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ジョーカーの冬から夏の国より~その2

 クローバーの塔でも人気の少ない階段を登った先に、時計屋ユリウスの部屋がひっそりと隠れている。アリスは窓ガラス越しに雪景色を眺めながら、博学な部屋の主に尋ねてみた。

「ユリウス、あたなはそうめんって知ってる?」

「そうめん? 知っているとも。少し変わった食べ物だ」

 時計の修理に没頭しているようでも、彼の耳はアリスの言葉をしっかりと聞き取っている。

「例えば、そうだな……スパゲティは知っているだろう? あの麺をもっと細くして、黒いつゆに浸して食べるのが、そうめんだ」

「……ピンとこないわね」

 もしかすると、アリスが前にいた世界で言う「東洋」の食べ物に近いのかもしれない。「そうめん」という語呂自体も聞き慣れないものだ。

「類似品として、他にはうどんやそばもある」

「それも夏の食べ物なの?」

「いや、うどんとそばは夏に限らんが……うどんは前に見ただろう、憶えてないのか?」

 最近の食事で「うどん」に当たるものを、記憶の中から探す。

 ユリウスの工具が歯車をカチッと合わせた瞬間、それを思い出した。

「もしかして、鍋に入れた白いヌードルのことかしら?」

「そうだ。普通は単品だが、鍋料理に加える場合もある。ざるで水分を切って、冷やしてから食べることもできる。ああ、それが一番そうめんに似ているな」

 ユリウスの話は半分も理解できなかったが、とりあえず彼は、意外にグルメか単に雑学に長けているかの、どちらからしい。

「……そうめんって、美味しいの?」

 アリスの首を傾げる仕草に目もくれず、ユリウスは時計の蓋を閉めている。

「人によるんじゃないのか? 料理人によって味付けも違うだろう。そんなに気になるのなら、夏の領土で……」

「邪魔するぞ、時計屋」

 会話の最中にドアの開く音がした。トレイにポットとマグカップを乗せた、グレイである。

 それでもまだユリウスは顔を上げなかった。

「なんだ? トカゲ」

「そう邪険にするな。差し入れを持ってきてやったというのに」

 もっぱらコーヒー派のユリウスに対して、グレイは断然ココア派。十分に温められたココアを、3つのカップに順番に、均等に注いでいく。

「私も手伝うわ、グレイ」

「大した手間じゃない、ゆっくりしていてくれ」

 仕事熱心な時計屋も渋々手を止め、ようやく顔をあげた。

「まわりくどいことはいい。トカゲ、私に何か用があってきたんじゃないのか?」

「それもあるが、ついでにココアをご馳走するくらい構わないだろう。お前は社交性に欠けるぞ」

 最初に温かいマグカップを受け取ったアリスは、空いた椅子にちょこんと座り、ユリウスとグレイを見比べていた。

(グレイは社交辞令がいつも自然で、それが嫌味にならないのよね)

 用があるからといって、その用件だけで終わってしまっては失礼な場合もある。そういったことにグレイは丁寧で、逆にユリウスは無頓着だった。

 だからこそ、ふたりのコミュニケーションはちぐはぐで、見る分には面白い。

「私はコーヒーのほうが好きなんだがな」

「時計屋。こういうものは素直に受け取るのが礼儀だ」

「やれやれ……まあ、味は悪くない。本当にお前が入れたことが不思議でならん」

 悪意のない笑いを隠すようにアリスは、マグカップに口をつけた。

 グレイのココアは、その日によって甘さが違う。飲む人の疲れの具合にいつも適度な甘さで、特に甘い味付けの時は、飲んで初めて、自分がそれだけ疲れていることに気付かされる。




 つづく





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