Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


契約の龍(38)

 「眠れる王子」の部屋は、王宮の本棟から離れた奥庭に別棟としてしつらえてあった。学院から戻ってからの六年余りの間、一日数回、専属の医師と魔法使いが出入りする以外は、誰も足を踏み入れていないという。二人とも、特に掃除やベッドリネンの交換はしていない、と口をそろえて言うのに、その別棟は埃も溜まらず、清潔に保たれている、という。まるで時間が止まっているかのように。
 「誰がやっているのか、っていったら、「龍」が、なんだろうね。この棟を立てたのは…先王陛下?」
 今日のクリスはゆったりめのブラウスとパンツ、という、あまり体を締め付けない格好をしているせいか、幾分言葉遣いが砕けている。
 「そうである、とも、違う、とも言えます。もともとここには、何代か前の王が建てた温室があって…打ち捨てられていたそれを修復して、殿下の病室として使うように、と先王陛下が」
 答える大公専属の魔法使いは、二十代後半、とみられる「エルク」と称する男性。
 「もともと殿下が使っていた部屋は、今…?」
 「空き部屋になっております」
 「殿下の健康状態は、良好なの?」
 20代後半から50代半ばの、どの年齢にも見える、モリーという医師が答える。
 「良好、と言っていいのでしょうか、あれは。体温も、呼吸数も、心拍数も、非常に低い値を保って安定しています」
 「通常ならば、命が危ない、と判断されるくらいに?」
 モリー医師が黙ってうなずく。
 「やっぱりこれが、大食いの原因かなあ」
 こちらに向き直ったクリスが言う。
 「…どうだろう、な。時間を操る以外のやり方でもできることだから」
 「んー……考えてても仕方ない、か。ご尊顔を拝しに行くとしよう」
 クリスの発言で、魔法使いがドアにかけてある封印を解く。ドアを開けるとひんやりと涼しい空気が外へ流れ出す。
 「…これは、あなたが?」
 「いえ。私が何もしなくても、季節を問わず、常に一定の温度を保っていて…この建物の土台に、そういう陣が敷かれているのだとか」
 「…なるほど」
 ベッドに横たわっている人物の顔を見て、これは、「禁呪」ではないな、と思った。資料によれば、クレメンス大公は現在二十二歳。年相応と言えるかどうかは分からないが、少なくとも「少年」の顔立ちではない。罹災した時すでにこの骨格だった、というのならば別だが、記憶にある顔から一年余りで現在の顔になった、とは考えにくい。
 その事をクリスに説明すると、
 「どうしてそういうことを黙っとくんだ?」
 と詰られた。
 「そういうことって?」
 「アレクが殿下と面識があること。他にも何か、隠してることは無い?」
 他にも何かって……先日の陛下との話の内容は、隠しておいた方がいいだろうし…
 「覚えている限りでは、無い」
 「……本当に?」
 「だから、覚えている限りでは、って……殿下の顔を知っていた事だって、この間陛下と話をしなければ忘れていたくらいだし」
 「…まあいい。行って見れば判ることかもしれないし。…殿下の「金瞳」は今どこに出ている?」
 「胸、でございます。ちょうど、心臓の上あたりに」
 心臓の上。かなり結びつきが強い、ということか。視界の端で、クリスがかすかに身を引いたように見えた。
 「開いている?閉じている?」
 「ほぼ全開に近い、ですね」
 「ですからわたくしには怖くて、これ以上近づけません」
 「…だったら、服越しでも、大丈夫かなあ…」
 大丈夫、かなって?服越しでも、って?
 「胸でまだよかった、って思うべきだよね。これがおしりとか太ももとかだったら……ちょっと、ね」
 後ろで吹き出す音がした。魔法使いの方だ。
 普段の言動から忘れがちだが、そういえばクリスはまだ十六歳の少女なのだった。
 成人男性の裸の胸に直接触れる、というのは、普通は躊躇われるものなのだ。
 「…クリス…そういう場所、というか、もっと触れるのを躊躇われるような場所にある、という可能性は、考慮してなかった、のか?」
 「………あまり。事務長が見知ってるくらいだから、ある程度の大きさがあって、外から見える場所にあるんだろうな、ってなんとなく…」
 「どうする?このままいく?それとも…」
 「…このままでいい。…そこの二人、この場を離れた方がいい、と思う」
 クリスの声が切迫している。

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