Nicotto Town



厭な噺(しょうせつ)


確かあれはまだ私が6歳ほどのころであり、夏の匂いが残る9月の上旬のことであった。
今は亡き父に手を引かれとある屋敷へ訪れたことがある。
何故その屋敷に出向いたのかはすでに忘れてしまったが、その屋敷で体験したことはあれから五十数年たった今でも鮮明に思い出せる。
その屋敷はとても大きく、またそれに比例するかのように古臭く、流れる空気すらどこかほかの場所とは違う特別な何かを孕んでいるようであった。


その屋敷の持ち主である一族は神が去る、と書いて神去(カムサリ)家といった。
平安から続き、皇家の血筋も薄らと残る高貴な家柄らしい。
私が訪れた6歳のころは既に過去の栄華も失い、かなり廃れてはいたが、旧家…悪い言い方をすれば古臭い家柄の例に漏れず血統を重視し、過去の栄華にすがり、外部の侵入を許さないという独特の閉塞感を持っていた。
そのためか、先々代が変な呪術に凝っていた、だとか、江戸時代の時期の当主が犬神の呪に手を出した呪われた血筋だ、とか様々な噂や憶測が飛び交い、呪いや呪術などが信じられなくなった現代でも忌み嫌われていた。


この屋敷に私たちを招いた事を家の主は外部に知られたくないらしい。
表門からではなくこじんまりとした裏門を潜り抜け屋敷へと続く長い道を歩く。
私の手を引く父は始終無言のままで、普段の陽気な性格からは想像がつかないほど顔からは表情というものが消えていた。
それが幼心にはとても恐ろしく、これから何が起こるのかと不安で身を竦めた。
それに加え、先ほどから一歩一歩屋敷に近づくにつれて奇妙な違和感といいようのない嫌悪感が首をもたげ刻一刻とその存在感を増してくるようだった。

道の両端には、広い緑の水を湛えた底の見えない池や、手入れはされているのであろうが、どこか陰気臭く葉を垂らす木々がある。
それらすべてがじっとこちらを見ているようで、そんなことは無いと分かっていても溢れ出す恐怖心を留める術は当時の私には無く、必死に父の手に縋り付いた。
父はそんな私を哀れむような瞳で見た後、ぎこちない笑顔を作り私の頭を撫でてくれた。
今思えば、父もこの屋敷の独特な恐怖心を煽る空気に圧倒されていたのかも知れない。
そんな時、右手の方に、木々に囲まれた妙な建物が見えた。

足が、竦んだ。恐怖で動けない。
その建物は、社のようであった。
周りには注連縄が張り巡らされ、壁という壁にはびっしりとわけの分からない字で書かれた札が張ってある。
その光景は何かを祀る、というより、何かを外に出さない為で在るかのようだった。
異様だった。気味が悪かった。なのに視線をはずすことが出来なかった。
そして、もっと嫌な事に気がついてしまった。
誰かが見ている。
社の中から、こちらを伺う二つの目を見た。
嫌な、厭な、白く濁った、紫色の瞳であった。

「__ひっ!父さ…。」

喉が張り付いてうまく言葉が出なかった。
それでも父には通じたらしい。
社の方を見て、目を見張るとすぐさま私を自分の下に引き寄せた。
引きずられるようにして父に密着する。

「…見るな。あれは…「いないモノでございます。」

父が搾り出した声にかぶさるように男の声が聞こえた。

いつの間にか背後に、黒いスーツを着た男が立っていた。

その男は社の方に顔を向けると

「この子は貴方のものではありません。お静まりくださいませ。」

と社の中のモノに声を掛けた。

しばらくしてカタン、と小さな音がすると紫の瞳と嫌な気配が消えた。

どっと空気が肺に流れてきた。
力が抜けてその場に座り込んだ。
恐怖で溢れた涙と震えが止まらなかった。

「申し訳ありません。余計なものを見せてしまいましたね。」

そう言うと男は私を立ち上がらせようとしたのか、手を差し出してきた。
私がその手を掴む前に、父がそれを払って私を抱きかかえた。

男は払われた手を不思議そうにしばらく見つめると手を下ろした。

「ご案内に伺おうかと思っていたのですが、少し遅れてしまったみたいですね。失礼いたしました。」

男は社を一瞥してから謝罪をすると深々と頭を下げた。



その後のことはあまり覚えていない。
あまりのショックゆえに、記憶が曖昧で屋敷の主に挨拶もせずに休息をとるために一室で寝かせてもらっていたことだけは覚えている。
その間、父は屋敷の主と話しこんでいたようである。
何の話をしていたかは分からない。

それから数年経ったあとに一回だけ父に、あの社と中に居た物について尋ねたことがある。
父は渋い顔をしてただ一言だけ

「あれは、いないモノだ。」

とだけ言って黙り込んでしまった。
まるで、それ以上は聞くなといっているようで私は真実を知るのは不可能だと悟った。



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少し文体を変えてみました。
幼少期の宗厳さんと東雲さんのお話。
私=宗厳さん
いないモノ=東雲さん

ホラーテイストにしてみました。
題名が思いつかなかったので、京極夏彦さんの小説「厭な小説」からもってきました。

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2012/07/15 22:08
こーいうほうが私は好きだなー
こう言う文体、核のムズカシーから
そんけいしまうす(`・ω・´)



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