ジョーカーの冬から夏の国より~その2
- カテゴリ:自作小説
- 2011/06/24 00:57:09
クローバーの塔でも人気の少ない階段を登った先に、時計屋ユリウスの部屋がひっそりと隠れている。アリスは窓ガラス越しに雪景色を眺めながら、博学な部屋の主に尋ねてみた。
「ユリウス、あたなはそうめんって知ってる?」
「そうめん? 知っているとも。少し変わった食べ物だ」
時計の修理に没頭しているようでも、彼の耳はアリスの言葉をしっかりと聞き取っている。
「例えば、そうだな……スパゲティは知っているだろう? あの麺をもっと細くして、黒いつゆに浸して食べるのが、そうめんだ」
「……ピンとこないわね」
もしかすると、アリスが前にいた世界で言う「東洋」の食べ物に近いのかもしれない。「そうめん」という語呂自体も聞き慣れないものだ。
「類似品として、他にはうどんやそばもある」
「それも夏の食べ物なの?」
「いや、うどんとそばは夏に限らんが……うどんは前に見ただろう、憶えてないのか?」
最近の食事で「うどん」に当たるものを、記憶の中から探す。
ユリウスの工具が歯車をカチッと合わせた瞬間、それを思い出した。
「もしかして、鍋に入れた白いヌードルのことかしら?」
「そうだ。普通は単品だが、鍋料理に加える場合もある。ざるで水分を切って、冷やしてから食べることもできる。ああ、それが一番そうめんに似ているな」
ユリウスの話は半分も理解できなかったが、とりあえず彼は、意外にグルメか単に雑学に長けているかの、どちらからしい。
「……そうめんって、美味しいの?」
アリスの首を傾げる仕草に目もくれず、ユリウスは時計の蓋を閉めている。
「人によるんじゃないのか? 料理人によって味付けも違うだろう。そんなに気になるのなら、夏の領土で……」
「邪魔するぞ、時計屋」
会話の最中にドアの開く音がした。トレイにポットとマグカップを乗せた、グレイである。
それでもまだユリウスは顔を上げなかった。
「なんだ? トカゲ」
「そう邪険にするな。差し入れを持ってきてやったというのに」
もっぱらコーヒー派のユリウスに対して、グレイは断然ココア派。十分に温められたココアを、3つのカップに順番に、均等に注いでいく。
「私も手伝うわ、グレイ」
「大した手間じゃない、ゆっくりしていてくれ」
仕事熱心な時計屋も渋々手を止め、ようやく顔をあげた。
「まわりくどいことはいい。トカゲ、私に何か用があってきたんじゃないのか?」
「それもあるが、ついでにココアをご馳走するくらい構わないだろう。お前は社交性に欠けるぞ」
最初に温かいマグカップを受け取ったアリスは、空いた椅子にちょこんと座り、ユリウスとグレイを見比べていた。
(グレイは社交辞令がいつも自然で、それが嫌味にならないのよね)
用があるからといって、その用件だけで終わってしまっては失礼な場合もある。そういったことにグレイは丁寧で、逆にユリウスは無頓着だった。
だからこそ、ふたりのコミュニケーションはちぐはぐで、見る分には面白い。
「私はコーヒーのほうが好きなんだがな」
「時計屋。こういうものは素直に受け取るのが礼儀だ」
「やれやれ……まあ、味は悪くない。本当にお前が入れたことが不思議でならん」
悪意のない笑いを隠すようにアリスは、マグカップに口をつけた。
グレイのココアは、その日によって甘さが違う。飲む人の疲れの具合にいつも適度な甘さで、特に甘い味付けの時は、飲んで初めて、自分がそれだけ疲れていることに気付かされる。
つづく