「契約の龍」(60)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/23 13:18:46
女子寮の出入り口のところでクリスを見送って、夕食の前に一旦自分の部屋へ戻ろうとすると、にやにやした顔でこっちを見ている顔に出会った。
「せっかく寮まで連れ込んだのに、チャンスをふいにするなんて、いかにもアレク君らしいねぇ」
寮長のフレデリック・センダックだ。本人はまだ叙任されていないので、名前からは判らないが、れっきとした貴族の次男だ。…三男だったかもしれない。俺より一つか二つ年上のはずだが、童顔のせいか時々年下と錯覚してしまう。そのうえ、それを利用することを厭わない、抜け目のないやつだ。
「そんなことだと、横から掻っ攫われても知らないぞ」
こういう話題を吹っかけられたらとぼけておくに限る。
「掻っ攫うって、どこへだ?」
フレデリックの黒い目がきょとんと見開かれる。
「どこって………誰に、っていうのは問題にしないのか?」
「どこ、が決まれば誰か、はおのずから決まることだろう?…いずれにせよ、本人の意思なら仕方ない」
うぅ…自分で言ってて胸が痛いぞ。
「お前には狩猟本能ってやつはないのか?去る者は追わず、では手に入れられる物も手に入らないぞ」
「そういう贅沢は、自分の身の振り方が決まってからでないとできないな」
「うーん。見解の相違、ってやつかな」
「違う。立場の相違ってやつだ。お前と違って、不始末をしでかしても後始末をしてくれる後ろ盾がないんでな」
「おやおや。不始末をしでかすことが前提とはね。そうならないように注意するのも才覚ってやつじゃないのかな?」
「では、きっと俺にはそういう才覚が欠けているんだろうな。じゃあな」
そう言ってその場を立ち去りかけ、こいつに言いたいことがあったのを思い出した。
「あ、そうだ。お前新入生に妙な事吹きこんだだろう?」
「妙な事って?」
「わからない事があったら俺のところに訊きに来させるように、だ」
「ああ、あれ。だって、お前頼られたら知らないって言えないだろ?」
う……確かに。だからって。
…じゃなくて。だからこそ、だろうが。
「それにちゃんと、捕まえることができれば、の話だって、注意しておいてやったぞ」
「あーそれはお気づかいどーも」
「ついでに言うと、春の新入生にも同じことを言ってあったんだが……今頃言い出すって事は、捕まえられたやつはいないんだな、春のやつらには。……それとも、他にお前と同姓同名の奴っていたっけ?」
「…少なくとも、ここ三年の間は、俺一人だけだ。五年前の卒業生に、スペル違いが一人いるかな。今期の新入生は知らんが」
「ほら、すぐに出てくるし」
しまった。知らないって答えとくとこだったか。
「こんな便利なやつがいるのに、わからない、困った、どうしよう…で時間を無駄にさせるのは、気の毒だと思わんか?まあ、部屋の場所と、見た目と、よくいる場所は、訊かれない限り教えないでやったが」
…訊いたやつには、教えたんだな。
「あーそれはどーも」
「可愛い女子学生といちゃついてる事が多いんで、相談に乗ってくれるかどうかはわからん、ともな」
「いちゃ…そんな覚えはないぞ」
「傍から見たら、十分そう見える。ついさっきだって。周囲の空気の色が違ってたぞ」
並んで歩いてるだけで「いちゃつく」とは、不本意な。
「休みの間に、随分女っぽくなったけど…何かしたか?」
「何を期待しているか知らんが、何もしてないぞ」
キス以上のことは。少なくとも、実体には。意識のある状態では。
「…ていうか、どうしてもそこへ話を持ってこうとするんだな。なんでだ?」
「…お前、この夏、王宮にいなかったか?」
「………はあ?なんで?」
「王宮で見かけた気がしたんだがな」
うーむ……ここはとぼけておくべきか、認めてしまうか。
すばらしい才能をお持ちで羨ましいです
これからも書き続けてくださいね^^
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