モンスターハンター 勇気の証明~五章 33
- カテゴリ:自作小説
- 2011/10/31 13:25:02
【英雄は語らない】
ユ~クモ~よいとこ~、一度はおいでェェ~。
はらはらとモミジが舞い散る露天風呂。空は高く澄み切って、山の清涼な空気が、ほてった肌を優しくなでていく。
眼下には絶景。ユクモ山岳は今が紅葉の盛りとあって、まるで錦絵のような美しさだ。
朝から風呂を独占し、ご機嫌なだみ声をとどろかせているのは、湯船に浸かった教官だ。なぜか入浴中でも、教官装備の頬当てを外さない。
これがないと誰だかわからず、ただのオッサンだと言われたトラウマが過去にあったらしいが、さだかではない。
「あぁ~、きくう……」
ぐるりと首を回して、満足げに教官はうめいた。体によどんだ旅の疲れも、源泉かけ流しの澄んだお湯に、ほどよく溶けていく。
砂漠の死闘から、早くも二週間が経とうとしていた。
戦いの後、かろうじて守った船に乗り、一行は無事に街へ帰還した。
ジエンの骸はギルドの解体職人が百人動員され、作業に当たった。街の人間には、実際より小さい全長が公表された。それがヌシであること、教官達が携わったことは伏せられたため、大きな混乱にはいたらなかった。
情報は出すが、全ては明かさない。それが権力組織の特権であり、やり方だ。しかしこの手の改ざんは、必要悪だったといえよう。
帰還してすぐに、教官達は本部に招かれた。そこでは本部長がロジャーを伴い、直々に彼らを迎えた。
――その勇気を讃え、ここに勇気の証Gを授与する。
一人一人に手渡された賞状に、最初グロム達はとまどっていた。こんな紙切れ何の役に立つのだ、と。
その証書があれば、世界中どこに行っても良い依頼を紹介してもらえるし、装備も特注品を注文できるという。
それでなんとなく納得したような顔をしていたが、彼らがとまどった理由は、教官にはわかっていた。
グロム達が勝利で得たものに比べたら、そんなものは紙切れでしかない。
過酷な狩りで得た経験と絆。それこそが最大の報酬なのだから。
ギルドの老人達に乗せられた感はあったが、才ある者が開花した結果は言うべくもない。
教え子が成長する姿を見るのは、教職について喜ばしいことだ。しかし、今教官をにやけさせるのは、それだけではなかった。
――例の達人ビールの業者。つい先日、全員逮捕しましたよ。
賞状授与の後、教官に、粋なウィンクでロジャーはそう伝えたのだった。
教官から特許権を奪い暴利をむさぼっていた悪徳業者は、材料調達のためにしばしば密猟を行っていたため、以前からギルドが調査していたという。ロジャーは、そのエージェントだったようだ。
特級ハンターとはいえ、命にかかわる重大な依頼だ。教官は、依頼を受ける条件に、ある取引をしていた。
成功したあかつきには、過去の自分の失態を帳消しにし、再びロックラックへ戻すこと、と。
ギルマネの老人は、それを聞いてさもおかしそうに笑った。
――ここも悪くないよ? けどまあ、伝えておこう。
業者への内偵は、決して教官を助けるためのものではなかった。だが、業者の逮捕を急がせたのは、ユクモ支部長の口添えあってのことだったのか。
逮捕した日がジエン討伐完了の日と重なったのは偶然だと、ロジャーは言い張っていたが、それを知るすべはない。
(これが報酬か。タダ働きの感はあるが――まあ、悪くはないな)
くっくっと教官は笑って、手拭いで顔をぬぐう。
業者が逮捕されたことで、教官の負債も消滅し、ついに借金の憂鬱と重圧から解放されたのだ。これが嬉しくなくてなんだろう。温泉で歌の一つも歌いたくなろうものだ。
何より、前線から退き、ハンターとしての自信を失いかけていた己に、再び火をつけてくれた。そのきっかけこそが、一番の収穫だったかもしれない。
「ふん、ギルドもやるではないか」
自慢の口髭を指先でしごき、教官はほくそ笑んだ。そこへ、頭に鉢巻をまき、前掛けをしたアイルーが、朱塗りの丸い盆に徳利を乗せて運んできた。
「うん? 我輩は頼んでないぞ?」
「ミランダ様から、差しいれでございますニャ」
盆を受け取り、湯に浮かべる。教官は酒を盃に注ぎ、一気に飲みほした。
「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいニャ」
満足そうに息をつく教官に、アイルーはぺこりとおじぎをして浴場を出て行った。
ふふん、と教官は笑い、今度はじっくりと酒を堪能する。
ユクモ村は良い所だ。景色はいいし、酒も食べ物もうまい。そして温泉が無料で入り放題だ。人が暮らすのに、もっとも理想的な土地かもしれない。
(ここが第三の故郷でもよいかもしれんな)
人生を楽しむなんて、わけのないことだ。どこにいても、何をしていても。
教官は再び、徳利の大吟醸をくいっと味わった。
喉を駆け下り、五臓に沁み渡る銘酒を堪能する。
「ユクモ最高~! ヌハハハハ!」
杯を高々とあげた教官の笑い声が、爽やかな風に乗って渓谷まで流れていった。
いやいや、ダイジェストで事の顛末を語るのに、彼の視点が好都合だったからですよ。
個人的に好きだというのもありますが、章の冒頭で登場したメインなので、教官に始まり教官で終わる、というシメでした。
でもグロム達も最後にちょっと出ます^^;
愛されてますねぇ、教官。
明日が最終回です。よろしくお願いします^^