モンスターハンター 騎士の証明~22
- カテゴリ:自作小説
- 2012/08/19 10:45:02
【轟竜の墓】
荒涼とした岩と乾いた大地が広がる先に、冠雪を戴く青い峰が連なっている。
酒場での夜が明けてすぐ、ロジャーとボルトはエルドラ公国首都郊外の砂礫地帯を訪れていた。目的は、この近辺に出没するという、ハプルボッカとティガレックス、ディアブロス亜種を退治することである。
明日、ユッカとショウコが連続の狩猟をするため、彼女達の妨害になるであろうこの3頭を、先に排除するためである。
「俺は正直、急いで将軍の依頼を引き受けることもないと思っていたんだが」
ソルバイトバーストを背に担いだボルトが、隣を行くロジャーを見た。ロジャーは、確かにそうだとうなずく。
「酒場に行って募らなくとも、ギルドを通せばいいってことはわかってる。でも、ハンターの派遣を待っていたら被害が拡大するおそれがあったし、調べたいことも不明になる可能性があったから、急いだんだ」
「何が不明になるんだ?」
頭を使うのは苦手なボルトが、子供のように聞き返してきた。ロジャーはいたずらっぽく目を見開いて教えた。
「この国に密猟の嫌疑がかかっている以上、出現するモンスターがその類でないとは言えないだろう?」
「まさか」
ボルトは驚いたように足を止めた。
「誰かが密猟したモンスターをここで放ってるっていうのか? 何のために?」
「さあ。わからない」
ロジャーは苦笑した。
「それを調べるのが、今回の狩りの目的のひとつさ。でも何よりは、ここ一帯を行き来する商人の安全の確保が第一」
「ああ、そうだな。この道が絶たれると、荷物の値段が上がっちまう」
さもあらんと納得したボルトに、ロジャーは微笑んだ。
昨晩、酒場での話し合いの席で、近くのテーブルにいた商人の一団が声をかけてきたのだ。
ロジャー達が腕の立つハンターだと会話で察し、ぜひ自分達の護衛についてほしいと言ってきたのである。話を聞くと、彼らだけでなくその酒場にいる商人達全員が、砂漠地帯に出現する、例の8体のモンスターに苦しめられているとのことだった。
だいたいの事情を話し、そのモンスターをこれから倒すのだと言うと、彼らは手放しで喜んだ。
「実は、ロックラックの商人ギルドから、こちらのハンターズギルドに調査の依頼が来ていたんだよ。エルドラ公国一帯を通過した商隊が、よくモンスターに襲われるようになったって」
と、ロジャーが言った。ボルトが目を丸くする。
「それって、つい最近のことなのか?」
「ああ。数ヶ月前から急に増えた。ちょうど密猟事件と前後してね」
「ますますわからなくなってきたぜ。なんでいきなり強いモンスターが出現し始めたんだろな」
ボルトは眉間にしわを寄せ、いらいらしたようにうなった。ロジャーは、足元の枯れ草を見た。やせた土地に根を張るそれは、たよりなげに風に揺れていた。
「ここは草食モンスターの数が少ない。つまり、それらを糧とする肉食モンスターもほとんど目撃されていない。だから、ギルドは長い間この地域を狩り場に指定しなかったんだ」
「だからさっき、放たれてるんじゃないかって疑ってたのか」
「そういうこと」
「ふーむ。もし、よそから連れてこられたモンスターが、環境になじもうとして暴れ回ってるんだとしたら、ひどい話だな」
「まったくだね……。もともと静かな環境だったのに、それじゃあ荒れるのも無理はない。――ああ、ここだ」
岩場に囲まれた小さな空き地にたどり着き、ロジャーは足を止めた。目の前に広がる光景に、ボルトは思わず鼻と口を手で押さえる。
「こいつは……」
「まるで、墓標だね」
ロジャーは淡々と言った。彼自身、怒りも悲しみも湧き上がってこないのが不思議だった。
乾燥した大地には、無数の矢と剣と槍が落ちていた。その中央に、半分以上腐敗したティガレックスが無惨に横たわっている。彼の身体には針山のように矢が突き立っていて、左目に深々と槍が刺さっていた。おそらく、これが致命傷になったのだろう。
落ちている武器のほかに、丸い大きな石がごろごろと転がっていた。離れたところにある木材の残骸からして、おそらく投石機だったものだろう。目標へ一発も当たらずに、ひたすら翻弄されたに違いない。
「バカが」
歯ぎしりして、ボルトはつぶやいた。
「投石なんかで奴が倒せるかよ。こんなちっせえ矢尻で、こいつの皮膚を通るかってんだ、くそっ……!」
ぱきりと乾いた音がした。ボルトが、拾い上げた一本の矢をへし折ったのだった。ロジャーは帽子を取り、ティガレックスを見つめた。
「餌がなくて弱っていたんだろうね。そうでなければ並の人間に負けるはずがない。彼も、苦しかっただろうな……」
「お前、どっちの味方だよ?」
泣いているのか、ボルトが目を赤くしていた。ロジャーは、無理に笑ってみせた。最近、こんな状況で笑うことが癖になっている。
「もちろん、両方だよ。決まってるじゃないか」
「ロジャー、俺は今ほど腹が立って仕方がないぜ。どうしてこんな、ひどいことをするんだろうな」
「そうだね……」
ロジャーはボルトをうらやましいと思った。まるで心が麻痺してしまったかのように感情が動かない。数年前までは、もっと熱い血が自分に流れていたものだ。あらゆる犯罪に怒りを燃やし、悪党を怒鳴りつけもした。
でも今は冷めていると思う。もちろん悪事は許せないが、それに対して強い感情を抱くことが少なくなった。
(慣れなのかな。こういう慣れ方はしたくないと思っていたのに)
あ、と思った。ティオの顔を思い出し、ロジャーは空を見上げた。
(……ああ、だからなのか。ティオさんがいつも笑っているのは)
彼がいつもにこにこしているのは、培われた人格のせいだけではなかったのだ。
多くの醜いもの、悲劇を目の当たりにすると、心が傷ついてしまう。だから、笑ってみせる。目にした惨状は自分とは関係がないのだと思いこむために。自分の心を守るために。
「どうした? 疲れてるのか?」
顔を上げると、飛行船での時みたいに、心配そうにボルトがこちらを覗きこんでいた。いかつい顔に微笑みかけたが、できなくて、ロジャーはうつむいた。
「……ん。さすがに、こういうの見るとね」
言いながら、ああ、嘘はついていないな、と安心する。仲間にだけは、嘘はつきたくない。
「だよなあ。きついよな、いつ見ても……」
ボルトも哀悼の意を示し、被っていた帽子を脱いだ。ロジャーはやっぱり彼がうらやましいと思った。彼はいつも、目の前のことに全力で泣き、笑い、怒る。自分のようにごまかさない。
「よくやったよな。……どちらも、さ」
「……うん」
自分達の暮らしを守るため、あるいは名誉のため、ハンターではない人間がモンスターに挑むことは、なくなることがない。モンスターに対して有効な手段と知識を持たず、蛮勇で命を散らした跡を見つけるたび、ロジャーは、なんのために自分達がいるのかわからなくなる。
(でも、死んでいった彼らを蔑むこともできないんだ)
ロジャーはボルトと並んでティガレックスの前に立ち、勇敢な、と言葉を贈った。
「勇敢な、モンスターと、それに立ち向かった多くの英霊達に。――黙祷」
殺し殺され、食う食われるが当たり前。闘争の結果をモンスターが問うことはない。
それでもロジャー達は祈る。自分達が人間で、自然の調停者である以上。
狩られる側にも感情があり、痛みがあるのだと忘れたくはないからだ。
モンスターハンターの世界観、雰囲気は、一見して明るいイメージではあるんですね。
村の住人のとぼけた様子とか、依頼書の笑いをさそう内容とか、猫といっしょに狩りをするとか、あと教官の存在自体が(笑)
ホラーアクションゲームのように、ただ恐ろしい存在を殺す目的のゲームではないところが、モンハンの世界を奥深くしていると思います。
モンハンのモンスターも、それは怖い存在ではありますが、魔物ではない。あくまで「こういう生き物」なんですよね。
森などの自然に一歩踏み出せば、人間は命を脅かされる。それが当たり前の世界に生きている人達は、どういう気持ちなんだろう、というところからこの作品のテーマが来ています。
モンスターも人間も生きるのに必死の世界。お互いを責めることはできない。
ロジャーの黙とうの言葉は、それを言いたかったんです。
祈りの言葉に共感していただけて嬉しいです。まさにトゥさんのおっしゃる通りのことを言いたかったんです。ちゃんと伝わってよかった^^
ギルドナイトは正義の味方という認識があるので、ロジャー達3人も正義感強い男でないと、と思って書いています。
悪を許さぬ冷徹なイメージがありますが、彼らも若者、人間だという前提なので、泣いたり怒ったりしてますね。(でないと、ドラマにならないから^^;)
応援、3人にも大変励みになりますよ。ありがとうございます!^^
ボルトが「お前、どっちの味方だよ?」って言っていますけれど、ティガの飢えと苦しみを考えずには進めませんでした。こんなこと、亡くなった兵士の家族に言ったら泣いて詰られるんでしょうが、どうしても。
人間の勝手で馴染まぬ土地に連れてこられて、利用されて。
これじゃあまるで感情のない生物兵器ですよね。誇り高い生き物、立派な轟竜なのに。
ふたりが捧げた黙祷の場面で、死者への祈りは自分のためでもある、と以前聞いたことを思い出しました。
区切りをつけることで、前に進めるようになる。生きている者は進まなくちゃいけないですもんね。
今回は読者のわたしが、二人の祈りに前を向かせてもらいました!
こういうひとたちがギルドナイトでよかったなぁ。
あ、ボルトの激しい、そしてロジャーの静かな怒りにわたしも感情移入しまくりでしたw
ふたりともやっちゃえー! と応援しています♪
ボルトもなかなか頭が良いでしょう^^
よく質問してばかりの男ですが、発想と機転が効くのです。それくらいじゃないと、ナイトにはなれないですよね。
この回は、悲劇のありようを書きたくて書きました。
ティガにとどめの槍を刺したのは、ジルです。ほぼ実力ではなく、特攻で、まぐれで当たったのが急所になったんですよ。
兵士たちも、家族のために泣きながら戦ったと思います。つらいですね…。
イカズチさんのご推測…鋭い!半分正解がありますよ。
今はまだ秘密ですけど、これから明らかになります。
でも、モンスターの出現に人為的な意図を見せているので、わかる人にはわかっちゃうかな。
ボルトはいい漢ですよね~。
まっすぐな性格だから、ロジャーもブルースも彼に助けられることが多いです。
あえて彼は今、何も言いませんけど、うすうすはロジャーの抱えているものに勘付いています。
でも言葉で欲しい時ってありますね。イカズチさんの考えてくださったセリフ、ロジャーも喜ぶと思いますよ^^
うおっ!
そんな……私の頭、まさにボルト並み。
キャラ設定、仕上がってますねェ。
喜んで良いのか?
今回のお話はマジで悲しいです。
痩せた土地に無理矢理連れて来られたティガも、兵士たちも生きる為に戦ったんですね。
狩りならば、ある種『儀式』あるいは『勝負』として、お互いに死力を尽くす事で納得が出来るんですが……。
これはあんまりです。
己の全力を出せなかった無念の轟竜と死を賭しても引かずに戦った勇者たちに合掌。
そしてもし……これが何者かの『面白半分での戯言』や『己が欲望の為の手段』だったとしたら……。
ボルト、打ち砕けっ!
ボルトにロジャーの心が読めたなら、きっとこう言うと思います。
「心が冷めてるのと無いのは違うだろ。今だってロジャーは『悲しい』と思ってるし『許せない』とも思ってる。俺には逆に冷静に対処できるお前の方が羨ましいぜ」ってね。
……なんか今日はボルトに感情移入しまくりですね。