ジョーカーの冬の国より~その5
- カテゴリ:自作小説
- 2011/06/18 01:46:46
時間帯が次の夕方になってから、アリスはハートの城をお暇した。この世界では、昼の次に夕方が来るとは限らない。朝も昼も夕も夜も、順番は滅茶苦茶だ。同じ時間帯がずっと続くこともある。
「あら? 今の……」
さっきは双子と会ったところで、数メートル引き返す。
並木の合間に見えた三角形はテントだ。
(……見つけたわ)
野宿する人間といえば、該当者はひとりしかいない。アリスは深い溜息をついてから、そのテントを訪ねた。
「エース! いるんでしょう?」
テントの中から見知った顔がひょっこりと出てくる。
「あれ? アリスじゃないか。ははは、奇遇だね」
笑顔が必要以上に爽やかな彼は、ハートの城の騎士エース。ユリウスの仕事仲間でもあり、並々ならぬ方向音痴の、自称「冒険家」である。
「ユリウスが待ってたわよ。また迷子になってたの?」
「うーん、俺としては着実に目的地に近づいてるつもりだから、迷子っていうのは違うと思うんだけどな」
何にせよ、彼が双子と鉢合わせしなくてよかった。ハートの城と帽子屋ファミリーは敵対関係にあって、エースは会話より先に剣を抜くことが多い。
「あーでも、さっきは帽子屋さんの屋敷に迷い込んじゃってさ。俺ってやっぱり迷子かもね、ははは!」
まったく帽子屋の門番は何をしているのやら。
(あの子たちは……はあ)
エースはテントの外で立ち上がり、軽く伸びをした。
「アリスはこれからどこに行くの?」
「ちょうどクローバーの塔に帰るところよ。ついでに、あなたを見かけたら連れ帰ってきてって、ユリウスに頼まれてるわ」
「ははは、さすがユリウスってば気が利くなあ。待ってて、テント片付けるから」
冒険家がテント一式を片付けている間に、アリスはコートを羽織っておく。軽装でいられるのもここまでだ。
「お待たせ、アリス。行こうか」
「そっちはハートの城!」
お約束のように逆方向に進む彼を引っ張り、クローバーの塔へと向かう。
「雪の中で迷ったりしたら一大事よ。もう」
「そうだなあ……エイプリルシーズンの間は、防寒服を持ち歩くくらいの注意が必要かもね」
「……あなたの場合、何よりもまず、道を間違えないように注意するのが肝心じゃない?」
いつもの小言を連発してみても、効果はなし。
「それが難しいんだよな。みんなは、どうやって道を憶えてるんだろ?」
「みんな思ってるわよ。あなたはどうしてそんなに道に迷うのかって」
迷子を連れて、やがて冬の領域へ。青い空は厚い雲に覆われて、だんだんと風が冷たくなってくる。さっきまで春にいたせいか、閉塞感のある景色だ。
しかし、だからこそ憩いの場所を温かくも感じられる。冬が好きになりそうだった。
つづく。