空礫(そらつぶて)
- カテゴリ:日記
- 2010/07/29 13:23:51
毎日うだるような暑さで外に出てもただ目的地を目指して急いで
歩くだけでしたが、今日は随分涼しくて周りの景色を眺める余裕が
ありました。
で、家の近くの空き地に百合の花が咲いていることにようやく気付き
ました。
そこはもともと駐車場だったらしい空き地で、随分と長い間放置されて
いるためかなり荒れているのですが、その空き地を囲っている塀沿いに
誰が植えたのか毎年白い百合の花がずら~っと見事に咲くんです。
その百合を見て作った詩画があるので今日は久しぶりに詩画を
UPします。
これはちょっと思い入れがあって本人かなり気に入ってます。(笑)
もし良かったら見てやって下さいね~。
↓コピペして別窓で開いて下さい。
http://homepage3.nifty.com/complass/poem/soratsubute.jpg
【語訳】
【空礫(そらつぶて)】目標なしに投げるつぶて。
また、どこからともなく飛んでくるつぶて。
【けわい】 音、匂いなどによって感じられる物事の様子。
漠然と全体の感覚によって感じられる物事の様子。
実体がなくなったあとに残された雰囲気。
なくなった人を思い出させるような名残り。面影。
【諦念(ていねん)】道理をわきまえて迷わない心。
また、あきらめの気持ち。
【観念】心静かに智慧によって一切を観察すること。
また物事について抱く考えや意識。
あきらめること。覚悟すること。主観としての人間の意識内容。
思考の対象となる心的形象。
心理学では具体的な映像・心像を伴わないものをいう。
【陽炎 稲妻 水の月】手に取ることができないもののたとえ。
【形見(かたみ)の色】過ぎ去ったものを思い出すよすがとなる色。
【風息(かざいき)】風向や風速が短時間に乱れる現象。
ついでにどうでもいい詩の解説・・・(笑)
今ではすっかり忘れてしまった昔の夢がふとしたはずみで甦って
くる事ってありますよね。
それも夢と言ってもそんな大層なものではなくてほんの些細な望み
というか、こうなればいいなぁというような願いなんですが・・・
そしてそれらはすべて上手く思い出に消化されているわけでは
ないのですが、時間が経つと共に日常にまぎれて、いつのまにか
意識の奥底に沈み、感情が切り離されたようになっているんですね。
それが何かのはずみでポンっと浮かんでくると、懐かしさとともに
未消化の思いもまるで瞬間解凍したように甦ってきて、切ないような
やりきれないような、そんな思いが今の自分の中にそのまま残って
いることに改めて気付かされたりするんです。
それは季節が移り変る境目を肌で感じた時のざわめきにも似て、
ふと時を止めたくなってしまったり・・・
けれども日常は当たり前のテンポで前に進んでゆくわけで、その狭間で
ただ戸惑っている自分の目に飛び込んできた百合の花がとても
眩しかったんです。
ぽつんと忘れ去れたようなその空き地はまるでそこだけ時が止まって
いるようにみえるのですが、毎年あたり前のように整然とその百合は
咲くんです。
トタンの塀は時間の経過と共にどんどん痛み、いまではすっかり
ペンキも剥げて、どれだけ長く放置されているかを物語っているの
ですが、今となっては誰が何のために種を撒いたのか、今でも
その百合の花を楽しむ人がいるのかなんて、そんなこともはおかまい
なしに、夏が来ればその百合は本当に見事に咲くんです。
その眩しいほどの力強さにこつんとひたいを殴られたような気がして・・・
『空礫(そらつぶて)』と言うのは「目標なしに投げるつぶて。
また、どこからともなく飛んでくるつぶて。」と言う意味で、そのどちらの
意味も含めてタイトルにしたのですが結局は最後の『荒れた空き地に
咲く百合の潔さが胸を突く』この一言が言いたかっただけかもしれません。(笑)

























この詩はちょっぴりノスタルジックな風景を思い起こすような言葉を選んで
紡ぎました。
季節的には今よりもう少しあとの8月末くらいの感じなんですけどね~。
そらつぶて。。。
空粒手。。。
不思議な響きです。。
風息。。。けわい。。。気配とはまた違う、、微妙な感じですね。
そうですね~、物悲しさというよりちょっぴりの切なさが垣間見える
感じですかね~。
言の葉のひとひらにほんの僅かでもお母様の面影が透けて見えたなら、
朱雀もとても嬉しいです。
ありがとうございました。
もの悲しさも 含むのかなー・・・・
母を 思い出しました m(_ _"m)ペコリ