Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


年末指さき小説・「チャック」

 年の瀬のある日のこと。
 僕は、およそ3か月ぶりに、枕カバーとシーツを洗うことにした。
 事件は、その時に起こった。これは、その話。
 
 僕はまず、枕カバーの取り外しにかかった。長いこと洗ってなかったカバーからは、古い自分の匂いがした。
 空気を入れ替えるために全開にした窓から、清々しい冷気が室内に流れ込んでくる。冬特有の透明な朝の光も手伝って、淀んだ僕の六畳間を洗い清めてくれるようだ。
 なんとなくエレガントな気分で、僕は枕カバーのチャックを引っ張った。すると、
「いてっ!」
 突然、パチッと何かが弾ける音がして、小さく固いものが僕の右頬を打った。エレガントな気分はたちまち吹っ飛び、僕は憮然として手元を見た。
「ぐあ、――やっぱり……」
 予想は的中していた。枕カバーのチャックの留め金が、部分的に砕けていたのだ。頬に跳ねたのは、このかけらだった。
 なんということだ。僕は心底がっかりした。この枕カバーは、まだ買ってから2年しか経っていない。安物だったからいけなかったんだろうなあ。
 2年という歳月と、僕の物持ちの良さは比例しない。自慢じゃないが、僕は未だに、中学の時から使っているシャープペンシルを愛用している。当時300円の安物にかかわらず、だ。
 最近の商品事情は、薄利多売が常となっている。安いものはすぐ壊れるように、わざと作られているのだ。そうすれば、壊れるたびに新しい物を買ってくれる。そういう仕組みだ。
 僕の愛用する、上が「し」で始まり、下が「ら」で終わるファッションセンターも、その手のシステムにのっとっているらしい。
 せちがらい世の中に溜息をつきながら、僕は枕カバーを剥いてゴミ袋へ入れた。
 いっそ、値が張っても、少々高級品を買うべきだろうか。
 と、買い替えのたびに思うのだが、いつも乏しい財布の中身のために、実行したためしはない。
 
 気を取り直して、僕は掛け布団のカバーを外そうとした。片面にしかチャックがついていない、袋状のカバーは、取り外しはともかく、再び布団へ収めるのが厄介だ。
 順序良く端と端を入れて行かないと、中で団子状になって、平たく伸ばすのに困難を要する。
 まあ、今は外すだけだから、裏返ろうが関係ない。早く外して、洗濯機に放り込みたい一心で、僕は勢いよくチャックを引き下ろした。
 が。
 なんということであろう。わずか10センチほど引いたところで、チャックが布の端を噛んでしまったのである。
「うっそだろぉ」
 僕はふたたび途方にくれた。重なる不幸に、思わず舌打ちしてしまう。
 この困難な状況をわかりやすく説明すると、こうだ。
 チャックというものは、噛みあわせの直線部分が見苦しくないように、唇のように両脇に余分な布地がある。この布地が、チャックを閉じることで上下から金具を覆い、表向き見えなくしているのだ。
 その、上唇にあたる部分の布地が、ちょうどチャックの金具に巻き込まれてしまったのである。
「くっそ、外れねえ~」
 僕は、懸命にチャックを引き戻そうとした。しかし、頑固に食い込んだ布地は、簡単には外れてくれない。
 それなら、進めてみたらどうだろう。今度は、チャックの開いた部分を両側に引っ張って、押し開いてみた。だが、金具が進んだことで、ますます布を噛んでしまい、事態は悪化した。
「か、固い……こんのやろっ」
 僕はやっきになって、悪態をつきながらチャックと格闘した。渾身の力でチャックを引いてみるが、金具は頑として動かない。
 と、あまりに力を入れすぎて、親指の爪の甘皮がはがれてしまった。痛い。
 開け放した窓のせいで、室内は外と同じ気温になっている。僕の手はすっかり冷え切ってしまい、うまく力が入らなかったせいだろう。
 ああ、なんかこれって人生みたいだな。
 僕はふと思った。
 どうしようもならない状況ってあるよな。押しても引いても良くならないことだってさ。
 でも僕は今、このカバーを洗いたいのだ。半開きのチャックのまま新年を迎えるのは、どうにもすっきりしない。
 僕の努力が通じたのか、引き戻す金具が、徐々に元の位置へ進み始めた。
 やった。これで解放される。僕は喜びつつも慎重に、布を脇へ引っ張りつつ金具を戻した。ある程度進むと、金具はあっさりと布を手放した。
 ほうっと僕は息をついた。これで、予定通り洗濯ができる。
 開放感にひたりながら、僕は久しぶりに両腕を上げて伸びをした。

 正月休みが明けた、後日。
 僕は会社のトイレで用を足そうとした。すると、下げようとしたチャックが、またも……。
「同じ手は食いませんよ」
 危うくスラックスの布を噛みそうになる寸前で、僕は金具を戻し、ふっふとほくそ笑んだ。
 ちょっと運命に勝った気がしたものだから、つい、ね。

               
                                            了 

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2012/01/14 13:09
小鳥遊さん、コメント感謝です。

お読み頂きありがとうございました^^
本当に練習なんですよ^^;
プロットは頭の中、ろくに練りもしないで、勢いで書きました。小説書かないと強迫観念に駆られるので、何かものしたいと思ったのです。

必要最低限の描写、裏を返せば描写不足?(笑)
描写の加減って、考えると難しいですよね。詳しく描かないとわかりずらいのはもちろん、詳しく書きすぎても頭に入って来ない。
自分では、自分の文章がどれだけわかりやすいか、どんな印象を与えているのかわかんないんで、頂く意見はとてもありがたいです。

小鳥遊さんはビンの蓋ですかww
お湯につけたりとかしました?中身があるビンだと、開かないとイライラしますよね。
開かずのビンの中身がもったいないと思えばなおさらww
何とか開いて良かったですね。心おきなく新年を迎えられたかと思います^^
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2012/01/13 15:05
練習用小説、と仰っていますが、とてもそうは思えなかったです。
さらっと読めて楽しかったです。
必要最低限の描写しかされていないのに、六畳の部屋の様子や主人公の服装、髪型まで想像してしまいました。
最後、ほくそ笑んでいるのが良いですね~~。

私は、かなり頑丈でなかなか開こうとしない瓶の蓋を相手に勝負を挑み、無事に勝利をおさめた暁には万歳しました。
いい年して、ちょっと恥ずかしかった年末の一コマです(笑)
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2012/01/07 15:54
櫟さん、コメント感謝です。

限りなく実話なので、ドキュメンタリーですねw

そうかぁ、いつもはノスタルジックな印象を受けられているのですね。なるほど。参考になります。
あまり、自分では作風などに気づきにくいもので。ご意見感謝です^^

なんとはない話なのですが、そこまで楽しんで頂けて良かったです。
ちょっと自信が付きましたw
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2012/01/07 11:15
いつものノスタルジックな小説とちがい 今回はドキュメンタリータッチですねww

読んでいて息がつまり 布を手放したところで ほぅと息を吐きました^^
あぁ やっぱりさらりと書いても 引き込まれるなぁ~とあらためて思いました。

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2012/01/01 00:02
軸さん、コメント感謝です。

俺は両方ひっぱっちゃいますね。それでうっかり破いたこともあったような^^;
強引に何かしたらいかんということですね。
しかし、勝った気がする気持ち、わかっていただけましたか!w

悪態付いてるのは小説の主人公で、俺のことじゃないですよ?
まあ、どうしてもな時は、「こんちくしょう」ぐらいは呟きますけどねww
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2011/12/31 23:59
ゆめろーさん、コメント感謝です。

話の展開に、特に起伏があるわけじゃないですが、楽しんで頂けて何よりです。
お読み頂きありがとうございました^^
チャック壊れるのって、あらゆる面で残念な気持ちになりますね、という話でしたw
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2011/12/31 19:46
僕は、布噛んじゃった時は、金具じゃなく布を引っ張ります。
うまくいくと、勝った気がしますね(^-^)V

蒼雪さんの悪態つく姿、初めて見たぁw
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2011/12/31 12:27
さすがだね〜〜w^^
自然な読み応えw^^

着々と年末の掃除や洗濯をしようとしてたところへ "チャック" ネタ^^ w w w w w
こーゆーの楽しいネw^^
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2011/12/31 10:40
あさみさん、コメント感謝です。

練習用の素描のような作品です。お目汚しでしたが、楽しんで頂けたようでなによりです。
お読み頂きありがとうございました。またよろしくお願いします^^
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2011/12/31 10:17
アイマールさん、コメント感謝です。

よくありますよね、チャックが何かに挟まること^^;
自力で頑張ったアイマールさん、お疲れさまでしたw
ラストの文章は、えーっと、アレじゃないですよ?それ書いたら通報物ですよねww(^w^;)
じゅらさんもおっしゃってますが、チャックだけに、ラスト閉めなきゃいけないなと思って…。
あ、すいません。そこまで考えての構成じゃないです(笑)
し○○らは安さだけが売りですね。でもまあ、そこそこ役に立つので、やっぱりやめられないですw

描写が活きてるとは、お褒めのお言葉ありがとうございます。
でも自分ではふつうに書いてるので、褒められても実感がまったくないんですよ^^;
文章の無駄!Σ(゚∀゚*)
あ、あったのか…いや、あるよね、うん。これも自分ではほとんど気づいてなかったです。道場主として恥ずかしい。
でも、読みやすくなってて良かったです。やっぱり、毎日何か書いてるからかな?
ブログ二千字以内に収めるように考えて一応書いてるので、それが役に立ってるな、という気はします。
それと、皆さんの作品にも、大いに刺激を頂いております。ありがとうございます^^

年末もお忙しいようですが、無理せず良いお年をお過ごしください。
感想、楽しみにお待ちしております^^


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2011/12/30 20:55
お疲れ様です。
久し振りに 読ませて頂きました。
又の お披露目 期待しています。
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2011/12/30 16:32
あるあるネタですね~。www
これ、私も最近旦那にやられて、オイオイってなったばっかりですよ~。
私の借したリュックでやらかして、「ごめ~ん、直せん」とか気楽に言いやがって…!
私が自力でがんばって直したんですよ~!
普通、こういうのって力のある男の人がやる事じゃ? (-_-|||;)
最後のスラックスのチャック、これもあるあるネタですね~。
お毛毛が挟まると痛いっていうアレ。www
あ、私は無いですよ~、そんな経験! あくまで旦那から聞いた話っすよ~!www

上が「し」で始まり、下が「ら」で終わるファッションセンター、私もご愛用です。www

それにしても、相変わらず描写が活き活きしてますね~! さすが蒼雪さんだ~♪^^
前よりも余分な描写がそぎ落とされて、だいぶシェイプされた文章になって来ましたね。
スゴイ読みやすいです!^^
やっぱりモンハン小説をしばらく書きこんでたからでしょうね。
腕上げましたね、また。私もがんばらねば~!
でも取りあえず、明日は仕事をがんばろう。www
明日でやっと連休なんです~。は~、やれやれだわ…。
新年にモンハン小説まとめ読みに来ますよ~♪^^
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2011/12/30 14:29
じゅらさん、コメント感謝です。

年末ボーナス的に、じゅらさん達の小説を書きたかったんですが、まだ決め手に欠けてしまいまして。
お披露目はまた今度…あはは^^;

あ、親指は大丈夫です。ご心配ありがとうございます^^
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2011/12/30 14:27
新菜さん、コメント感謝です。

こちらこそ、お読み頂いてありがとうございます^^
なんとない日常の話ですが、浮かんだ時に書かないと筆力が落ちる…と、焦りながら楽しんで書きました。

ああそうか、新しいチャックだけを買って来て、縫う手段がありましたね!
俺もそうしようかなあ。裁縫は苦手なのですが、もったいないですしね。

なんでも人生の悟りを得ようとするのは、俺のクセです^^;
カバーの布が噛んだとき、ふとそう思ったものでw
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2011/12/30 14:23
チャックのお話 だけに・・・
これにて 今年一年の 〆 って ことで。。。

めでたしめでたしぃ。。。ヾ(≧∀≦*)

親指ちゃん おだいじにぃ。。。(๑◔‿◔๑)ww
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2011/12/30 14:22
おおーっ年末に蒼雪さんのお話が読めるとはうれしいです。
わたしもお正月・年末ねたやりたいなーとか思っていたんですwヤラレターw

このチャックねた、あるあるですね!
うちのチャックは留める部分なら縫っちゃいますが……おかげでいつまでたっても煎餅布団+煎餅枕ですww
人生に例えるとこがまたいいですね!
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2011/12/30 14:09
そらさん、コメント感謝です。

此方も、ひも付きのカバーと二種類所持しているんですが。
冬仕様の気に入っていたやつに取り替えようとしたら、このざまです。
でも、おかげで一本話が書けました。怪我の功名でしょうかね?w
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2011/12/30 14:06
チャックのついていない、枕カバーをご愛用でふw
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2011/12/30 14:04
ユウさん、コメント感謝です。

いや、悲しくはなかったですが、残念でしたねww
新しく買い替える良い機会と思えば。と言いながら、またしま○らを利用するんだろうなぁ。

モンハン日記、愛読してくれてありがとうございます^^
ネタがなかなか浮かばないので、毎日は無理ですが、ミラボレアス討伐までは書いていこうかと思います。
気長におつきあいくだされば幸いです。
アバター
2011/12/30 13:55
枕カバー壊れたんですかぁ。
それは悲しかったことでしょう。


モンハンの日記書いてください。読みたいです。
すごく面白いから・・・
アバター
2011/12/30 13:05
小説を書いていないと強迫観念に駆られるための練習用小説。
限りなく実話にもとづいています。
今日、枕カバーのチャックを壊しました(T_T)



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