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ジョーカーの冬から夏の国より~その5

「何だって? そうめんを探してる?」

 ロッカーから先に戻ったグレイが、ゴーランドに事情を説明してみたところ、心当たりがあるといった反応が返ってきた。

「それなら少し前に取り寄せできないかって、どっかから話があったな。もしかしてお前さんだったのか?」

「間違いない。おそらく俺が手配したものだ」

 しかしゴーランドは頭を掻いて、従業員のひとりを呼んだ。二、三の受け答えの後、申し訳なさそうに在庫を明かす。

「そうめんはな、麺はあるっちゃあるんだが……」

「お待たせ、グレイ、ゴーランド!」

 ようやくアリスも着替えを済ませ、合流した。髪型も整えてもらっていたため、グレイより大幅に遅れてしまったのである。

 冬服では上着を脱いでも暑いだろう、とのことで、ゴーランドが服を貸してくれたのだ。本来ならレンタル料が必要らしいが、お礼という形の厚意に甘えさせてもらった。

 グレイの視線がアリスの容姿を、失礼にならない程度に眺める。

「がらりと雰囲気が変わるな。浴衣も似合っているよ、アリス」

「そう? 思ったより風通しがよくて、不思議な着心地だわ」

 アリスは不慣れな浴衣をひと撫でし、後ろの、帯の結びを確認した。生地の水色には可愛らしい魚の模様が泳いでいる。ストレートに降ろしていた髪は、アップにまとめ、結っておいた。

 履き物の草履は、足の裏が地面に密着するみたいだ。

(これでちゃんと合ってるのかしら)

 遊園地の来客も、ほとんどが浴衣姿だが、自分の着方が正しいことに自信はない。

「あなたは何でも着こなせそうね。すごく似合ってるわ」

「ありがとう。でも、何でもということはないさ」

 グレイのものはベージュ一色で、浴衣だけを見ると地味だが、彼が着ることでストイックな装いを演出していた。

(服に『着られてる』感が全然ないのよね。グレイもユリウスも。……ナイトメアが他の格好してるのは、ちょっと想像できないけど)

 アリスたちを見守るポジションのゴーランドは、会話の機会を窺っていた。

「あーその、いいか? そうめんの話な」

「すまない、オーナー。続けてくれ」

「麺はあっても、つゆが切れれてよ。ちょっと前にうちの従業員が皆して、お茶と間違えて飲んじまったんだよな」

 言葉の意味がわからなくて、アリスだけ首を傾げる。

「……お茶に似てるの?」

「色はすっげえ似てる。実は俺も間違えて飲んじまった。まあ、夏祭りが始まったら、そこらの屋台で売ってるかもしれねえし。俺もいくつか当たってみるぜ」

 多忙であるにも関わらずアリスたちに付き合ってくれたオーナーは、従業員の呼ぶほうに向かっていった。

「悪い、また後でなー。楽しんでってくれ~!」

「ありがとう、ゴーランド!」

 グレイが諦めがちに呟く。

「ナイトメア様もあれくらい仕事熱心でいてくだされば……」

「そ、そうね。……それより夏祭りが始まるまで、お茶にしない? グレイはあまり遊園地に来ないでしょ、私でよければ案内するわ」

「いやいや、ここの案内っつったら俺でしょ」

 ピンク色の大きなファーが目の前に飛び込んできた。

「ボリス! 夕食会以来ね」

 チェシャ猫のボリス。遊園地に居候中の、気まぐれで前向きな猫である。

「にゃははは。うんうん、やっぱ俺の見立てた通り、アリスには寒色系が似合うね」

 ボリスはアリスの浴衣姿をまじまじと見詰めて、得意そうに頷いた。

「この浴衣、ボリスが選んでくれたの?」

「アリスが来たって聞いたからさ。そっちのトカゲさんのも、俺のチョイス」

「そういえば、暖色系のアリスはあまり見ないな」

 三人で輪になろうとしたところで、もうひとりが慌しく割り込んでくる。

「ほんとは! ほんとはね、チーズそっくりの黄色いのもあったんだよ? 僕はそっちのほうがアリスに似合うと思って、選んだんだ」

 こちらは眠りネズミのピアスだ。猫を天敵とする割に、チェシャ猫と一緒にいることが多い。気が弱くて引っ込み思案、それでいて社交スキルは悲惨なくらい乏しく、何かとイジメられてばかり。

「なのにボリスがさ、他の選んじゃうんだ。ひどいよね、アリス」

「あーもう、うるせえな。おい、アリスの浴衣引っ張るんじゃねえって」

 ボリスとピアスは遊園地でも異質な存在だ。ふたりとも「帽子屋ファミリー」というマフィア組織の一員であって、「遊園地」とは本来、敵対関係にある。にもかかわらず、ボリスもピアスも遊園地に居候し、仕事を手伝うか邪魔するかしていた。




つづく





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