「契約の龍」(74)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/07 19:39:54
「どうした、アレク?」
「………なんでもない」
「なんでもなくて、部屋に入ったとたんにドアのところで沈んだりするかな?」
ドアの前でへたり込んでいると、クリスが近づいてくる気配がする。かがみこんで、こっちの顔を覗き込む。
「おまけに、顔色も悪いぞ」
「なんでもないってば」
「…そうまで言うなら、深く追求はしないでおこう。…口直しは要るか?」
「……………何の?」
「引っ掛からなかったか。とにかく、立って、もう少し部屋の中まで入れば?」
クリスが俺の腕を引っ張り上げる。ので、しぶしぶ立ち上がる。
ふらふらとソファに座りこむとクリスが後ろに立って、俺の髪を手櫛で梳き始めた。されるがままにしていると、どこからか細いリボン――目の覚めるような、鮮やかな青、だ――を取り出して、梳いた髪が一つにまとめられた。
「せっかく括れる長さになったんだから、どうしていつも括っとかないんだ?大して時間がかかる訳でもないのに」
「あ…面倒で、つい…」
急に括った髪が後ろに引っ張られて仰向けにされる。
「そういうことを言っているから、男に唇を奪われる羽目になったりするんだぞ?」
…う…見られてたのか?
服を着たまま寝入ってしまった《ラピスラズリ》を見て、せめて上着だけでも脱がせてやろう、と思ったのが間違いのもとだった。上半身を起こそうと頭の横に手を付いたら、いきなりその手を掴まれて引き倒されてしまった。…あとのことは、思い出したくない。
「見てたんだったら、なんとかしてくれれば…」
「いや…アレクがあまり抵抗してないみたいだったから…」
「隙を窺ってたんだってば!」
「…まあいい、そういうことにしておこう」
そういうことに、って……驚きすぎて、一瞬身動きが取れなかったのは、事実だが。
「で、改めて訊くが、口直しは要るか?」
「……要る」
手を伸ばすと、クリスの顔がゆっくりと降りてくる。指先がすべすべした頬に触れ、ふっくらした唇が、ついばむようにそっと唇に触れた。どうせ触れるなら、やっぱり女の子の唇の方がいい。断然、いい。
「機嫌は、治った?」
「治った。…けど、その単語、何か間違ってる気がする」
「細かいことは、気にするな。…機嫌が治ったんだったら、相談があるんだけど」
「はいはい、「相談」ね」
この単語も、どっか間違ってる気がする。だが、それを指摘すると、クリスはきっと怒るので、口には出さない。
ふと見ると、目の前のテーブルの上には、資料が散乱している。どうやら、図書館の本も何冊か持ち出して来ているらしい。
「ユーサーの「龍」のことなんだけど…どうやら「海のモノ」らしい」
おや。馬鹿龍って言わない。どういう心境の変化だ?
「…根拠は?」
クリスが、ソファを回り込んで来て、隣に座る。
「匂い、だ。龍の内側に入った時、強い潮風の匂いがした。どの海の匂いも、同じなのか?」
「うーん…海で暮らす人は、違いを嗅ぎ分けられるかもしれないけど…クリスのレベルだったら、同じ匂いに感じられるかなあ」
「私のレベル、って、それは褒め言葉ではないな?」
「遺憾ながら」
「…ま、今日のところは勘弁してやろう。海の事について詳しくないのは、事実だし。…で、だ。学院の図書館にあった本で、海棲の幻獣を探したんだけど…あきれるほど、少ないんだ、これが。それも、「ちょっと、これは契約するのが難しいんじゃないか?」っていうやつばかり。どうしてだろう?」
そんな事、俺に訊かれても。
「さあ?資料を集めたのは、俺じゃないし」
クリスが曖昧に微笑む。
「で、その中で、「龍」に該当しそうなのを抜き出してみた」
クリスがテーブルの上に広げてあった資料の中から、一枚の紙を取って、こちらに差し出した。見ると、あまり見慣れない幻獣の名が羅列されている。
次回、龍の種類が判明でしょうか?