「絨緞の魔法」(1)
- カテゴリ:自作小説
- 2012/07/01 08:32:52
「素朴な疑問があるんだが?」
ドレスをぎゅうぎゅうに着せ付けられた彼が言った。もちろん着せ付けたのは私なんだけど。試着の時ほどは締め上げてないはずなんだけど。
「何? 答えるのが面倒な質問だったら受け付けないよ?」
化粧道具をテーブルの上に並べながら、私はそう答えた。舞踏会の開始まであと半時を切っている。それまでにこいつの化粧を終えて、アクセサリをつけて、それから自分の支度をしないといけない。……ああ、額に汗が浮いてる。下地塗る前に汗拭かなきゃ。
「質問自体は簡単だ。……何で男性用のステップまで体得してるんだ?」
なんで、って訊かれても……
「んー……知らないうちに身についてた、としか言いようがないなぁ」
ダンスのステップを正式に習ったのは、去年、王宮に来てから。だから、私のダンスは付け焼刃よりちょっとましな程度のはず。
……なんだけど、いくつかのステップは、不思議なことに体が覚えていた。一通り習った後実際に踊ってみて、自分でも驚いた。
「知らないうちに?」
「習った、っていう覚えがないから。……ほら、顔塗るから口閉じて」
うちでそう言う雅な嗜みがあるのは祖父なんだけど……私は直接そういうことを習った覚えはない。食事のマナーとか立ち居振る舞いとかの躾は厳しかったような気がするけど。
思い返してみても、そもそも祖父が踊ったりとかしてるところを見たこともない。そういう機会がなかったから、かもしれないけど。
良家の坊ちゃんとして生まれ、お嬢様として育った祖父は、所作が見惚れるほど美しい。そして、傍から見てうっとうしいほど祖父母の夫婦仲は良い。だから、ダンスを踊るなら、パートナーは必然的に祖母に限定されるのだが……祖母はダンスが嫌いだ、ときているのだ。祖父に聞いたところ、踊れないわけではないらしいが。
「支度の準備、できてるー?」
部屋に戻ってセシリアに声をかける。自分で口にしてなんだけど、『支度の準備』って……
「できてるー」
という返事を返して駆け寄ってきたセシリアは、なぜだかポチと一緒に床の上をぴょんぴょん跳んでいた。
「……楽しそうだけど、何してたのかな?」
「リンちゃんのマネ」
という事は、この遊びを最初に始めたのはポチの方らしい。じっとポチの様子を見ていると、床に敷き詰められた絨毯の模様に沿って歩いたり跳んだりしているようだ。……楽しいんだろうか?
「……おっと、いけない、支度、支度」
セシリアがベッドの上に並べておいてくれた『衣装』を順番に身につけていく。まあ【学院】の制服だから着替えるのにさほど時間はかからない。仕上げに鬘を被って、両頬にそばかすを散らす。アレクがなんか文句を言いそうだけど、いつもと違う格好なんだから、『仮装』で押し切ってやる。
「ところで、さっきの答え、わかった」
案の定、「卑怯」だの「ズルい」だのって文句を言うアレクをなだめて会場へ向かう途中でそう切り出してみた。
「さっきの、って?」
「ステップの話。どうやら無意識のうちに練習してたみたい」
はあ? と間抜けな声を上げる、美女に扮したアレクの袖を引っ張って先に進むよう促す。
「無意識、って……ダンスの練習には体を動かさなきゃならないんだから、意識がない時は練習できないだろう?」
ドレスで締め上げられているせいだろうか、いつもより頭が回ってないみたいだ。
「それと気づかずに、ってことだよ。まあ、うちに来れば解る、かな?」
ちょうど廊下の曲がり角のところに来たので、絨緞に描かれている薔薇の模様の上でターンを決めてみせた。……そういえば、王宮の廊下、曲がり角のあるところには必ず薔薇の模様が描かれてるなぁ。衝突防止のため、とかかな?
「うちに、って……カルヴェス高地にまで足を運べ、と?」
「嫌なら無理強いはしないよ?」
ショートカットコースがあることは知ってるはずなんだけどな。
……まあ、いっぺん自分で開かせてみないと使えるってわからないか。
「嫌だ、とは言わないが……なんか面倒そうだな」
大げさに溜め息をつく。美女に化けているせいで憂い顔が妙に色っぽい。
……なんか悔しい。
「だから、無理にとは言わない。……ヒントはあげたから、答えは自分で考えて」
アレクがそれを目にすることになったのは、ずいぶん後になってからの事だった。もっとも彼は自分が発した疑問の事は覚えていなかったみたいだけど。
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『契約の龍』の番外編です。
ちょっと降りてきたので。
3000字じゃおさまらなかったので分割します(^_^;)