まるごと松川浦、まるごと・・・
- カテゴリ:日記
- 2011/03/21 15:37:31
今回の震災では多くの人の命、財産が失われました。
こんな時に・・・とは思いますが、ちょっとおつきあいください。
8年ほど前、相馬市に移り住んですぐのこと。
県の補助金を使って観光案内誌を作り地元の活性化をしよう、
というプロジェクトに参加しました。
相馬市には日本百景、松川浦という場所があります。
ここをテーマに企画会議から事前アンケートまで1年、更に
編集から発行までに1年以上の期間を経て1冊の本が出来ました。
「まるごと松川浦」
そこで私は幾つかのページのカットを担当。
見開きのイラストも数枚。
水彩鉛筆とアクリルで「松川浦の動植物」の生態を描き、
コピック(けらえいこさんや、西原さんも使ってるカラーペン)で
「松川浦の理想」~スローライフのテーマパークになればいい~
というテーマで架空のイラストマップを描かせていただきました。
出版や印刷の経験があったのは編集長と私くらい。
あとは地元の有志です。
松川浦とその周辺の食べる・遊ぶ・泊まる等の基本情報は勿論
歴史・文化・生態とまるで生活科の資料集にも匹敵する内容に。
内容を充実させたために補助金では足りず、一般販売での発行となりました。
(補助金を使った場合、普通は販売は出来ないのだが交渉により可にw)
おかげさまで好評、重版になりました。
今回の津波では本で紹介された「松川浦」の全てが飲み込まれました。
もう、元の姿に戻る事は無いでしょう。本の中でも紀元前から遡った地形の変化が
紹介されています。それと同じ地球規模の変化の一つ、と諦めるしかないのでしょうか。
松川浦だけではありません。
地元の海女さんが採った「活きたウニ」をごちそうになった「譜代村」。
物心ついてすぐに住んでいた「宮古市」。
釣りの楽しさを覚えた「釜石市」。
岩手・宮城・福島の沿岸に関わりのある人それぞれに思い出もあるでしょう。
その風景が大きく変わってしまいました。
そこに住む人たちの運命も。
本の編集にかかわった人たちの多くも、沿岸に住んでいました。
連絡は・・・取れません。


























松川浦のことを知らなくて、今検索してきました。小松島とも
言われる風光明媚なところだったと知りました。
松川浦は訪れたことがありませんが、結婚前に妹と宮城の沿岸を
旅行したことがあります。今回津波で飲み込まれてしまい、言葉を
失いました。あまりに変わり果てた風景に、悲しくて悲しくて
涙が止まりませんでした。
旅行者である私がそうなのですから、そこで暮らす方々の悲しみは
計り知れないと思います。
自然の恐ろしさを、今、嫌というほど思い知っている状態ですが、
いつか、そう遠くない未来に、自然のあたたかさ、懐の深さを
感じられる状態に早く復興しますように…
安心して仕事をして、毎日の糧を得られる状態に一日も早く戻ることを
願ってやみません。
コメントありがとう。そうそう、万葉集にも載ってます。
天の橋立にも似た景観。集う沢山の生き物達。
岩手に疎開した時、宮古市田老のワカメと昆布、とろろ昆布を買ってきました。
昆布はヨウ素を含む健康食品。大事に食べようと思います。
かるぼさんも絵を描く方なのかな。1本が高いのでなかなか揃えられないコピックに反応する辺り、
タダモノではありませんねwww
日本百景の一つなのに知らなかった。万葉集でも見ているはずだけど気にしたことなかった。
画像を検索して見たら、とても好みで行きたくなった。
今の画像を見たら、言葉がでない。
10年以上も前の話だけど、東北のリアス式の海岸線をふらりと旅行した。
水沢から陸前高田へと出て大船渡~釜石から遠野というルート。
碁石海岸で買ったワカメがおいしくて、それからワカメは三陸産ばかり買うようになった。
またいつか行きたい、旅したい。ずっと思っていた。
高田が実家の友人から画像とは違う高田を見てきた生の話を聞いた。
45号から海側はもう海になっていたと言ってた。
何て言えばいいのかわからない。けど少しでも残ったものを未来に残したいナ。
自然は厳しくだけでも脆いだけでもなく、また強くもあると思うから。
コピックとかスケブのとも、だわ懐かしい。
あと見せるのは室内でだけで基本外では完全武装だったりしま><きしし。
どうしようもないのでここにコメしますw
その娘さんの絵ってどこで見られるのですか~?w
みんなでウニ食べに行きたい!え~と、えみりいと、まりか姉と・・・。後誰~??w
>まりか姉様
あの垂直滑り台をたちむかい君が・・・w
かなりの高台なので遊具達は無事でしょう。そこに子供達の歓声が戻る日は来るのか・・・?
あの、ほぼ垂直なすべり台をたちむかいは何度すべったことか!!
あの遊具たちは今どうなってしまったのだろう(>_<)
私もウニ食べたい・・・・。
活きたウニ位、どんだけでも食わしちゃるぞ!!!
あーんなもん、とるのは簡単だよ。
逃げないもん!^^
もちろん、えみりぃちゃんもね!
あたしは伊勢湾のラッコだーーー^^
>やあ
うん。ありがとう。休む暇無く家事とか片づけ手伝いしてるけど、そのほうが
気が紛れるから大丈夫だよw
>おだんごさん
次男が軽くアルビノなんで海水浴は無いけど潮干狩りは行ったな~。
来て頂いてたんですねw
おだんごさんも今大変な状況なのに、それでも優しいコメ・・・ありがとう。
>まりか姉様
原町のキャンプ場、来てたんだw 近くの公園には行った?
ゆさ家の子供達が大好きな公園でした。
TVで久しぶりに聞く福島弁が辛いコメントなんて・・・。悲しいよね。
>こももぷ~
そそw食べ物が美味しいからお姉ちゃんもこんなに・・・w
何年かかるか、わからないけど帰ることが出来たら復興に頑張るよ。
>おんぷ♪ちゃん
何をおっしゃいますwおんぷ♪ちゃんの言葉にホント、励まされたよ。
しっかりねって言われた気がするよ。
>かっちゃん
謙遜し過ぎw!今回、おかげさまでかなり冷静になれました。
何にも情報がなければ無駄にあたふたしてたと思います。
じっくり読むほど、良いこと書いてないですよ(照
>もげぞうくん
記事、どんだけあった?超ローカル誌でもう入手出来ないだろうから、
今持ってる人は大事にして欲しいよ・・・。在庫あったらもうちょっと買っておくよ。
メモリアルになってしまったのは悲しいけど、編集に携われたのは誇りに思うよ。
>えみりぃ
うん。かなりてんこ盛りの理想を盛り込んだMAPだけど、奇想天外なのはなくて
「もうちょっと頑張れば出来そうじゃない?」っていうのばかりだったよ。
何年かかるかわからないけど、お婆さんになるころになんとか・・・。
「活きたウニ」を食べてしまったおかげで、普通のウニが食べられませんw
やっぱえみりぃの〆は秀逸だな~w
松川浦に行ったことないのがすごく残念です
「松川浦の理想」っていいですね
理想があれば、そこまでには絶対になれると信じてますよ
いつかきっと「活きたウニ」食べに行きます!
その時はよろしくね^^
人気冊子みたいだったから、全国の皆さんのところで大事にされるよ。
おいらの悪い頭にも刻みつけたよ。
焼き付いている風景と思い出を、いつまでも大切に。。。
そして、どうか皆様のご無事を、私もお祈りいたします。
↓ ゆささんを見守ってくれているステキなお友達がいて、よかったね!
(って、あたしもその中の一人でいていいのかなー(^^ゞ・・・)
姑さんが作ってくれたかきフライ、煮しめ、地元の奥さんの作った沢庵、キウイ。
3日間で3kg太るくらい美味しかった。
今思えば・・・
おねえちゃんの転勤先には小高、浪江、いわきもほとんど泊まりに行っています。
とても美しい町で、お魚が美味しくて、果物が美味しくて・・・
松川浦の”たこ八”で食べたほっき貝のてんぷらは
甘くてさくさくでした。
かつて魚介類嫌いだった私ですが、
相馬の新鮮な海の幸のおかげで貝も刺身も好きになりました。
またいつの日にか、相馬に遊びに行きたいな。
あの原発を見ながら、家族で初めての海釣りをしたんだ。
何も釣れなくて、リベンジでもう一度行きたいねって話していたのに、
もうたぶん行けないんだね・・・(>_<)
子どものときは夏休みはいつも福島ですごしたから、
久しぶりに聞いた福島弁が耳に優しく響いて懐かしかった・・・。
福島の傷が少なく済むように、復活できるように祈るばかりです。
福島市に住む私にとって、海水浴といえば、原釜海水浴場。
松川浦だよね。
海水浴の帰りは、必ず市場によって、あさりや鮮魚を買ぃ求めました。
潮干狩りもやったよ。
みんなの無事を祈ります。
しんどいね。
今はすごくすごくしんどいね。
しんどい気持ちを吐き出して。
どんどん吐き出して。
あたしがちゃーんと受け止めるよ。
ゆっくりゆっくり休んで。
体も心も充分休ませて。
それから、ぼちぼち歩き始めたらいいよ。
その時には手を繋いで一緒に歩くからね^^