Nicotto Town


濃すぎる毒入り日記


「希望は戦争」とJubilee

テレビでは、気持ちの悪い笑顔の大阪市長が「全ての制度・仕組みを壊すことしか、日本は再生できない」と叫び、賢しらなつもりのキャスターが「ぜひ国政に!みんなが望んでいます」と御愛想を言っています。

「全部を壊す」
この発想について、そういえばと思いだしたのが「希望は戦争」とJubileeでした。

「希望は戦争」は、5年くらい前の雑誌に、30歳くらいのワーキングプア(当時の流行語かw)の男性が、投稿したもののタイトル。要するに、「平和という名で括られる、現在の状態で、僕は何も手に入らず。苦労も努力も認めてもらえない。戦争が起きて欲しい。戦争は、全てを失くしてしまうというが、それは何かを持っている立場からの発言だ。僕は何も持っていないので、戦争が起きても何も困らない。だから、戦争が起きて、みんなが全てなくせばいい」という内容。
甘えるな!って右派の反発の一方で、本来の支持層である貧困層からの戦争期待論に左派が狼狽したことを思い出します。

まだ画面にいるキッショい面の大阪市長を選んだ人を支持した人の中に、たぶん↑な貧困層が多くいたと思うのです。そして、皮肉なことに、本来の貧困層の味方である労組は、この市長から諸悪の根源として叩かれています。「貧しい労働者」という言葉が、「それでも職がある」とロクな職もない貧しい者(定職がない)から叩かれるという皮肉な状況が、今の日本にはあります。

もう一つの言葉「Jubilee」ですが、聖書にも出てくる概念で、元々はユダヤ教の50年周期のイベントで、借金をチャラにして、借金のカタを全部返してもらうというもの。この言葉が大きく言われたのは、ミレニアムな2000年に、欧米のNGOを中心に「ジュビリー2000」として、全ての途上国の債務をチャラにしようって呼びかけたこと。
この呼びかけを無視した欧米日が、いま国債の債務放棄してくれーって逆の立場になるわ、ドイツ・フランスなんて身内(ギリシャ)にジュビリーを実際にしているんだから、これまた皮肉なものです。
この発想は、反グローバリズムや反格差社会のデモとは異なるものだけれど、世直しとか徳政令に似た発想という点で、源流の一つにも感じられます。

こんな先達があるのに、今の日本では、お台場ではしゃいだり、ネトウヨとか言われる人はいたり、あるいは、明らかに特殊な思想信条に踊らされた反原発・反国家デモで正義ごっこをする人はいても、誰も↑のような捨て鉢なことは言いません。
これについて、面白い発言を聞きました。「それは、デフレだからですよ」年収200万円でも何とか暮らせちゃうんですよね。そういう人もいるけど、貧困で自殺したり餓死する人は、自殺者の3割にも満たないのです。年間1万人もいないということ。特に、40代以下では、大した数じゃない。
ロクに働かなくても、スマホとアプリとファストフードで暮らせちゃう。たとえ、40過ぎて、そんな暮らしやテキトー仕事がなくなっても、そんときはみんな職なしだからいいやって?

僕自身は、大阪市長や東京都知事みたいなのに政治を委ねるくらいなら、戦争やれ!ってリアでデモする連中がたくさんいる社会の方がいいですね。
今更なアリとキリギリスの喩えでいえば、年金世代がキリギリスなのではなく、40以下で定職なくブラっとしている連中こそがキリギリスなのですから。

この1点においてのみ、大阪市長の年金制度を全廃して、積立金制度に切り替えろ!に大賛成です。


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2012/01/07 20:29
たぬ休さん、コメントありがとうございます。

維新志士とか革命に走った人達ってのは、既存の国家・社会体制をひっくり返して、自分達が主体になって、国家・社会を動かしたいという気持ちが多くの方にはあったように思うのです。結果して、権力を持ち腐敗する者や支配階層となって満足した者がいたとしても、初めから無責任な権力亡者ではなかった。

ところが、「希望は、戦争」もそうで、あるいは無思慮に見える若きハシスト達もそのようで、僕にはネトウヨ達もそう見えるのですが、この方達には、現在の国家・社会がオカシクなってしまえばいい、ムカツク連中が退治されればいい。それ以上の意識が感じられません。

そんな大したもんではないんだけど、無自覚なアナーキズムというか、ああそんな大層なもんじゃなくて、愉快犯の放火に近い感じでしょうか。

民主党が志向する一体改革も、気付けば「働いて所得のある非高齢者」が一番多くの負担を担う形になっている。所得の分だけ税負担することを忌避するものではないけれど、その分で補助される「働かない若者」が将来的に役に立つと思えないのが辛いです。
戦後の日本を支えてきた現在の高齢者に辛くない老後を送って欲しいという気持ちが、僕にはあります。その一方で、自分と同世代で楽している連中が将来的にはこっちの税金で適当に暮らすことへの不満がある。僕も該当する「就職氷河期世代」というのは、今なお1割だか2割がマトモな社会人として働いていません。働く機会が与えられなかったという主張もあるのだけど、たぬ休さんのお父さんのように汗する仕事や一次産業でキチンと働く選択をしていない。かといって、死ぬような苦しい生活でもない。こういう人達が一番の負債になっていくと思います。

生活保護受給者って、1/2が高齢者、1/3が病人なので、この人達を養老院とか看護院に収容してしまえば、実質的なキャッシュでの支出が激減すると思うのです。憲法の認める幾つかの権利に抵触しますが、これ以外で1割を占める母子家庭の人が、高齢者や病人の介護をして、その養老院とか看護院に児童施設を併設すれば、生活保護者の中での自己完結したコミュニティも出来るんじゃないかと。

そして、働けるのに生活保護受給している人には「勤労の義務」を、国が提供する仕事に従事することで、履行してもらうべきでしょう。
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2012/01/07 15:05
戦争って価値観とか既得権とかをおじゃんにしてしまうところがありますからね。
幕末の混乱から戊辰戦争にかけて地方の藩の下級武士に過ぎなかった人たちが華族になったように。

橋下氏の支持層にもそんな人たちが含まれているんでしょうね。
新しい事業を立ち上げれば濡れ手に粟っていうのを狙っている人も含めて。
そう考えると大阪は既に戦争状態なのかもしれない。

労組は正規雇用が中心なのでパートやアルバイト、短期雇用の増加といった今の社会情勢に対応しきれていないのだろうと思います。
非正規労働者からすれば正規雇用者もひとつの権力になってしまっている。
その正規雇用者の雇用条件安定の源泉が公務員の労働環境だったりするわけで、公務員個々の資質等お構いなく既得権の象徴として攻撃される。
彼ら自身がその体制の中に入れたら中から壊していくのかといえばそれは別問題なんだろうけど。

うちの父はとうに年金世代になってますが、家でじっとしているのは性に合わないらしく、時折井戸掘りだの測量だののバイトを持ちかけられてはホイホイ出かけています。
で稼いだお金を社交ダンスの服だのお友達との飲み会だのに使っている。
若手の定職がない人にその程度のバイタリティがあれば社会が活性化すると思いますけどね。

労働世代で働かずに生活保護等で生活している人たちのことを「特別公務員」と比喩で呼ぶことがあります。
定期的に窓口に顔を出す等の「役所事務」で「税金による現金収入」を得ているので。

積立金制度にしても生活保護が現状どおりでは「働かない方が将来お得」というわけがわからない状態が継続されるわけです。
現状では真面目に働いていても家族の長患い等で貯金できず、年金の額も少なく医療も無料にならない人より単身生活保護の人の方がよほど楽。
積立金制度にしてもその関係は逆転しないでしょう。
かといって生活保護全廃したら、本当に困窮している人はどうにも行き場がなくなる。
治安上はどうなんでしょうね。
だから、私は生活保護完全現物支給制の導入を前から言ってるんだけど。
選り好みできないけど最低限の生活はできる程度の生活保護と貧しくとも選択できる勤労世帯ってことで。

大阪は構造的に困窮者が激減するのは難しい土地柄。
治安ワーストを返上しつつ、働く人が損をしない体制作りってそう簡単でもないのでしょうね。



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