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ジョーカーの冬から夏の国より~その6

 ピアスの頭に肘をかけながら、ボリスがてきぱきと提案する。

「大体の話はこの耳で聞いたよ。夏祭りまで待ってるだけじゃ暇だろうし、どう? そうめんつゆ、俺がとっておきのを作ってあげる」

「僕も僕も! いいでしょ、アリス、トカゲさん! ボリスなんかより美味しいの作るから!」

「ハァ? 今何つったんだ~? ピアス。もう一回言ってみろよ」

「ぴい!」

 チェシャ猫に少し凄まれただけで、眠りネズミが竦み上がった。それでも、アリスとグレイを盾にして、自分の主張を通そうとする。

「で、でもほんとのことだもん! 嘘はいけないんだよ、ねっ、ね! アリス!」

「私に同意を求められても……」

「そんなことより、そうめんつゆを作ってくれないか」

 猫とネズミは飽きもせず、アリスとグレイの間を何度もくぐった。


 アリスの予想の通りである。ボリスとピアスが飲食店の調理場に勝手に入り込んで、しばらくのこと。チェシャ猫は好物の魚を、眠りネズミは好物のチーズを材料にして、そうめんのつゆを作った。

 客席で待っていたアリスたちのもとに、彼らの自信作が運ばれてくる。

 先にボリスから得意げに調理手順を解説した。

「つゆは大まかに言って、酢とレモン汁、醤油を均等に混ぜた感じ。味付けとして、しょうがの他に、ニンニクと、あおじその千切り。実際はもう少し寝かせたほうが味が引き立つんだけど。メインはカツオを強火で、焼き目がつくくらいあぶったのをさ、小刻みにして放り込んでみたってワケ」

「それって、カツオのタタキじゃない?」

 確かに美味しいかもしれないが「そうめん」には遠い気がする。

 対抗馬として、ピアスも自信作を披露した。

「僕のはね、チーズをこまか~く切ったのを、牛乳足して、中火から弱火でじっくり、ゆっくり溶かしていったんだよ。これでそうめんを食べたら絶対美味しいよね、チーズの味で!」

 チーズフォンデュとしてはなかなかの出来かもしれない。

「なるほど……」

 グレイは感心気味に頷いて、何やら考え事に耽っている様子だった。

「とりあえずさぁ、試食してみてよ。麺も冷やしておいたし」

 テーブルの上にごとんと大きな椀が乗せられる。その中では、織物みたいな白い麺が氷水に浸されていた。確かにこれは、夏に相応しい食べ物の姿だろう。

「えっと、つゆをかけるの?」

「そうじゃないよ。俺が手本を見せよう」

 グレイがスプーンでもフォークでもないものを手に取り、器用に麺を掬う。それは箸だ。

「お箸で食べるのね」

「ああ。こうやってつゆに浸してから、食べるんだ」

 ところが、彼の箸は一口サイズの麺の束を、あろうことかチーズフォンデュに沈めてしまった。ボリスが反射的に口を押さえるのも、わかる。

「ち、ちょっとトカゲさん。フツーはこっちでしょ? それ食うの?」

「そのつもりだが?」

 そうめんを正しい作法で食べたことがなくとも、チーズフォンデュが大外れであることくらい、アリスにも見当はつく。にもかかわらず、グレイは躊躇うことなく、チーズまみれの麺を啜っていた。

 ずるずる、ずる。

「ふむ。味が強烈すぎる気もするが……チーズの栄養価を考えれば、いけるかもしれん」

「でしょ、でしょ! でしょ! トカゲさんっていいひとだ、すっごくいいひと!」

 ピアスの無邪気な喜びぶりが可愛らしい。

(……栄養調理師のグレイだもの、ね)

 そういえば、グレイの料理はどれも個性的すぎた。彼にとって料理でもっとも重要なのは、ナイトメアの滋養強壮であり、栄養価の高いものほど評価される。

 ココアだけが例外で。




つづく





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