Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~34

【砂塵の攻防】

 ディアブロスは漆黒の身体を前のめりにし、さかんにうなってこちらを牽制(けんせい)していた。
 ボルトは腰を落としていつでも駆け出せるようにしながら、じりじりと盾が落ちている方へ進む。その間、決して相手から目をそらさない。その瞬間が隙につながるからだ。
 ディアブロスが苛立たしげに後足を蹴立てた。焦れたのは彼女の方だったらしい。ぐっと頭を下げ、猛然と突き進んでくる。
 ボルトは相手が走り出したのを見計らって盾へ向かって駆け出した。が、黒い巨体がわずかに軌道を変える。前方へ突き出した2本の角と牙がボルトをえぐる寸前、ボルトは横へ跳び、地面へ転がった。
 ディアブロスは目標を見失って急停止すると、ぐるりと身をよじって振り返りざま上体を低くし、ぐうんと角を突き上げた。
「くそっ!」
 青みがかった黒い角が地面すれすれを狙ってすくいあげてくる。ボルトは這いつくばった姿勢から何度も転がって角から逃れた。そこへ、巨大な爪が視界をかすめる。踏み換えたディアブロスの足が、無情にもボルトの盾を蹴り飛ばしたのだ。
「遊んでんじゃねえぞ!」
 なんとしても武器を取り戻さなければ始まらない。ボルトは立ち上がると、なりふり構わず盾のもとへ走った。たとえ無様に転げ回っても勝ちを拾ってきた。その積み重ねが今のボルトを支えている。
 ぶんと空気がうなりをあげ、黒く大きな鞭がしなった。ディアブロスの尾が地面をえぐり、とっさにボルトは脇へ跳んで退いた。また盾と銃槍との距離が空く。
「いらん奴らが!」
 いつの間にかボルトのまわりに、赤い甲殻を持つ巨大な昆虫が何匹も羽音を立てていた。ブナハブラだ。人間の赤子ほどもあるそれは、おもに腐肉をあさる。だが、生きた動物に尾針で麻酔毒を注射してから酸性の体液をかけて溶かし、捕食することもあるのだ。どうやらボルトは虫達にとっても久々の食料らしかった。
「邪魔だ!」
 ボルトは腰に下げている儀礼用の細剣を抜くと乱暴に振り回した。無謀にも寄ってきた虫が数匹、こま切れになって宙に舞う。
 ディアブロスのうなり声が聞こえ、振り向くと、巨体がしきりに地面を掘っていた。器用に角と後足を使って地中へ潜る間に、ボルトは遠のいた盾へと走りだす。と、その背で、ドン、ドンと地中から重い響きが伝わってきた。ボルトはぞっとした。これはディアブロスが地表の敵の位置を角で突き上げて探している音なのだ。
 盾まであと数メートル。地面がボルトの前方へ向かって激しく揺れ、ボルトはよろめいた。
 振動が止まる。今度はこちらへ向かって地走りが走る。またも足元をすくわれた。転ばないようかろうじて踏ん張り、ボルトはその間も盾から目を放さない。
 地走りがボルトの真下へ向かってくる。すさまじい振動の筋を読み切ると、ボルトは振動の来ない地面へ転がって回避した。そしてそのまま身構える。
 一瞬の静寂。――来る。
 ドンッと後方の地面が土煙を噴き上げた。まるで間欠泉のような土砂とともに、漆黒の悪魔が獲物に向かって飛びかかる。巨影に太陽が一瞬隠れ、ボルトの頭上を通り越していく。
「今だ!」
 ボルトは盾に向かって全力で滑り込むと、盾の裏側にある持ち手をつかんだ。ずしりとした手応えに一瞬安堵がよぎる。その直後、ズンとディアブロスが離れた場所に着地した。
 ほっと息をつき、ボルトは視界の隅に転がっている銃槍を認めた。今度はあそこまで走らなくてはならない。
 再びこちらを狙っていきり立つ相手から視線を外さず、ボルトは盾を背にかつぐ。空いた手で腰をさぐった。革製のポーチの留め具を外し、中に納まっている道具を探す。閃光玉で動きを止めて、その隙に銃槍へ向かうつもりだった。
 だが敵はそれを許さなかった。
 ギィエエエエン!
「――ぐぅお!」
 ディアブロスが、あの強烈な咆哮をあげたのである。まるでこちらを見越しているかのような勘の良さだった。びりびりと震える大気に、とっさにボルトが構えた盾も細かく振動する。
 ボルトが固まった一瞬の隙に、暴竜は砂塵を蹴って突撃してきた。
 この距離で走っては2本角の餌食だ。ボルトは盾を両手で構えたまま、その場で踏ん張った。
「――っ!」
 がつんと盾に火花が散り、巨大な角がボルトの正面を突き上げる。その衝撃に両のかかとが乾いた土にめりこんだ。盾を支える腕から力が抜けそうになる。そこへ間髪入れずに体当たりが来た。敵の身体ではなく、巨大な後ろ足がボルトを横に弾き飛ばす。稀少なモンスター素材を裏地や繊維に用いたナイトの服が衝撃を和らげてくれたが、息も止まる痛みに一瞬気を失いかけた。
 咆哮を防御したツケが大きかった。体力が大きく削られて、肺がひっきりなしに酸素を求め、あえいでいた。
「……いってぇな」
 地面に転んだとき唇を切ったらしい。ボルトは親指で無造作に血をぬぐった。全身は打撲で痛み、悲鳴を上げている。骨折がないのが幸いだったが、常人なら立ち上がるのも不可能な傷だった。
 ディアブロスがこちらに向き直ろうとしている。あまりに巨体なので、何度か足を踏み換えないと方向転換できないのだ。1、2、とボルトは相手の頭がこちらを向くまでの回数を数えつつ、再びポーチをまさぐった。
「3!」
 ディアブロスがこちらを向いた瞬間、ボルトは手にした閃光玉を投げた。空中を飛ぶ衝撃で玉に仕込まれた光虫が絶命し、強烈な閃光を放つ。虫の命と引き換えに暴竜は視力を潰され、たたらを踏んだ。そしてやたらと身体を回転させ始める。飛竜種に見られる防衛行動で、尻尾で周囲をなぎ払うことで敵の接近を防ぐのだ。
 今がチャンスだった。ボルトは全力で愛槍へ走った。十数メートルの距離が途方もなく長い。
 その距離が徐々に縮まってきた時、ふいに耳元で不吉な羽音がした。
「んがぁ!」
 激痛が首筋を貫き、たまらずボルトはもろ手を挙げてどっと土の上に倒れ伏した。ぶうんと勝ち誇ったように羽ばたいたのはブナハブラだ。
(ちっくしょぉー!)
 ハンターにとってこれ以上の屈辱はない。幸いにも虫の神経毒は数分で消えるが、その間は指一本動かせない。
 視界を取り戻した敵がこちらに気づいたその時がボルトの最後だった。
(動け動け動け動け!)
 思い通りにならない全身に叱咤しながら、ボルトは射抜くような目で地面に落ちている愛槍をにらみ続ける。装飾がすり減るほど使い込んできたそれは、鈍色の光を照り返してボルトを待っていた。
 ディアブロスがさかんに足踏みを繰り返し、尻尾を地面に叩きつけている音が聞こえた。威嚇する声に怒気がこもる。
 その間、ボルトは必死に指先に力をこめようとしていた。ディアブロスの雄叫びが辺りに響き渡った。視力を取り戻したのだ。
 ディアブロスがこちらを見定めた。迷うことなく走ってくる。地響きは死の音だ。ボルトは指に、足に力をこめ続けた――動いた!
「――うおお!」
 怒号をあげ、ボルトは意思を取り戻した神経に檄を飛ばして立ち上がり、走る。
 背中まで暴竜が迫っている。走る、ただ走る。そして。
 届いた!
 ボルトは全身で右手を伸ばし、ガッと柄を握りしめる。地熱で暖まった鋼の柄が、もう離れないとばかりに手のひらに食いついた。あとは無意識だった。盾を構え、銃槍を突き出す。ヴァンプレイトに備わっている引き金を思い切り引いていた。

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2012/10/24 10:38
イカズチさん、コメント感謝です。

そうですかぁ…!
そういって頂けてうれしいです。こちらも何度も書き直した甲斐がありました。
ありがとうございます;;
ある意味、私のプレイヤースキルの未熟ぶりのせいで、モンスターの強さが際立ったかもしれません。
もし私がプロハンなみに強かったら、相手を恐ろしいと思う感情すら忘れていたでしょう…なんて(笑)
実際に何度も黒ディア狩りに行って、毎回苦戦した経験が生きてるのかなと思います。
それと、いろいろ勉強しつつ影響されて書いてますので、その成果が出たのかな。

私もこの回は大変書ききった感がありまして、もうここで「応援ありがとうございました!(連載終了)」みたいに打ち切りでも悔いはないです。あ、もちろん冗談ですが!まだまだ続きますよ!

紅蓮も黒猫も存じないですが、私のイメージ的には2Gで出た「マ王」ですかね。
あ・れ・は大変だった!もう二度とやりたくないww
3rdでは咆哮よりも潜航ダイブ攻撃がいやらしいですよね。あの恐怖を少しでも伝えられたらこの回は成功かなぁと思ってます。

ところで、質問がないのですが一応、作者注。文中の「ヴァンプレイト」とはランスの鍔のことです。
ただ鍔って書くと浅い造形のイメージがあるので、専門用語を調べました。
ヒルトとはまた違うんですよね、あの形状は。
アバター
2012/10/23 23:46
今回は……いつにも増して凄いですねぇ。
いや、凄まじいの方が合っているか。
ディアの強大ぶりとブナハブラの嫌らしさが手に取るように描かれています。
勿論その手には大汗を握りしめておりますが。

前回『じっくりと書く』と言われましたが、一文一文の密度が濃くなっているように感じられ……。
こう言うのを『濃厚な文章』と言うのでしょうか?
このクオリティでアクションをやられると簡単に心を持って行かれます。
今回の章は最高でした!

ディアの咆哮。
3rd以降はマシになりましたが、2の頃は連続で吼えられて動けなくなり……「い~かげんにしろっ」っと何度叫んだことか。
それにしてもこの黒ディア。
強ェなぁ。
『紅蓮』か『黒猫』レベル?
(どちらもエピソードに出てくる難敵ディアです)
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2012/10/19 08:25
トゥさん、コメント感謝です。

面白いとのお言葉、ありがとうございます!
自分では毎回「世界一下手だなあ~;;」と思いながら書いているので、そういっていただけると、次も頑張ろうって気持ちになります。

やっぱりこの展開、書いてよかったです。でないと話に動きが出ませんから。
最初にブルースたちが苦戦せず倒してしまった分、こちらでドラマチックにしないとなあと思って書いてました。
しかし、ここまで劇的にしたのは、トゥさんの「読むならこういう展開でないと」というお言葉のおかげでもあります。
一応先までどうなるか考えて書き始めるのですが、毎回いただく感想で、「あ、こうしたほうがいいんだ」とアドバイスにもなっておりまして、それを参考に細かい変更をしているんですよ。
この回は特に、そういった話になりました。
面白くなったのはトゥさんのおかげです。ありがとうございます^^

ブナハブラは、寄ってこられると冷や冷やしますよね。前作ではランゴスタが非常に(←倍角)うざかったです。2Gはマヒの確立も高かったから、一撃くらうとほぼマヒして倒れる。まさに恐怖でした。
その点、ブナハブラはおとなしい方ですけどね^^;

小物モンスターに助けられる…ありますねえ~。
ボルボロスの泥に固まったとき、うまいぐあいにブナちゃんが刺してくれて復帰したり、ディアの咆哮に固まったとき、リノプロスが突撃して硬直解いてくれたりしますね。
いやー、でも、リノやファンゴは見るだけでユウウツになりますww
うろついているだけで、集中力がそこに持って行かれる。やっつけなきゃと思うと大型に小突かれ…。
でも奴らがいないと、ゲームバランスが緩すぎになるから、いないとダメなんだろうなあ。

実際に使わないけど、装着している装備って気になりませんか?
この飾りの細剣もそうです。ほかに、ベルトに差したナイフもありましたけど、ブナをやっつけるにはナイフじゃ足りないと思ってこっちにしました。
レザー一式は、腰に短銃を差してるんですよね。口径がでかいから、たぶん照明弾とか信号弾、もしくはワイヤー弾を撃つのかな、なんて想像してますw


アバター
2012/10/19 05:35
うわぁー。
文句なしにおもしろかったです!
こういうのを「手に汗握る」というんだろうなぁ。すっかり自分が戦っている気分です。
ゲームでは武器が手から離れることってないですけれど、実際に戦っていたら絶対ありますもん。
丸腰でモンスターの前に立つ、想像しただけでひやっとしますよ!
それだけに銃槍をつかむ最後のシーンが熱いです。反撃開始だー。

熱いといえば、ブナハブラ。この場合熱くなっているのはわたしなんですがw
もう自分のことかと思いました。うんうん、すっごーくジャマですよね!w
しかも麻痺させたり、防御力下げたり。大型モンスターと妙に息があってたり。
正々堂々向かってくるぶんリノプロスとかのほうが好きです。吹っ飛ばされたおかげで命拾いしたこともありましたw

あ、儀礼用の細剣ってナイト装備についているものですね。見覚えがあります!
こういう、ちょっとした設定が物語に登場するとなんだかうれしくなります♪



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