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日本文明圏の覚醒 古田博司

著者は東アジア歴史研究の専門家で「日本は脱亜ではなくて別亜だ。アジアのどこともちがう文化を築いている。」という説が非常に面白い。そして納得する。
ハンチントンが「文明の衝突」で、「日本は日本一国で日本文明圏」と分析したのもあるんだろうけれど、アジアを知れば知るほど違うということが分かるというのも皮肉な気がする。特に儒教文明圏とは180度ちがうと言わざるを得ない。
今回の尖閣諸島の問題も、下記の引用を非常に裏付けるものとなりました。
中国は近代まっさかり、韓国は民主主義が流産したポスト近代、北朝鮮はプレ近代と古田氏は分析します。


P182-183
イギリスのロバート・クーパーは次のように述べている。


 日本の場合、問題は少し複雑である。二十世紀に日本が経験した歴史を考えれば、日本がポスト近代の世界に適応するのは、ごく簡単なことに思われる。ところが、日本が位置している地域の時間軸は、日本やヨーロッパとは異なっている。どの国も似たような歴史と収入水準を持つヨーロッパとは違い、日本の周囲にあるのは、発展の度合いも二十世紀に経験した内容も、日本とはまったく異なる国ばかりなのである。


そしてクーパーは日本の未来を案じ、次のように予知するのである。


 ただ日本にとって不幸なのは、この国はポスト近代国家でありながら、その周囲を取り囲むのがもっと古い時間軸に固定されている国家ばかりだという点である。一国だけのポスト近代国家になるのは不可能ではないが、限界がある。しかも、アメリカとの安全保障があるから、あたかも週変にはさほど脅威となるような国が存在しないかのような行動を取っているにすぎない。もし中国があまり望ましくない方向、それが近代国家であれプレ近代国家であれ進んでいくならば、日本もまた防衛を重視する近代国家へ逆戻りせざるを得なくなるだろう。(ロバート・クーパー『国家の崩壊』邦訳2009年)


それを補完するかのように、先日NHK教育でやっていた「ハーバード白熱教室in安田講堂」での正義の問題。
「自分の弟が人を殺して匿ってくれと言ったら匿うか?家族への忠誠心と社会への忠誠心はどちらを優先するか?」との問いに、いかにも儒教の人らしき学生が
「自分は弟が10人殺していていても匿う。それが家族への忠誠だ。」と自信満々で言ったのには驚いた。
サンデル教授に「君には社会正義よりも家族への忠誠が大事なんだね」と問われ、「私にとってはそうです」と答えていた。
すさまじいとしか言いようがないです。

余談ですが「ハーバード白熱教室in安田講堂」は来週もあります。
日曜夜10:00教育TVです。ぜひお見逃しなく!!




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