「契約の龍」(14)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/12 22:39:43
「あ、ナイジェル先輩……とアレク…先輩。変わった取り合わせで」
ナイジェルが横にいるせいで、ようやく俺が上級生に当たることを思い出したらしい。
「丁度いいところへ。今、君の話をしてたとこなんだ」
「……私の?」
「可愛い新入生を独り占めしてるのはずるいぞって」
そんな話、露ほども出てなかったろうがっ。
「ほんとに、お世話になってばかりで、申し訳ないです」
…本当にそう思ってるんだろうか?疑わしい。
「…ところで、クリスのアウレリス家って、あのアウレリス家?」
「……あの、って……どの?」
怪訝そうな顔をする。
「大臣を輩出している名家だけど…知らないの?」
「…さあ?私は田舎者なので、そう言ったことはあまり………ただ」
「ただ?」
「祖父が、どこかの名家を勘当された身の上だ、っていう噂があった、っていうことは聞いたことがあるような……本人がそう言っていたわけではないので、単なる噂話だと思うんですけど」
「噂かぁー」
「そういう名家が実在するなんて、初めて聞きました。今度祖父に会ったら、訊いてみます」
「なんか、随分とその、アウレリス家、に拘ってるみたいだが、何かあるのか?」
「いやぁ、名家のご子息ご令嬢がいるんだったら、お近づきになっておこうと思ってさ。開業した時にご贔屓にあずかれるからさ」
ゲオルギアなんて名乗った日には、ずっと張り付いてるかもな、こいつ。
「できれば、逆玉の輿を狙ったり、とか?」
「クリスちゃんは、狙ったりとかしないの、玉の輿」
「相手次第ですね。好きになった相手が、名家のご子息だったら、結果的には「狙った」ことになっちゃうのかな」
「可愛い意見だねー。おにーさん、そういうご意見、嫌いじゃないよー」
そう言って、抱きつこうとする。クリスが慌てて身を翻す。
「ちぇ。冗談なのに…おやぁ。アレク、顔が怖いよー?睨まないで欲しいなー」
「怯えてるじゃないか。親しくもないのに、そういう行動に出るから」
「…仮に、親しい間柄だとしても、あんなに急に飛びつかれたら、驚くじゃ…ありませんか」
クリスが俺の後ろから顔を出して言う。
「ふーん。アレクはそういう事しないんだ?紳士だから」
「何しろ、俺にはお前と違って後ろ盾って奴がないんでね。つつがなく卒業して、安定した仕事に就くっていう目標があるから、問題になりそうな行動は慎むことにしている」
「俺の後ろ盾だって、大したことないさ。親父が宮廷魔術師の端くれってだけで」
…宮廷、魔術師?
頭の片隅に、警告が点る。
「…先輩のお父上は、王宮にお勤めなんですか?」
「ええ。だから、昨年、アウレリスを名乗る娘が、国王に謁見を申し出て、そのまま王宮に住むことになった、という話は聞いているんですよ」
「それで?それが私だと?」
「ええ。その娘が、つい最近、王宮からどこかに移されたという情報もつかんだので」
「その、「どこか」というのが、ここだと?根拠はあるんですか?」
「いや…それは…」
「……クリス?」
どういう訳か、クリスが妙にいきり立っている。
「アレク先輩は、私が寵姫を申し出るような女に見えますか?」
……は?
ナイジェルも目が点になっている。
「だって、そういうことじゃないんですか?名家の娘を名乗る女が、国王に謁見した後、王宮に住み着いて、その後どこかへ移された、って」
…まあ、想像をたくましくすれば、そういう物語を描くこともできなくはない、が。
そういう意味ではないことは、彼女自身が一番よく知っている訳で。
大した演技力だ、と感心する。
「ああ。いや、すまない。そういう意味じゃ…」
「第一、クリスじゃ寵姫になるには、ちょっと未発達だと…」
ちょっと演技を後押ししてやる。
「アレク。そういう火に油を注ぐようなことは…」
「ひどいですーっ」
クリスが大声をあげると、あたりの注目を浴びる。
「あ、いや、ごめん。なんかの勘違いだったみたいだ。すまない」
ナイジェルがあたふたと謝る。
「ちょっと用事を思い出したから。埋め合わせは、また今度、な」
ナイジェルが、後退りしながら、言う。
「じゃ、アレク、あとは任せた」
逃げ足は速い。
「許してなんかあげませんよーっ、だ」
もう姿が見えない。
「…行ったか?」
「まだ人目があるんで、もう少し演技を続けた方がいいと思う。ちょうどあっちにベンチがあるんで、様子を見て」
「…わかった」