末裔とした事は十分に考えられるのだ


 

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2010/06/15 06:03
«zerostep»さん
 きっと、凄く意地悪な顔をしていると思いますネ聖人君主と言われる劉備や稀代の大天才孔明の化けの皮をはがす
 こんな楽しい事はありません(≖‿≖)ニタァ♥
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2010/06/13 08:53
(-_-)ウーム さすがですねメルちゃん^^v

どんな顔してタイプしてるのかな(≧m≦)ぷっ
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2010/06/13 04:44
«結衣☆»さん
 むずかしいですか? そうですね~ でも、面白いですョ
 「歴史は勝者によって作られる」 その歴史の裏を読む事は(特にへそ曲がりのメルちゃんにとっては)喜びでしかありません

«ぺこりん»さん
 日本にも「勝てば官軍 負ければ賊」 と、あるように 以下に立派な大義名分を掲げていても、戦いに負けてしまえば悪役にされてしまいますからネ
 だから、歴史研究家たちはいろいろな文献を照らし合わせ、より真実に近い物を探そうとするのでしょう

«優(まさる)»さん
 そうですね 本場中国でも「演義」の方が民衆の支持を得、劉備(正義)=曹操(悪)という構図が根強くあるようです
 しかしながら、それはあくまでも「演義」において、劉備を主人公としているために、敵役の曹操を悪逆非道な男に「仕立て上げる」必要があっての事です

«こうじ»さん
 そうですね 日本における「三国志」は江戸時代元禄の始めのころ 湖南文山の「通俗三国志」で「演義」を翻訳したものが最初と言われ、その後「諸葛武候」「星落秋風 五丈原」など孔明を主役としたものが続き、もっとも有名なのが 故・吉川英治氏の小説「三国志」と、故・横山光輝氏のまんが「三国志」でしょう
 すべて、「演義」を基に著されており、それを読んでいた日本人が 劉備・孔明ファンになるのも当然と言えるかもしれません
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2010/06/12 22:11
日本人は劉備が良い者と思われてる人が多いみたい

漫画のせいかな?

ぼくの個人的な人物の総合評価は曹操が1番なんですがね

三国志は諸葛孔明が主役のお話て気がします

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2010/06/12 16:46
何が正統性なのかは、解ってはいませんが、今の演技で歴史が動いているのも事実ですからね・・・。

今は何とも言えません。
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2010/06/12 15:24
中国4千年の歴史だから、多少のことは気にしないんでしょうねwww
面白ければいいとか、自分たちに都合が良ければいい…人間よくありますから。
全ては謎のままですね。
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2010/06/12 13:43
むむむむむ・・・・ッ難しです↓↓



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