ジョーカーの冬から夏の国より~その6
- カテゴリ:自作小説
- 2011/06/24 01:08:58
ピアスの頭に肘をかけながら、ボリスがてきぱきと提案する。
「大体の話はこの耳で聞いたよ。夏祭りまで待ってるだけじゃ暇だろうし、どう? そうめんつゆ、俺がとっておきのを作ってあげる」
「僕も僕も! いいでしょ、アリス、トカゲさん! ボリスなんかより美味しいの作るから!」
「ハァ? 今何つったんだ~? ピアス。もう一回言ってみろよ」
「ぴい!」
チェシャ猫に少し凄まれただけで、眠りネズミが竦み上がった。それでも、アリスとグレイを盾にして、自分の主張を通そうとする。
「で、でもほんとのことだもん! 嘘はいけないんだよ、ねっ、ね! アリス!」
「私に同意を求められても……」
「そんなことより、そうめんつゆを作ってくれないか」
猫とネズミは飽きもせず、アリスとグレイの間を何度もくぐった。
アリスの予想の通りである。ボリスとピアスが飲食店の調理場に勝手に入り込んで、しばらくのこと。チェシャ猫は好物の魚を、眠りネズミは好物のチーズを材料にして、そうめんのつゆを作った。
客席で待っていたアリスたちのもとに、彼らの自信作が運ばれてくる。
先にボリスから得意げに調理手順を解説した。
「つゆは大まかに言って、酢とレモン汁、醤油を均等に混ぜた感じ。味付けとして、しょうがの他に、ニンニクと、あおじその千切り。実際はもう少し寝かせたほうが味が引き立つんだけど。メインはカツオを強火で、焼き目がつくくらいあぶったのをさ、小刻みにして放り込んでみたってワケ」
「それって、カツオのタタキじゃない?」
確かに美味しいかもしれないが「そうめん」には遠い気がする。
対抗馬として、ピアスも自信作を披露した。
「僕のはね、チーズをこまか~く切ったのを、牛乳足して、中火から弱火でじっくり、ゆっくり溶かしていったんだよ。これでそうめんを食べたら絶対美味しいよね、チーズの味で!」
チーズフォンデュとしてはなかなかの出来かもしれない。
「なるほど……」
グレイは感心気味に頷いて、何やら考え事に耽っている様子だった。
「とりあえずさぁ、試食してみてよ。麺も冷やしておいたし」
テーブルの上にごとんと大きな椀が乗せられる。その中では、織物みたいな白い麺が氷水に浸されていた。確かにこれは、夏に相応しい食べ物の姿だろう。
「えっと、つゆをかけるの?」
「そうじゃないよ。俺が手本を見せよう」
グレイがスプーンでもフォークでもないものを手に取り、器用に麺を掬う。それは箸だ。
「お箸で食べるのね」
「ああ。こうやってつゆに浸してから、食べるんだ」
ところが、彼の箸は一口サイズの麺の束を、あろうことかチーズフォンデュに沈めてしまった。ボリスが反射的に口を押さえるのも、わかる。
「ち、ちょっとトカゲさん。フツーはこっちでしょ? それ食うの?」
「そのつもりだが?」
そうめんを正しい作法で食べたことがなくとも、チーズフォンデュが大外れであることくらい、アリスにも見当はつく。にもかかわらず、グレイは躊躇うことなく、チーズまみれの麺を啜っていた。
ずるずる、ずる。
「ふむ。味が強烈すぎる気もするが……チーズの栄養価を考えれば、いけるかもしれん」
「でしょ、でしょ! でしょ! トカゲさんっていいひとだ、すっごくいいひと!」
ピアスの無邪気な喜びぶりが可愛らしい。
(……栄養調理師のグレイだもの、ね)
そういえば、グレイの料理はどれも個性的すぎた。彼にとって料理でもっとも重要なのは、ナイトメアの滋養強壮であり、栄養価の高いものほど評価される。
ココアだけが例外で。
つづく