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ま、お茶でもどうぞ


くるしいこと、つらいことはいやされる~神々の山嶺


夢枕獏氏の、「神々の山嶺(かみがみのいただき)」上を読んだよ。

上だけ。下はまだ読んでない。本屋に置いてないんだよ。ネットで買うと送料とか代引き手数料とかあるから、なるべく本屋で買いたいんだ。

だから、今日は上を読んだ感想を書くね。

この夢枕獏という人は、本当に山が好きだ。山登りが人生で、生きる目的で、一生問い続けるテーマなんだ。山にとりつかれていると言ってもいいかもしれない。

だから、初期の作品から今日まで、ありとあらゆる作品に山と、それに挑む人が登場している。

冬山の登山は、頻繁に出てくるモチーフだ。遭難確実の冬の登山、ただ歩いて登るだけではなくて、夢枕氏の登山は岸壁の登攀(とうはん)~ロッククライミングのことを必ず書く。

山頂にたどり着くために、絶壁を登るんだ。しかも冬。絶対遭難するからやめろって、という読者の意志を無視して、彼らは登る。そして案の定、遭難する。

ああやっぱりね。言わんこっちゃない。読者は思う。つらくてくるしい場面の始まりだ。
けれど、読むのがちっともくるしくない。むしろ、彼がどうなるのか知りたくてしかたなくなる。

読者は無謀と思える彼らの挑戦に引きこまれる。雪と風に閉じ込められ、狭いテントの中でわずかばかりの食糧を食いつなぎながら、吹雪がやむのを待つ主人公に、いつしか自分を投影している。すっかりなりきって読んでいることに気づく。

俺は冬の登山なんかしたことないし、崖も登ったことはない。でも作中の主人公に乗り移って、彼と一緒に崖を登り、吹雪に閉じ込められる。くるしい、さびしい、一人きりの戦いを味わっている。作者の筆力を堪能する瞬間だ。

この作品は、語り部の主人公深町のほかに、物語の中心となるもう一人の主役、孤高の登山家である羽生という男が登場する。
片足が悪いのに、持ち前のガッツと体力でがむしゃらに踏破する羽生。
登山家としての気持ちが高いあまり、もし自分が危なくなったらパートナーの命綱を切ると、仲間の前で言ってしまう不器用な男だ。当然、こんなやつと組めるかと、人が離れていく。だから孤独だ。

でも、羽生だってひとりはさびしいんだ。昔、自分の意志で命綱を切ってしまった弟子のような存在の男~岸のことをずっと悔やんでいた。そしてくるしんでいた。

ライバルに勝ちたいあまり、ひとりで冬山に挑む羽生。でも登攀中事故に遭い、腕と足を折ってしまう。絶望的な状況だ。ひとりで登頂しないと功績にならないため、仲間はいない。

助けは呼べない。荷物もあらかた落としてしまった。天と地に宙ぶらりん。身動きが取れない。さあどうする…?

羽生は残った力で岸壁に自分をくくりつけ、寝袋の中にもぐりこむ。雪がやむのを待つ。
登攀前につけていた手記を、そこでも書き続ける。その手記が上の見どころであり、絶賛されるべき場所なのだ。

寒さと苦痛で意識がもうろうとし、あまりの寒さに幻覚を見たりする。幻聴も聞く。孤独と寒さと飢えが、人を極限状態に追い込む様子が、だんだん乱れていく羽生の手記で克明に表されている。

最初は小説の文体みたいにしっかりとしていた文章が、どんどんひらがなになっていく。
内容は、現実と幻覚が区別つかなくなり、やがて、自分の手で命を絶ったも同然の岸へと思いが向けられていく。

岸は、唯一羽生を尊敬した男だった。羽生が初めて自分の技を教えた男だった。
しかし、登攀中に足を踏み外し、落下してしまったのだ。命綱があるから地上まで落ちなかったけど、落下の衝撃で体を痛めて動けなくなった。羽生も彼を助けようと努力した。でもダメだった。だから…。

きしよう。きしよう。

夢うつつの中で、羽生はこう呼びかけ、岸の幻を見る。そして、自分の心と向き合うんだ。

ここでの手記が、全部ひらがななんだ。

夢枕氏は、この作品に限らず、極限の心理状態をひらがなで書くことが多い。

それは苦痛の描写であるはずなのに、母親が子供に言い聞かせるように、お釈迦様が苦しむ衆生を懐に抱くように、ふしぎとあったかい。やさしい。

俺はそれを読んで、癒されていることに気づく。

彼らが無事生還している場面にたどり着いて、自分もその苦難から乗り越えたような気持ちになっている。

山に登るということは、人生そのものなんだ。人生もまた、登山なんだよね。
夢枕氏の一貫して伝えてくることはそれなんだ。

山に登る彼らは、みんな実生活に居場所が見いだせない男たちだ。結婚、妻を養うこと、安穏とした暮らしが嫌いではないけれど、安心することで自分の野生を失ってしまうことに怯える、永遠の少年たち。

でもそれは、俺も一緒だと思った。きっと、みんなも同じ思いを抱えているかもしれない。

何かを受け入れることで無くしてしまう、心の支え。つらいこと、くるしいことばかりの現実生活。

でも、いつかそれは必ず乗り越えられる。そして、くるしみながら上へ上へと登っていくんだ。蒼い空へ向かって。





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2011/01/03 11:30
アイマールさん、コメント感謝です。

人生に例えるのは山だけじゃないですけど、じわじわとつらいことを乗り越えて、ぱーっと頂上が開ける、そしてまた登って…という繰り返しが、人生にわかりやすい例えだし、モチーフになりやすいですよね。

俺も冒険野郎に憧れますw 旅行苦手な上にインドア派なので、あちこち飛び回る人はいいなーと思います。
アイマールさんが戦場のカメラマンになりたかったとは。なんだかうなずいてしまいますw
いえいえ、決してバカなんかじゃありませんよ~www
それを言うなら、冬山登山する人、そして遭難する人はみんなバカです。台風の日に波乗りするサーファーも、スピードに命かける走り屋も、同じですよねwww
バカはバカでも、一本気な人の称号です。
何かに夢中になれるのっていいですね。夢枕氏は、一生もののテーマが根底にあるので、だから作品がみんな力強いんですよね~。
アバター
2011/01/03 11:15
山って人生に例えれちゃうから嫌なんですよね~。ハマっちゃいそうで…。^^;
で、私も羽生みたいな登山家になりそうなのが想像付くんですよ~。
雪山に1人で登って、遭難して周りに大迷惑かけるようなバカになりそうなので、
私は海を目指します。www
ま、それは冗談ですけど、冒険野郎って憧れますねぇ。
男に生まれてたら世界を飛び回る冒険野郎になりたかったです。
それか、戦場カメラマンか、革命家。www
で、やっぱり周りに大迷惑かける大バカになってたんですよねぇ。
結局バカに変わりがないんですね、私は。www
ま、女は要らない心配事が多いから諦めましたけどね~…。



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