つかっちゃた焼夷弾
- カテゴリ:自作小説
- 2011/07/24 10:41:08
「無差別大量殺人を始めよ」と、私は命令した 東京は、1944年(昭和19年)11月14日以降に106回の空爆を受けたが、特に1945年(昭和20年)3月10日、4月13日、4月15日、5月25日の空襲は大規模であった。通常「東京大空襲」と言った場合、特に規模が大きかった1945年(昭和20年)3月10日に行われた空襲を指すことが多い。 当初1944年(昭和19年)11月24日にヘイウッド・S・ハンセル准将の指揮により始められた日本本土空襲は、軍需工場、製油所などの目標地点のみを攻撃する計画であった。なぜならハンセルは非戦闘員である一般市民を巻き込む無差別爆撃に対して非人道的だという感情を抱いていたからであった。 しかし、元々米軍による日本本土空襲は、戦闘員同士の通常の戦闘では米軍側の被害も多く出るので、それを回避しつつ日本の降伏を早めることが狙いであった。そのためには「軍需工場のみならず、軍需工場の労働者の家や使用する道路、鉄道を破壊することが効果的だ」というヘンリー・H・アーノルド大将の意を受けて、翌年の1945年(昭和20年)1月21日にカーチス・E・ルメイ少将と交代した。ルメイは大規模な無差別攻撃を立案、その手始めに東京を選んだ。
東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう)
第二次世界大戦中にアメリカ軍により行われた、東京に対する焼夷弾を用いた大規模爆撃の総称。通常の戦略爆撃は軍需産業を主に狙うものであるが、この空襲は、軍需産業のみならず女性や子供、老人など多数の非戦闘員も狙っていた点が最大の特徴である。

























そうそう、ドレスデンだ。
まあ、ヨーロッパの都市建造物はおおむね石とレンガできているので、日本みたいに『焼け野原』にはならなかったようですが。