【男が男に惚れる時】

「あの上位べリオロスの牙を一撃で？！」
「すげっ……！」
　ユッカは呆気にとられていた。グロムは兜のバイザーを上げ、目を見開いて教官の立ちまわりに見入る。
「ふんん！」　
　教官の斧が唸りを上げて薙ぎ払われる。真上に向かって斬りあげ、武器の落下速度を加味した上で、もう一撃斬りおろす。
　それだけで、折れた。べリオロスの堅固な翼の爪が。
「もういっちょう！」
　痛みに怯んだ敵の隙を逃さず、再び教官の斧が赤い残像を描いた。鮮やかな切断面を見せ、今度は左の翼の爪が飛ぶ。
　べリオロスは一声吼えて後方に飛びすさると、間合いを開けて息を吸い込んだ。強力な冷気のブレスが吐き出され、教官の目の前に激しい竜巻を作る。
「なんのぉ！」
　彼はブレスの射程をも見切っていた。わずか数歩横にすさっただけで、かすり傷ひとつ負う事はない。
　むしろ、敵が足を止めたのは好機だった。斧をいったん背中に収め、教官は全速力で獲物に向かって走る。
「そいぃ！」
　接近するなり、敵の首筋に袈裟がけに斧を見舞った。剛腕から繰り出される斬撃に、斧の魔力が放つ赤い炎が閃く。鋼より固い装甲がくだけ、血しぶきが飛んだ。
「……っ」
　ユッカの隣で、グロムは声もなく震えていた。
　あの上位ハンターでさえ、一人では１日、どんなに早くても半日を要するモンスターが、反撃の隙も許されず滅多打ちにされている。
　教官の斧は、まるで強情な金属を錬成する槌のようだった。暴れ回るモンスターをいなし、動きを知りつくした上で叩きのめしてねじ伏せる。
　一方的に敵を討つ姿、それは残酷でなければならないはずだった。
　だが、見守る二人の目には、なぜか神々しくさえ映った。
　力が力を支配する瞬間。脆弱であるはずの人間が、圧倒的な存在であるはずのモンスターを手玉に取り、今、足元にひれ伏させようとしている。
「これで最後だ！」
　戦意喪失し、逃げの態勢をとったべリオロスの正面に回り込むと、教官は斧を大剣に変形させた。剣の形状を取ると、それは格段に振り回す速度が向上する。彼はここで獲物を逃がすつもりはないのだ。
　教官が、武器に込められた強撃ビンの威力を解放する。刃全体に、モンスターの素材が秘めた火炎の力が宿り、まばゆい炎をまとった。
　胸の脇で水平に構えると、彼はためらうことなくべリオロスの喉元に炎の刃を突きたてた。
　べリオロスが断末魔の悲鳴を上げるが、容赦なく教官は斬りあげる。
　分厚い刃が、敵の固い肉をじりじりと突き破り、斬り裂いていく。動けないべリオロスにとって、自身の装甲と筋肉は最後の抵抗だった。
「だあああっ！」
　雄たけびをあげ、教官は一気に剣を振りあげた。ばっと血潮が噴水のように噴き上がる。赤黒い液体が雪に落ちて、雫の数だけ溶かす音をユッカとグロムは聞いた。
「……っく」
「お、お兄ちゃん……？」
　ユッカはもう一度放心しなければならなかった。あのグロムが、泣いている。教官を見つめる目は、畏怖と、それ以上の尊敬が込められていた。
「かっけぇ……！」
　武器を収め、ゆうゆうとこちらへ戻ってくる教官の姿を、グロムは震えながら凝視していた。


「……はあ～」
「……ミーラルはん、何回目や、その溜息」
　濁りない澄み切った星空を、いくつもの流星が尾をひいて落ちていく。
　ここはユクモ村から遠く離れた砂漠地帯。１日目の狩りを終え、ミーラルとショウコはキャンプで夜を過ごしていた。
「……あ？　え？　私、溜息なんてついてた？」
「……これやもんなぁ」
　はあ、と、今度はショウコが肩をすくめた。やれやれと首を横に振る。
「どうせ、またグロムのこと考えとったんやろ」
「えっ？！」
　ぎくりとミーラルは肩を跳ね上げた。焚き火に照らされたショウコの顔が、茶目っけたっぷりに笑う。
「隠さんでもええ。うちも女や、気持ちようわかるわ」
「べ、別にそんなんじゃ……」
「ええってええって。あんさんら、うちが来る前からずーっと一緒やもん。それがいきなりコンビ解消されて、そら落ち込むわなあ」
「……」
　ミーラルは答えず、抱えた膝に顎をうずめた。ショウコの言ったことは図星だった。
（……やっぱり、フロギィとナルガの二択はまずかったかなぁ……。あれじゃ、イケイケだと思われたよね）
　数日前、自分の装備の事でグロムともめたことを、未だにミーラルは後悔していた。どっちが良いか尋ねて、グロムが「スキル優先で」と言ったことは、至極もっともなのだ。むしろ正しい。
　でも、そっけない言い方についカッときて、グロムの頬が拳にめりこむほど殴って気絶させたのがいけなかった。
　あれですっかりグロムはへそを曲げ、「もうお前みたいな暴力女とは組まない！」と宣言されてしまったのだから。
（……グロムはどういう女の子が好みなんだろう？）
　装備を尋ねたのも、一番はそこが知りたかったからだ。