モンスターハンター 騎士の証明~8
- カテゴリ:自作小説
- 2012/06/08 08:33:31
【もの思う騎士】
「……納得いかねえ」
薄暗い船内で、岩のような顔つきをしたボルトが、ぼそりとつぶやいた。上目づかいに空を睨む眼光は、ドスランポスも尻尾を巻いて逃げだそうかというほどだ。
「……納得いかねえっ」
ドン、とボルトはテーブルを拳で叩く。まるで親の仇のように見つめられたが、向かいに座るロジャーは、柳に風と受け流す。
「少しは受け入れたら? もう決まったことだよ」
「嫌だぁ! こんなん、納得い~か~ねぇ~え~!」
しまいには両腕を駄々っ子のように振り回し、ボルトはわめいた。
「なんで俺がこっちの任務なんだよ。むしろ、ブルースの方が適任じゃねえか!」
「そういきり立たない。それに、僕は適材適所だと思うけど?」
「くっそ~! なんでいつもあいつばかり! 美人、にゃんこ、両手に花どころじゃねえぞ!」
よほど悔しかったのか、ボルトはついにテーブルに伏して泣きだした。
それをよしよしとなだめ、ロジャーは卓上に備えられたワインを注いでボルトに差しだす。美女、猫に次いで酒も好きなボルトは、ぐすんと洟をすすって盃を受けた。任地までは、およそ半日。今なら多少の飲酒は許される。
「ま、だからこそ、マスターもブルースが適任だと思ったんだろう。君では、きっと情に流される。何しろ君の弱点ぞろいだからね」
「うう……会いたかったよぉ、アンデルセンちゃん!」
一気に酒を干すと、ボルトは手酌で飲りだした。長引きそうだと微苦笑して、ロジャーは席を立つ。
「ちょっと風に当たってくる」
「うい~」
やけ酒を決め込んだボルトが軽く手を振るのを後に、ロジャーは甲板へと上がった。表へ出ると、澄み切った夕日が彼方に広がる。かすかに音を立てるプロペラの他には、ただ一面を覆うオレンジ色があるだけだった。甲板を仕切る手すりだけが、彼と外界を隔てている。
――ここは、地上ではなかった。ギルドの紋章が記された飛行船が夕空の中を進んでいる。
ロックラックから遠く西に離れたエルドラ公国が、ロジャー達の向かう先だった。
ギルドマスターは、各地で頻発している密猟事件を引き続き調査するように命じ、その任に、ロジャーとブルース、ボルトを当てた。
ロジャーとボルトは、密猟事件が集中している中心地――エルドラ公国へ表向きギルドの使者として潜入し、内情を探ること。
ブルースの任務は、未だ謎が多いトゥルーとランファの監視と護衛である。彼女達の行方は、各地に派遣されているギルドの諜報員から情報が随時送られているため、足取りはつかめていた。
3人が遠方へ派遣されると、ギルドにナイトが常駐しなくなってしまう。そこで、在籍している1名のナイトが留守役を引き受けた。
40代の片手剣使い、ティオである。ちょうど任地から帰還したところだった。
もとはギルドナイツの隊長だった実力者だが、ロジャーが入隊して数々の偉大な実績をあげて以来、自ら隊長の座を退いたのだ。
その際にロジャーは、自分がトップになることを年齢を引き合いにして辞退したのだが、ティオもまた譲らず、彼を尊敬していたロジャーは、厚意を受け入れるに至ったのだった。
――ここは心配いりませんから。気をつけていってらっしゃいね。
見た目も物腰も穏やかな紳士のティオは、そう言ってロジャー達を送りだした。ロックラックギルドには、ほかに5名のナイトが在籍しているが、2名はティオより遠方へ調査に出ていて、すぐには戻れない。
残る3名は裏の仕事を請け負う役目を背負っているため、他人に悟られないよう、普段は別の職務に身をやつしている。
その3名の一人が、ティオなのだ。
(僕は、なんのためにナイトになったんだろう……)
ロジャーは眼下に広がる雲の海を眺めた。
飛行船は文字通り小舟を気球で吊り下げた型である。ブリッジにある手すりは人の背丈ほどで、誤って落ちない程度には設えてあるが、すき間が大きく頼りないものだった。
そのまわりには何本ものワイヤーが吊られ、船体を浮かせる巨大な熱気球を支えている。左右の舷についた2基のプロペラが推進力だった。
プロペラが回る音に耳を傾けていると、なんとはなしに気持ちが過去へ傾いていくような気がした。
身を包む深紅の正装は、ナイトの長である証であると同時に、ロジャーの誇りでもある。
今まで捕らえた悪党達からは、罪人の返り血で染まったものだと恐れられているが、実は誰も手にかけたことなどなかった。
――そう思わせておけば良いのです。あなたは、正しきギルドの顔としてあればいい。
ロジャーに隊長の座を譲った時、ティオが、どこか寂しそうに笑ったのが忘れられない。
「どうして、あの時あなたは笑ったんだ? ティオさん……」
ロジャーは自分の手のひらを見つめた。数々のモンスターを屠(ほふ)ってきたこの手、それがいつか人を狩る手になるのだと、そう思ってきたのに。
「もしかしたら、あなたは……」
ふらりとロジャーは船首へ歩み寄った。そこへ、慌てたような男の声がかかる。
「バカッ、そっちへ行くんじゃねえ!」
「えっ――」
はっとして、ロジャーは船首の手すりを見た。緊急時には、そこから飛び降りられるように、柵は可動式になっている。
「落ちるぞ!」
「お、おい、ボルトも危ないって!」
「お、おわぁ~!」
酔って赤ら顔のボルトが、ロジャーにつかみかかって引き戻そうとしたからたまらない。身体のバランスが崩れて、ロジャーは本当に柵に押し出され、落ちそうになった。
慌てて手すりにつかまって身体を支え、ふらついて自分も落ちそうになったボルトを甲板へ押し戻す。
「おいおい、しっかりしてくれよ、ボルト。ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「お前こそどうしたんだ?ふらふら歩くなんて珍しいな。――なんか、あったのか?」
甲板に大の字に伸びたボルトが、心配そうにロジャーを見上げた。ううん、とロジャーは笑ってかぶりを振る。
「なんでもないよ」
ふとロジャーは、あの時ティオが笑った理由がわかった気がした。
――お前は“こちら”へ来るべきじゃない、と。
ティオは、ナイトの裏の顔である犯罪者の抹殺を、頑としてロジャーにやらせようとしなかった。
ロジャーやブルース、ボルトも、対人戦の訓練は受けている。それでも、暗殺の任務は彼らにふさわしくないと、ティオがギルドマスターに訴えたらしい。汚れ仕事は自分が引き受けるから、と。
もしかしたら、ティオは何かを変えたがっているのかもしれない。ロジャーは思った。
船室へ戻る前、ロジャーは夕日を振り返った。そして、小さく頭を下げた。
お褒めのお言葉ありがとうございます^^
今回は、とにかくキャラを掘り下げて描こうと思って書きましたので、そう言っていただけるとうれしい限りです。
わりと深く考えることなく、すっと出てきたので、よくできたキャラ達に助けられてます。
飛行船の描写は、実際にゲームの画像を調べて書きました。最初は「気球船」と書いてしまったのですが、ゲーム内で「飛行船」と明記されていたので、あわてて直した次第ですww
ギルド本部の建物は、完全に想像です。ハンターの狩りの仕事をあっせんする受付所がゲームに登場するんですが、本部までは出ていないので。
ちゃんとイメージできたようで、よかったですw
ボルトがオトモを雇わない理由、ロジャーの自問自答。
こういった人間性の内面に触れる部分を読ませて頂けると、物語に深みが出てきますね~^^
建物や飛行船についても、イメージがわきやすい描写がされているので、脳内で立体的に想像できましたw
なるほど、トゥさんはそういうふうに感じられていたんですね。ロジャーが遠い…ふむふむ。
読み手さんの感想は、自分が抱いているキャラへの感想と良い比較になります。大変参考になります^^
トゥさんが感じられた感想と、こちらの「ロジャーが強すぎて書きにくい」という気持ちは一緒なんだなと思いました。
強くてカッコ良くてそつがなくて…完璧人間でしたもんね、ロジャーって。
彼が初登場時は、彼を主人公にして何か書こうという気は全くなくて、デウスオブマキナのままで良かったんです。
けど主役になると、読む人が親しみを持ってくれないと楽しく読めないので、彼の内面に焦点を当ててみました。完璧人間でも、トラウマや悩みはありますしね。
彼が甲板に出た時、ふと物思いにふけったのは、その問題を常に自問自答しているからでしょうね。
ナイトの任務については、恥ずかしながら知らない部分が多いので、暗殺専門、調査専門、犯罪者逮捕専門…と、役割が各々に決まっているんじゃないか?とも考えています。
モンハン辞典では、「対ハンター用ハンター」とあったので、犯罪者の取り締まりだけじゃなく、「暗殺も」実行するとは思いますが。
ロジャー達も、緊急クエストでモンスターを狩るより、犯罪者を捕まえる仕事の方が多いですから、対人戦の訓練は、当然ありますよね。警察官じゃなく、軍人の意味合いが強いです。
でも彼らは暗殺を一度もやってない、という。
その理由は、GRさんへのコメント通りです。
どうしても、例えばボルトなんかが人を殺した過去があるとは考えられなかったんですよ。
彼らは無垢なんですよね。悪い言い方をすると、甘ちゃんなんです。
だからロジャーは悩んでいる。自分だけ血で汚れない、それでいいのかと。
これからもその悩みは続くんじゃないかな。
いろいろ調べながら書いているので、更新がさらに遅くなるかも^^;
毎週1~2回を目安にアップしていこうと思います。決して失踪したりはしないので、大丈夫w
今後もよろしくお願いします^^
ジエンの章で登場した彼はミスター・パーフェクトに近くて、そのぶん少しだけ、心が遠く感じられました。
あ、もちろん冷たいという意味ではないんです。感情移入するには相手の器が大きすぎるというか……。
うーん、上手く言えません。
でも、プロペラの音に引き込まれるように物思いに耽るところ、とっても人間臭くて好きです。
そんなところを見せられるのも、ボルトやブルースのような仲間がいるからなのかな、とも思いました。
それにしてもボルトが登場すると明るくなりますね、あははっw
ギルドナイトには対人戦の訓練も課せられているんですね。
駆け出しハンターの頃からべったり頼ってきたギルドにそんな側面が。なんだかうすら寒いものを感じて、それがすごくいいと思うんです。もっと読みたいw
ちょっぴり大人のモンハン小説、続きもたのしみにしています!
ここまで一気読み、ありがとうございました。お疲れ様でした~^^
ロジャーは普段明るい青年ですが、内に秘めたものを抱えている…という設定です。
「人を狩る覚悟」があってナイトになったので、何か暗い過去があるのでしょう。
タイトルの「騎士の証明」は、他に良いタイトルが思いつかなかったので、やむなくこれにしました。
しかし思いがけず、このタイトルが作品のテーマになりそうです。
ボルトはほんとに良い奴なんで…、きっと冷徹な判断ができないと思います。
ロジャーやブルースも、暗殺の実行役にするには忍びない真っ直ぐなものをもっている。
だからティオは例外を作ってしまったのでしょう。
どんな悪人でも、殺されるとなれば必死で抵抗するか、命乞いをするはずです。そんな彼らを葬るには、よほどの覚悟がないといけない。死刑執行に立ち会う看守達の心境でしょうか。
ロジャー達が死刑執行人になっていないのは、彼らが精神的に弱いからでは決してなく、そうさせないようにしている人――つまり、ティオがいるからです。
闇を見過ぎたティオもまた、語られるべきドラマがありそうです。
名前、勝手に引用させて頂いてすみません^^;
イカズチさんの肉付けされたロジャーは、GRさんの達人プレイを尊敬しての、いわば象徴みたいなもので、ご本人の性格を反映したキャラとは、少々違っています。
なので、GRさん独自の語りをモデルにしたキャラも欲しいなと考えて、こちらを作らせて頂きました。
それと、前に話して頂いた、GRさんが目標にされていたという方の要素も入っています。
アドホックパーティーでのやりとりは、書く上で良い取材になっています^^
しかし、深いところまで問題を掘り下げましたね
この葛藤に彼はどんな答えを見出すのか・・・騎士の証明、かぁ。
なんと、ティオさんの名前、私から持ってこられてたとは、これまた光栄です^^;
君では、きっと情に流される
って同僚に断言されるボルトのキャラも、なんかいいですね
その生き方もそれはそれで、貫くのは本当に辛いことなんですよね
アンデルセンに会えなくてやけ酒かっ食らってますけど・・・
さすがイカズチさん、読みが深いですね。
自分は、実は違和感までは感じていませんでした^^;
でも無意識に、彼が暗殺者であることを否定していたのかもしれません。だからこの話が出たのかも。
それくらいイカズチさんの肉付けしてくださったロジャーは、明快で格好良かったです。
こちらが考えていたロジャーは少し冷めていたのですが、あのエピソードのおかげで「仲間思い」の要素が追加されました。このくらい熱くないと、今回主人公にはできませんでしたね。
いやいや、ボルトが薄っぺらいなんて仰ってはいけません。
自分はボルト大好きですよ。これはこれで、とても奥深いキャラだと思ってます。
大変親しみが持てる男ですよね。良い大人なのに子供っぽいけど、しっかりした部分も持ってる。
とても書きやすいです。
ちなみに、登場したティオは、これもGR_Toyoさんから名前を頂きました。
「トヨ」をもじって、ティオです。ロジャーの代わりに汚れ仕事をする、いわば半身のような男なので。
前作のラスト。
実は悪党に純粋な怒りを燃やすロジャーに、妙な違和感を感じていたのですが、これだったんですね。
汚れ仕事に慣れた人間は、たとえ立ち位置が正義の側であろうと完全に悪を拒絶できなくなります。
どんな理由でも大量殺人まがいの正義を執行し、それでも平気な顔が出来る者は偽善者か異常者ではないかと。
マンガではよく居ますが。
ロジャーの人間性にも深みが出たと言う所ですね。
それに引き替え……。
薄っぺらいな、ボルト。
モデルが違うとこうも違うもんですかね?
物凄い親近感が湧きまくりなのですが。
ただし、地名は公式で出ているものを使用する方針です。
それから、ギルドナイツの隊長は赤い色の正装というのも、こちら独自の設定です。
近接武器を得意とする者は黒、ガンナー専門が青という色分けにしています。
本当は色分けがないと思いますが。二次作品オリジナルということでご理解くださいませ。