Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~19

【公国の若将軍2】

 「――くそっ!」
 謁見の間から出てしばらく廊下を歩いた後、忌々しげにボルトが自分の手のひらに拳を打ちつけた。
「なんなんだ、あの大臣といい、国王といい! まったくこっちの話を聞きやしねえ。どさくさにまぎれて、こっちの交渉を打ち切りやがった。これじゃ仕事ができねえっての――おい、聞いてんのか、ロジャー?」
「聞いてるよ」
 歩みを止めず、ロジャーは淡々と応えた。
「あの大臣、なかなか食わせ者かもね。いや、あの将軍が乱入してこなければ、こちらのペースに持ち込めたかもしれないけれど……。まあ、これで公認での調査はダメになったね」
「どうする、これから?」
「そりゃあ、仕事は続けるさ。潜入調査になるから、この格好じゃ目立つね。どこかで私服に着替えないと」
「……だな」
「まあ、予想はしていたよ」
 ロジャーは、ボルトをなだめるように微笑んだ。
「真っ先にこちらを疑ってかかったのは、彼らには見られたくない何かがあるから、かもね」
「てことは……」
「それは、まだわからない。調べてみないことには」
 目を見張ったボルトに、ロジャーが言葉を選んだ時、待ってくれと声がかかった。振り向くと、あの若き将軍が息を切らして追いかけてくるではないか。肩などに負った怪我のせいでふらつくものの、まだ体力は残っているようだった。
「これは、将軍殿。どうかされましたか? そのお怪我では、さぞおつらいでしょうに」
「なんの、これしき。それよりも、お話が」
 2人に追いつくと、ジルは唾を呑み込んで息を整え、言った。
「あなた方はギルドの方で間違いないだろうか?」
「そうですが、それが何か?」
「依頼というのは、私のような者でもできるのだろうか」
「そりゃあ、もちろんだぜ」
 ボルトが、にっと笑った。
「ギルドの門は、老若男女、貴賤を問わず開かれる、だ。ちっさい子供からの依頼だってあるんだぜ」
「ならば、ぜひとも」
 ジルは、すがるように2人の騎士を見つめた。
「私からの依頼を受けていただきたい、ハンター殿」


 詳しい話は、まずジルの怪我の手当てをしてからということになった。さすがに、疲労困憊のままでは彼の生命にもかかわる。
 ジルは時間を惜しんだが、ロジャーは頑として譲らなかった。それに、一呼吸置くことで、相手の気を鎮める狙いもあった。よほどの緊急事態でない限り、興奮状態での相手の頼みはトラブルのもとにもなるからだ。
 ジルが包帯を巻き、身を清めてから、改めてロジャー達は彼の話を聞くことにした。
「どこか、良い酒場があったら、そこで。なるべく旅人が訪れるところが良いですね」
 ならばと将軍が案内した所は、街で一番賑わうという酒場だった。店内に入ってみて、なるほどとボルトは内心うなずく。
 決して数は多くはないが、旅の商人達に混じって、明らかにハンターとわかる男女が混じっていた。彼らは必ずモンスター素材の武具を身に着けているので、ひと目でわかる。
 おそらくは、商隊の護衛についたハンター達だろう。しかし中には、手の空いた者もいるに違いない。ロジャーは、ジルの依頼内容によっては、仕事を彼らに割り振るつもりなのだ。
(まあ、俺達は任務があるし、それも当然かもな)
 ギルド出張所の掲示板で依頼を探すのが一般的だが、こうした場で仕事を募ることも、決して珍しくはない。あとは、この場にいるハンター達のやる気にかかっているが。
「では、改めまして。お話を伺いましょうか、ジル殿」
「……依頼というのは、もちろん、モンスターの討伐なのだが……。これは、何体まで受けつけていただけるのか?」
「そんなに数が多いのか?」
 ボルトが、運ばれてきたエールに口をつけつつ、眉をひそめる。ジルは飲み物に手を着けず、疲れたようにうなずいた。
「近年、大物ばかりが、我が国の領土を荒らし回っているのだ。通常のティガレックスのほかに、褐色のティガレックスも。それからボルボロス、ディアブロスにハプルボッカ、それと……北の凍土にしか出ないというベリオロスとかいうモンスターも……」
「そいつは亜種だな。茶色くて、口から竜巻を吐く奴だろ?」
「あ、ああ。そうか、変種なのか……」
 ジルは無知を恥じて、弱々しく苦笑した。雰囲気からして、元々は毅然とした男なのだろうが、怪我と戦疲れのせいか、どこか気弱に映った。
「褐色のティガレックス……それも亜種ですね。そんなに手強い奴らに、よく持ちこたえたものだ」
 ロジャーが感嘆を漏らすと、ジルは苦しそうに眉を寄せ、かぶりを振った。
「いいや。たった一体のモンスターを討伐するために、多くの兵が犠牲になり、資材が費やされたのだ。我が王はハンターをお気に召さないようで、再三の私の頼みも聞き入れてはくださらなかった。たった1人、2人のハンターにモンスターが倒せるのなら、我が軍にできぬはずはないと」
「あの王様がねえ……」
 穏健そうな顔を思い浮かべ、ボルトは首を傾げた。それを指すなら、かの宰相ではないだろうか。一方ジルは、羨望を隠さずにボルトの武器を見つめた。
「すごい武器だな。詳しくはないが、ガンランスというのだろう? とてつもない威力がありそうだ。それさえ私が――我が兵士達が持てば、我々でもモンスターに勝てるのだろうか」
「それは半分正解で、半分間違ってるな」
 ボルトは苦笑した。ロジャーもうなずき、まっすぐにジルを見る。
「彼の言う通りです。確かに我々の武器は、モンスターの皮膚や甲殻を貫けるようにできている。しかし、それを持つだけでは、決してモンスターには勝てません」
「ずっと疑問だった。どうしてあなた方は、たかだか数人で、あの恐ろしい敵に勝つことができるんだ?」
「ハンターがモンスターに勝利するには、3つの条件があります」
 ロジャーが整った人差し指を立てる。
「モンスターに対抗するに足りうる、武器と防具、それは第一」
 2つめは、と中指が立つ。
「モンスターに対する知識。武器以上に大切とも言えます。どんなに強力な武具を身に着けていても、相手の動向や性質、弱点を熟知しなければ、防具は紙くず、武器は棒きれの役にも立ちません。事実、高ランクの装備をつけた上位ハンターでも、一歩間違えれば下位のモンスターに殺されることもあります」
「……そんな」
 ジルは、信じられないと言ったふうにボルトのガンランスを見つめた。ボルトは、あえて何も言わないでおいた。
「では、3つめとは……?」
「運です」
 あっさりと、ロジャーは言ってのけた。
「前述の知識を携えて、モンスターの行動に正確に立ち回れるだけの技量があれば、百戦危うからずと申し上げたいところですが、狩りは生き物でしてね。気候や周囲の小型モンスターの妨害、ハンターの精神状態などによって、成果はいくらでも左右されます。どんなに実力があっても、思わぬ事で命を落とすこともあるのです」
「――なるほど、運、か……。わかる気がする」
 ジルは苦く笑った。多くの部下の死を見て、死地を生き残ってきたゆえの笑い方だった。
  




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