契約の龍(29)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/21 01:28:34
「申し訳ありません。…自分でもどうしたいのか、よく分からないんです。彼女は彼女で、何か計画があるようなので。それに、今は…」
「…そうよね。…ごめんなさいね。さしでがましいこと言っちゃって。第一、肝心の彼女が今ああだしね」
気まずい沈黙の中、カップの中身をすする音だけが聞こえる。
カップの中身が残り少なくなった頃、衝立が取り払われた。
「無事、生還、のようね。顔を見てらっしゃい」
毛布でしっかりくるまれたクリスは、温められたためか、うっすらと顔が赤らんでいる。そして、ぼんやりと視線をさまよわせている。
「…クリス?」
呼びかけると、頭をわずかに動かし、こちらを見る。ちゃんと焦点が合うので、安堵する。
「あつい」
口を開いて最初に出た言葉が、これだ。
「…暑いし、寒い。どうしたのかな?」
「あの龍を振り切るのに、力を使い果たしたんだと思う。…そんなに手強かった?」
「そっか……よく、覚えてない。…そういえば、大公は、無事?」
「大公なら、あっちに…」
後ろを振り向くと、大公がカップを召使いに手渡して、部屋を出てゆくところだった。
「とにかく、無事だ」
「…無事なら、よかった」
そうつぶやいて、目を閉じる。
肩を叩かれたので振り向くと、学長が寝間着に身を包んだ長身の中年男性と連れ立っていた。
「場所を移ろう。ここにいつまでもいるのは、邪魔になる。さっきの広間に、横になれるところを用意してもらったから」
改めて周りを見回すと、どうやらここは、……配膳部屋のようだ。
周囲の人に礼を言って、毛布ごとクリスを抱え上げる。本人は自分で歩ける、と言い張ったが。
広間に戻ると、さっきカウチの置いてあった所には、移動式の簡易ベッドが置かれており、ティーテーブルの上には、温かいスープと軽い食事――どうやら朝食用に準備されていたものから取り分けられたものらしい――が、燭台の明かりの中に用意されていた。
「こんなものしか用意できませんで、申し訳ありません」
一緒に来た中年男性がそう謝った。どうやらここの執事か、使用人頭、のようだ。昼間はお仕着せを着ていて、髪もきちっと整えられていたので気がつかなかったが、見覚えのある顔だ。
「十分ですよ。こんな時間にお騒がせして、すみませんでした」
学長が代表して応対する。
「いえ。では、どうぞごゆっくり。食器は後で取りに来させますので、お邪魔でなければ、そのままどうぞ」
そう言って、寝間着のまま対応してくれた男性は、あくまで丁寧な物腰で部屋を出て行った。
「いったい、何と説明したんですか?」
「大筋では、あった事をそのまま。……大公が魔法を使っていて、そのとばっちりで、クリスが倒れた、と。ちょうど棺を保存しておく魔法、というのは必要だったからね。ハース大公には申し訳ないが、ちょっと魔法が暴走した感じに、偽装しておいた」
「わたくしの魔法が、少々暴走しがちなのは、ここに古くから居る者なら、誰でも知っておりますので」
よその家の使用人に知れ渡るほどの暴走……一体何をやらかしたんだろう。知りたいような、知りたくないような……
「さて、クリスはずいぶん消耗しているはずだから、しっかり補給するように。カップやフォークが持てないようなら、手伝ってもらえばいいから」
「それくらいは持てる…と思…います」
クリスがそう抗議してフォークを手に取る。
「さて、私たち年寄りは、個人と一緒によもやま話でもしていましょうかね。言い訳通りに」
「棺も解凍しておかないといけませんわね」
などと不穏当な事を云いながら年長者が去って行く。
「……アレク」
皿をつついていたクリスが小声で呼ぶ。
「心配掛けて、ごめんなさい。もう無茶はしない、とは約束できないけど、…なるべく心配掛けないようにする」
無茶するのは、やめないんだ。
「…心配するのは、こちらの勝手だから。…それよりも、サポートを頼まれたのに、ちゃんとサポートできなくて、申し訳ない」
「サポートっていうのは…ちゃんと戻ってこられるようにする事、でしょ?戻ってこられたんだから、アレクが責任を感じることはない。…わかった?」
そう宣言して、フォークに刺した何か――蜂蜜がたっぷりかかっているようだ――を口に運ぶ。
「…了解。いつもの調子が出てきたようで、結構」
書き続けられるって才能なんですって^^
素晴しいですね^^