Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


木の中の木


名前を知らない木があった。

初夏になると房状の白い花を咲かせ、マスカットのように甘く清々しい香りを放つそれを、毎年楽しみにしていた街路樹がある。

その名を「ニセアカシア」と知ったのは、ついさっきのことだ。
なんとなくあの木はアカシアじゃなかろうかと思っていたのだが、ネット検索したら正しい名前が判明した。
そうそう図鑑を引けないだけに、ネットは本当に便利だ。

このニセアカシア~別名ハリエンジュは、寂れた空き地の道路に、昔から街路樹として植えられている。

それはここ数年のうちに、枝葉が邪魔だというような理由で何本も伐採され、その姿も少なくなってきている。
とくに去年は大型台風の被害がすごかったために、根こそぎ倒れた木が数本あった。
たぶん樹齢が風雨に耐えられなかったのだろう。
それらも時間をかけて撤去されている。

数日前も業者が来て、老樹を2本伐採していた。
寂しい空き地だ。通行人は少ないとはいえ、通学路でもあるので、安全のためなら仕方ない。
しかし一個の命が絶たれるのは、どうにもやりきれない気持ちになる。

ニセアカシアの並木道は、私の犬の散歩コースである。
これからだんだんと、毎年の楽しみが少なくなっていくのかな…と、無残に伐採された半分だけの幹を眺めた。
切り口はまだ新しく、長い樹齢とはいえ、まだ生き生きとしていた。

その中で、ふと私は奇妙な一本を見つけた。
半分になった幹から、あきらかに違う木が生えているのだ。

近づいてよく見たら、それは桜だった。

桜の木が、ニセアカシアの空洞部分から伸びているのである。
ずいぶん前から宿にしていたらしく、桜の幹は5センチほどもあった。

老樹になってすき間ができると、そこに別の木が生えてくることは、そう珍しくない。
私が驚いたのは、今までその桜の存在に気付かなかったことだ。
こんなに太いなら、もっと早くにこの2本の共生を知っていただろうに。

アカシア桜は、宿主の木が切られたにもかかわらず、無事に枝を伸ばしていた。
ごていねいにも、不要な幹や枝を剪定されていた。

本体の木は切られたのに、桜は生き残っている。
なぜその桜は残したのか。
業者の気持ちはなんとなくわかる。
だが、見るたびにどうにも不思議な感じになる。

日本人は、つくづく桜は切れない生きものらしい。





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