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ジョーカーの冬の国より~その8(END)

 食事を運ぶコースは決まっていた。まずはナイトメアとグレイに持っていて、改めて、ユリウスの分を運ぶ。仕事に没頭して部屋にこもりがちな彼は、食事を取りに来ないことが多い。こうしてアリスが直接持っていくのが確実だ。

「ユリウス、入るわよ。食事を持ってきたの」

 ドアに声をかけて、部屋の主が開けてくれるのを待つ。自分とユリウスのふたり分の食事を抱えていては、両手が塞がって、開けることができない。

「手間をかけたな。寒いだろう、中に入るといい」

 しばらくしてユリウスが迎え入れてくれた。塔の中でも一番温かい部屋に足を踏み入れる。

「ありがとう。エースは帰ったの?」

「ああ。雪が降り始めたから、待てとは言ったんだが……まあ、あいつのことだ。どれだけ迷っても遭難はせんだろう」

 人間嫌いのユリウスでも、エースには優しい。はっきりと好意を表すことはしないが、言葉の節々に親しみを感じる。

「冷めないうちに食べましょう」

「まったく、冬は煩わしいな。きりのいいところまで進めたかったんだが、冷める前に食べておこうという気にさせられる」

「いいことじゃない」

 ふたり向かい合って、窓際の適当な席につく。暖炉から離れて少々寒いが、雪景色を眺めるには絶好のポジションだった。

「……あら?」

 その窓際に、ついさっき贈ったマーガレットを見つける。確かアリスは暖炉の傍に置いたはずなのだが。

 ユリウスが花瓶から花のひとつを抜き取り、アリスによく見せた。

「枯れる前に、と思ってな。手を加えてみた」

「もしかしてドライフラワー?」

 彼の手先の器用さなら知っている、それでも驚いた。マーガレットの花は原型を少しも崩さず、咲いた花の形を維持しているのだ。花びらの一枚一枚まで、丁寧に加工が施されている。

「すごいわ! こういうのって、難しいんでしょう?」

 小さな春が冬の世界に紛れ込んできたみたいだ。造花の類と聞けば納得できるはずなのに、ユリウスのマーガレットは、他の何よりも不思議に思えた。

「方法さえ間違えなければ、誰にでも作れる。何なら今度、お前にも教えてやろう」

「知っているからできるものでもないわ。ふふっ、でも、あなたに教えてもらおうかしら」

 温まる食事と談話を楽しみつつ、アリスから提案してみる。

「教えてくれるのなら、春になってるハートの城まで、一緒に出かけてもくれるんでしょう?」

 言い出したユリウスが観念したように頷く。

「……そうなる、な。トカゲみたいな言いまわしだったぞ」

「グレイほど上手じゃないわよ。ナイトメアを言い含めちゃうんだもの」

 もしグレイにこれを話したら、「ナイトメア様よりも時計屋を言い含めるほうが難しい」と反論されそうだが。

「まあ……たまには、外を出歩くのもいいか」

「あなたも少しはエースを見習わないと」

「あの方向音痴をか?」

 ここにエースがいないおかげでユリウスを独り占めしていられるのが、ずるい気がした。

 だけど、ずるくてもいい。

「なんだか……とても久しぶりね。ユリウスとこうしてるのって」

 ふと、そんな言葉が零れる。一緒に食事をする機会は多いのに、なんだか久しぶり。

「ねえ、ユリウス。……迎えに来てくれてありがとう」

「お前もだんだん、おかしなことを言うようになったな」

 ユリウスはマーガレットの花と雪景色を見比べながら、どことなく安心したように囁いた。




おしまーい。
 





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