Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(7)

 学長から聞いた話によれば、確かクリスの母親のソフィアは、この学校を最年少記録で卒業した天才だという。望めばどんな高位の職にもつけただろうに、さっさと故郷の田舎にひっこんでしまった、とも聞いている。
 その人の施した仕掛けなのだから、なまなかな者では太刀打ちできまい。
 だが……
 「だったら、あれは形見、という事じゃないのか?大事なものだろうに」
 「セシリアは、人が大事にしてた物をぞんざいに扱うような愚かなコドモではないだろう?だから、預けた」
 そんなことを断言されてしまったら、否定できないじゃないか。
 「素質があるのに、体力がない、というのもポイントだな。ポチを横取りされる可能性が低くなる」
 「……意外と腹黒いんだな」
 「腹黒いとは心外な。計算高い、ならまだしも」
 「でもまあ、感謝する。あんなにうれしそうなのは、久しぶりだ」
 両親が死んで以来なら、初めてだ。自分の力不足を改めて感じる。
 「どういたしまして。…セシリア。遊ぶのはそれくらいにした方がいい。夕食が冷めてしまう。…ポチ、ハウス!」
 セシリアにまとわりついていたリンドブルムが、瞬時に姿を消す。
 不満げな顔になるセシリア。
 「クリスはそいつを取り戻す気でいるからな。ちゃんと食事を摂って体力をつけないと、取り返されちゃうぞ」
 「…わかった。ちゃんと食べる」

 後片付けまで手伝ってから帰寮すると、夕食の終了時間間際になっていた。着替える時間が惜しいので、そのまま食堂に入ると、そこにいた全員の視線がこちらに集まるのを感じた。正確にいえば、注目されていたのは、主にクリスだが。
 注目されている当人は、もう慣れっこなのか、平然と配膳カウンターの方へ向かう。あわてて俺もそれに倣うが、どうも落ち着かない。
 「…いつもこんなに注目されるのか?」
 空いていた席に座ってそう訊ねると、クリスは平然とこう返してきた。
 「そうでもない。アレクと一緒にいるせいじゃないかな」
 「なんでだ?」
 「ここ一週間で観察したところ、アレクが女子と一緒にいるのは見たことがない」
 「は?」
 「グループでいる場合でも、男子三・四人に対し、女子が一人か二人。それが今日は女子と並んで食事を摂ってる。珍しい…そう言ってるのが聞こえた」
 「どういう戯言を。おとといの昼も、その前日も、一緒だったろうが」
 「だったら、この服のせいだろう」
 …そうだった。見慣れたのと、このしゃべり方のせいですっかり忘れていたが、今のクリスは間違いなく女子に見える格好をしているのだった。それも、とびきりの美少女に。
 「あと十五分で食堂が閉まる時間だぞ。それを過ぎて残っていると、後片付けを手伝わされる、と聞いたが。また後片付けがしたいのか?」
 そう指摘されて、あわてて食事に取り掛かる。新入生に注意されるなんて、うかつにもほどがある。
 「自覚があるのかどうか解らんが、アレクは学長が後見についてるんだから、それだけでも人に注目されてるんだぞ」
 一足先に食事を終えたクリスが立ち上がりかけてそう言う。
 そんなことは十分自覚している。
 「それに」
 不意に目の前に手が伸びてきた。そして、俺の視界を半ば隠す髪を払い上げてこう言い放った。
 「こんな綺麗な顔なんだから、女子に注目されるのは、当たり前だと思う」
 そのセリフ、そのまま返してやりたい。クリスの場合は男女問わず、だが。
 「大きなお世話。顔で目立ってもちっとも嬉しくない」
 「でもその髪、鬱陶しいだけだろ?目くらましの魔法を強化するために伸ばしているわけでもなさそうだし」
 魔法を生業としているものには、髪を長く伸ばしているものが多いが、それはその方が何かと便利だからだ。しかし、俺のは、ただ単に切るのが面倒だからなばしっぱなしにしているだけなので、鬱陶しいだけ、と断言されたら返す言葉がない。
 「もう少し伸びれば、括れる長さになるから、鬱陶しくはなくなる」
 「そうか?まあ、そういうことにしておこう。じゃあ、お先に」
 そういうと、食器のトレイを持って出口の方に立ち去って行った。
 辺りがさっきからざわついているのを感じるので、関心がクリスの方に向かっているうちに目くらましをかけておく。公共の場所で使用が許される程度の奴なので、完全には姿を隠すことはできないが、静かに食事を終えることはできるだろう。

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