「契約の龍」(16)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/13 20:45:09
「禁呪」とされる魔法は大きく分けて二種類。
時間を支配するもの。
生命を支配するもの。
なぜこれらが「禁呪」とされるかというと、因果律への関与が大きくなるため、往々にして莫大な魔力を必要とするためである。
例えば、生命を生み出す魔法であるが、――――――
龍族の力をもってしても容易くはない魔法、と言うので「禁呪」に目をつけてみたが、さすがに学生に閲覧できる程度の本だと、「大変だから手を出してはいけません。下手に手を出すとこんなひどい目に遭いますよ」といった内容しか書いていない。
さほど期待をしていたわけではないが、こうも内容が薄いと眠くなってくる。
内容が薄いからと言って、全く他の本と同一のことが書いてある、というわけではないので、こうなったら砂金探しをするような心積もりで文字を追う。
(アレク!力を貸せ!)
いつの間にか眠ってしまったらしい。ひどく緊迫したクリスの声がして、次の瞬間、本人が寝ている俺の上に落ちてきた。
「力を貸せって、いったい何…」
体を起こしかけて、クリスの方に目をやり、ぎょっとした。
「数を頼りに人に襲いかかるような卑怯な奴に、制裁を加えてやるんだよ!」
クリスが烈火の如く怒っている。が、それよりも。
ひどい格好をしている。体に傷こそないものの、着衣がずたずたに裂けている。
…というか、こんな恰好をした女性と二人っきりで部屋にいるところを、他人に見られたら、確実にこっちが犯罪者扱いされてしまうような格好だ。急いで体を覆うものを出して、着せかけてやる。
「落ち着いて。…何があったか、話せますか?」
「落ちつているとも!あいつらときたら、人の服をこんなにして…!」
どこが落ち着いているんだ。
怒るところはそこじゃないだろう。
ガタガタと体を震わせているのは判るが、それが怒りによるものなのか、恐怖によるものなのか、それとも寒さによるものなのか、判別がつかない。
「どこにも、けがは無いんですね?」
「……無い」
「誰か女性の職員を呼ぶ?それとも、直接学長の所へ行く?」
「学長のところへ行けば、制裁されるのか?奴等が」
「それは、学長の裁量によるけど……」
「…では、直接学長のところへ。とっとと決着をつけたい」
「わかった。では、最短距離で」
学長は、自宅の方に戻っていた。
クリスの様子を見て、客用寝室の一つを開けてくれた。
事務長を呼び出し、クリスから事情を聞き出すように言い渡した。
「…で、どうしてこんな事態になったのか、話してもらえるかな」
「………目を離したのがいけなかったのだ、とは思います。でも、まさか学内で……」
学内は外よりも「力あるモノ」の密度が高い。そして、学内で彼らの死角になるような場所はほとんどない。その事がよからぬ行いに及ぼうとする者たちの抑止になっているのだが…
クリスは、自らの「証」が彼らを害することを恐れて、彼らから自分が見えないようにしてしまった。それが裏目に出る形になったのだろう。
「どうしてそういうほのめかしをされた時点で、こちらに報告しなかったのかな。話を聞いていれば、注意することもできただろうに」
「……申し訳ありませんでした」
「まあいい。後手に回ってしまったが、何とか対処してみよう。他にそういう生徒はいないか?」
「今のところ、他に思いあたるのは……いません」
「彼女は今夜のところうちで預かるが、お前はどうする?セシリアはもう寝ているが、明日の朝、お前の顔を見れば喜ぶと思うが」
少し考える。後始末をしとかないといけない事に思い当った。
「いえ、戻ります。通路が開けっぱなしなので、戻しておかないと」
クリスが無理やり開けた通路と、ここへつながる通路と。
「…意外と動転していたんだな。落ち着いて対処してるように見えたが」
学長が安心したように笑った。
「そりゃ、寝ているところへ、突然女の子が落ちてきたら、動転もしますよ。寝起きだし、……あの格好だし」
「それもそうか。気をつけて帰れよ」
翌朝。
ナイジェル他三名が退学処分となったことが掲示された。
但し、四人とも、全身に裂傷と打撲を負っていたので、けがが治るまで療養所に入院しており、学校を去るのは、退院後に延期されたが。
クリスは俺の手を借りるまでもなく、自力で報復していたのだった。