Nicotto Town


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モンスターハンター 勇気の証明~五章 26

【昼間の戦場】

 ランマルにはああ言ったものの、「なんとかする」自信などユッカにはなかった。
 笑顔を見せたのも建前で、本当は不安で不安で、胸が押しつぶされそうだったのだ。
 食事は無理やり胃の中につめこみ、夜はまんじりともできなかった。それでも身体は疲れていたので、目を閉じたらいつの間にか眠っていた、それだけのことだ。
 傍から見たら、どれだけ図太い子だと思われるのかな、と、バリスタ砲台に座ったユッカは、目の前に迫ったジエンの巨大な口を見ながら考える。
 ランマルは、ユッカの虚勢を真に受けて、「器がでかい奴だニャ」と苦笑していたけれど。
(そんなんじゃないよ……)
 ひたすらジエンの右の牙めがけて撃ち続けながら、ユッカは胸の中で訴えていた。
 正午前にようやく浮上したジエンを発見して急接近し、戦闘開始から早くも二時間余りが経とうとしている。
 ミーラルはとにかく支援の旋律を鳴らそうと必死だった。あまりに気を取られ過ぎて、舷から張り出した足場に、ジエン用の爆弾を設置しようとしていたグロムの後頭部をしたたかに殴りつけ、砂に落としてしまった。
 頑丈なドボル装備のおかげで、グロムに怪我はなかったものの、ごつい笛の先端が兜に当たったゴイン! という音は、全員の士気を下げるにたやすかった。
 素振りではミスがなかっただろうミーラルも、実戦における互いの間合いの取り方を経験していないゆえだ。慣れない武器をかつぐべからず、という昔からの教訓は、このためにあると言っていい。
 砂から這い上がって、案の定と激怒するグロムと、言いわけしようとするミーラルが口論になったが、教官の「バカ者!」の一喝で治まった。
 治まらざるをえなかった。目前にジエンが襲いかかっていたのだから。
 撃龍船には舷側左右に、ジエンに乗り移るための足場が、翼のように張り出されている。そこに、今度は無事にグロムが爆弾を設置して、敵を迎え撃った。
 ミーラルは、思うように笛が奏でられず焦っていた。
 やむなく、教官に続いて甲板にのしかかって来たジエンの牙を伝い、背中に乗りこんだ。背びれと二本の牙を今日中に破壊することが、今回の最低限の目標だったからだ。
 グロムは、クルぺッコ装備に身を包んだミーラルの背がジエンの頭の向こうに遠ざかるのを見て、何か言いたげだったが、黙々と自分に割り当てられた、爆撃と砲撃の仕事をこなした。
 ユッカも甲板で、ひたすらジエンの牙を折るためにバリスタを撃っていた。
(まだなの――? 長いよ……くじけそう)
 何度矢を撃ちこんでも、ジエンの巨木のような牙は折れる様子がない。隣で必死に、グロムも大砲や、氷属性のガンランス“ウルクスキー改”の砲撃を与えている。
 見上げるほどに大きい巨体の背では、この瞬間も教官とミーラルが懸命に背びれを壊そうとしているのだろう。
 ジエンは完全にこちらを敵とみなし、絶え間なく攻撃をしてくる。頭の中身が沸騰するかというような咆哮をし、大きく振りかぶった長い牙で、甲板のこざかしい奴らを排除しようと薙ぎ払ってくる。
 動きを止めるための大銅鑼と、ワイヤー付き拘束弾は、さっき使ってしまった。機械仕掛けのこれらは、一度使用すると3時間は冷却のために使えなくなる。そのため、船はまったく無傷ではいられない。
 幾度となくジエンの牙が船体の腹をかすめ、どこかで、メキメキ、バリバリと嫌な音がした。そのたびにユッカは、沈没するのではと肝を冷やした。それは音を聞いた全員そうだったろう。
 ランマルとコハルは、それぞれ船体を維持するのに必死だ。舵を取り、強風にあおられる帆を調整し……みんな、懸命に戦っている。
(きついよ……)
 バリスタの銃身を支える両腕が重く、銃撃の反動で肘が外れそうだ。常に強いられる恐怖と緊張によって、ユッカは意識がもうろうとしかけていた。
(でも、やるしかないじゃない! 頑張れ、わたし!)
 旅発つ前に、朝に、ミーラルやランマルに話した事。自分達がロックラックの街を守るために戦うんだと――。
 使命感は、確かにある。けれどそれ以上に、今のユッカを占めている考えはただ一つだった。
(――死にたくない!)
 ユッカの一念が通じたのだろうか。放ったバリスタの矢が、右の牙の中ほどを貫いたのだ。まっぷたつに折れ飛んだ牙が宙を舞うのを、全員が見た。
「よっしゃあ!」
 ジエンの悲鳴に負けない声で、グロムが我がことのように快哉をあげる。ユッカは一つ役目を果たしたことで、ほうっと気が抜けそうになったが、気を引き締めてもう一本の牙に狙いを定める。
「頑張ろう、お兄ちゃん!」
「おうっ!」
 グロムが膝を曲げて、ガンランスに再装弾する姿も勇ましい。風に乗って、「良くやった!」と教官の声も聞こえた。
(このままいけば、きっと勝てるよ!)
 ユッカも、皆も、そう信じて疑わなかった。
 
 




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