『どうした兄弟？こいつが気になるのか？』

チワワは手にした看板を指差して言った。

『こいつはマイニチワ。毎日チワワにコンニチワって意味だ。
俺は一生、こいつを背負って生きていくんだ。』



俺はついこの間まで、いわゆるニートだった。
だがこのままではいけないと思いバイトをすることにしたんだ。

たまに家で料理を作ることがあった俺は、調理なら何とかなる
んじゃないかと思いファミレスの調理場のバイトに応募した。

人手が足りてないらしく、多少料理が出来ると言ったら即決だった。

店の名前はファミレス「マイニチワ」だ。



バイト初日、出勤してみるとなぜか店長しかいない。
他の人はどうしたのか聞いてみると、従業員は俺と店長の二人だけだと言われた。

人手が足りてないってレベルじゃねえぞ。


開店時間が近付くにつれ、色々な思いと共に高まる緊張。

俺の料理が客の口に合わなかったらどうする。

いや、ここは高級レストランという訳では無い。
いつも家でやってるようにやればいいだけだ。きっとうまくいく。
そんなに難しいメニューも無いはずだ。

・・・メニュー？

そういやこの店のメニュー知らねーぞ。
何も聞いてない。研修とかも何も無いのかよ。おかしいだろ。

開店時間がやってくると同時に不安で胸が一杯になった。


しばらくして客がやってきた。客は一人。虎だ。
朝一で一人でファミレスに来るってことは恐らく常連だろうか。

店長が注文を聞きに行き、戻ってきた。

「オーダー、卵焼き」

卵焼きか。これなら何とかなりそうだ。

それにしてもファミレスにやって来ていきなり卵焼きを単発で
注文するとは通な奴だ。

俺はいつも家でやってるように卵焼きを作った。

客は満足、ということも無さそうだが特に不満も無さそうだった。

まあこんなものか。


続いて客がやってきた。また虎だ。

さっきと同じように注文を聞きに行く店長。

「オーダー、魚料理」


俺は耳を疑った。

一体この世に何種類の魚がいると思ってやがる。
そしてどれだけの調理法があると思ってやがる。もっと具体的に言えよ。

店長に聞いてみることにした。

「あのー、魚料理ってどんなものを作れば？」

「魚を使えば何でもいい。ウチはビストロＳ○ＡＰ的な
やり方をとっている。そして俺のことはリーダーと呼べ」

意味が解らなかった。


とりあえず魚なら何でもいいらしいので、水槽に入っていた
謎の魚を捌き、刺身にして出した。

どうやら客は満足してくれたようで、その場はしのげた。


その後もちらほらと客がやって来たが、オーダーは殆どが卵焼きか魚料理。
たまにピザやシチューを頼む客、朝から誕生日用のケーキを丸ごと平らげる猛者もいた。


時間は流れ、ランチ時も過ぎ、大分慣れてきた。
だが魚料理だけはどうにも慣れない。
何でもいいという言葉が、これほど悩まされるものだとは思わなかった。


そしてまたやってきた虎。注文を聞き、戻ってくる店長。

次は卵か？魚か？

だが店長は何も言わず、無言でこちらを見つめている。

一体何なんだ。


すると、おもむろにポケットからコショウのビンを取り出し
こちらに向かって振りかざした。

様子がおかしい。何だか目がイっちゃってる。
今にもビンを投げつけてきそうな雰囲気だった。

さっき魚料理のオーダーに対し、ビールのジョッキにちりめんじゃこを
てんこ盛りにして出したのが気に入らなかったんだろうか。

このままでは危ない！

身の危険を感じた俺は、とっさに目の前に置いてあった皿を店長に投げつけた。

皿は見事に命中。店長は倒れた。



俺は傷害罪で逮捕された。


『――幸い店長は軽症で済んだそうだ。

マイニチワは変わった店だが、俺にとっては良いバイト先だった。
店長が何を思ってあんな行動に出たのかは今も解らない。

だが思えば、ただコショウを振って欲しかっただけなのかもしれない。悪いことをしちまった。

だからこうやって、せめてもの償いにと、塀の中でもマイニチワの看板を掲げて店の宣伝をしてる。
こいつは俺に科せられた十字架でもあるんだ。

あんたがシャバに出られたときはマイニチワに寄ってやってくれよ。まだあれば、だが・・・』


と、その時、看守が近付いてきた。

「チワ男、面会だ」

『俺に・・・？』


そこにいたのは店長だった。

「皆がお前の料理を待っている。早く帰って来い。それだけ言いに来た。
ああそれと、ナイスピッチングだ。コショウを投げつけようとして悪かったな」

俺は帰っていく店長が見えなくなるまで深々と頭を下げ続けた。


『兄弟、さっきは嘘付いちまった。俺が背負ってるのは十字架なんかじゃない。

こいつは俺の、翼なんだぜ！』

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