契約の龍(34)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/23 00:30:53
「両親の仕事の関係で、物心つく前から、学院内が遊び場だったんですよ。今のセシリアでも十分小さいですけど、もっと小さい…ほんの幼児の頃ですね。あまり小さな子ども、というのがいない環境なので、教職員の一部や学生に可愛がられていたそうです。……そのうちに、見よう見まねで学生のやる「集中」をやるようになって。で、その様子が可愛らしいというので、次の段階の「解放」を教えたら、あっさりできてしまった、らしいんです。一部の不出来な学生よりは、はるかに容易に」
「それは、教師としては教え甲斐があったでしょうね」
「でも、それって危険なのでは?」
「ええ。魔法というのは、こどものおもちゃにさせるには、大きすぎる力なので、親も教師も、「魔法を使っていいのは大人と一緒にいる時に限る」って厳しく言い聞かせていたそうです。で、この場合の「大人」というのは、「魔法が制御できる人」という意味だったんだと思うんですが……幼いころは、魔法が使えない大人もいる、という事を知らなくて」
「…で、何かトラブルを起こした?」
「あまりにも古い記憶なので、具体的に何をやったのか、は覚えていないんですが、ものすごく怒られたことは覚えています」
「トラウマになるほど?」
「……そこまでは。でもまあ、おかげで魔法を使うことに慎重にはなりましたが」
「…なるほど。はねっ返りの学生がする悪ふざけを、うんと小さい頃やっていた、ってことなんですね」
「学生の悪ふざけは、ある程度結果を予想しての上でやるものですが……コドモのやることには、それがないので」
「事の重大さが解らない、という点では、学生も子どもも、大して違いはありませんわよ」
王妃の言葉に、クリスの顔がこわばる。
「結果が解っていてやるのと、解らずにやるのとでは、どちらが罪がないのでしょうね?」
王妃の言葉が、妙に意味ありげに聞こえるのは、気のせいか?
「さあ…?若輩者の身では、何とも判断のしようが…いずれにせよ、自分のしたことの責任が取れないのは、同じですから。人に後始末をさせてしまった身としては、同じ失敗は繰り返さないようにするだけ、です。……ところで、王妃様は、何かそういった悪ふざけで痛い目にあったことがおありなのでしょうか?」
王妃が曖昧に微笑む。
「…さあ、どうでしょう。わたくしはそう言った悪ふざけをするような学友には恵まれませんでしたので」
だったら、「ない」と答えればよさそうなものだが。どうにも空気が重い。
セシリアの方に目配せしてみる。
おずおずと紅茶のカップを差し出しながら、セシリアが言う。
「…あのー…申し訳ありませんが、お茶とお菓子のお替り、いただいてもいいでしょうか」
「あら。気がつかなくて、ごめんなさいね。どのお菓子がよろしくて?」
「あんまり甘くないのがいいです。…その、フルーツタルトとか」
「セシリアは、甘いお菓子は苦手?」
「苦手、というか……」
ちらりとこちらを見上げる。
「うーん、やっぱり、苦手、かな」
「アレク、何か心当たりが?」
「……母親が……薬を飲ませるのに、甘いシロップを使っていたのと……」
「と?」
「炭ケーキが原因ではないか、と」