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ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~46

【騎士であること】

「隊長、ご無事で――」
 縄梯子を昇って甲板に下り立ったロジャーにブルースが声をかけた瞬間、ロジャーは肩から前のめりに倒れた。
「先輩ッ!」
 とっさに手を伸ばし、ブルースはロジャーの上体を支えた。ロジャーは意識を失っていた。
「担架を! 早く!」
 駆けつけた甲冑姿のガーディアン達に、ブルースは指示を飛ばす。そこへ、ウルクスス装備に身を包んだ白いアイルーが二本足で走り寄ってきた。
「ニャっ、この人けがしてるんでしゅか?」
「アンデルセン、お湯を沸かして持ってきてくれ。それと、清潔な布もたくさんだ」
「あい!」
 小さな胸を逸らせて敬礼を返すと、機敏にアンデルセンは四つ足で船室へと走り去った。
「くっ……」
 ロジャーはぐったりしたまま動かない。背を支えるブルースの手に力がこもる。ギルド最強と言われる彼が、人前で倒れるなど初めてだった。
 あの地上に横たわるモンスターと、どれほどの死闘を繰り広げたのか。その場に自分がいられなかったことがもどかしく、歯がゆくてたまらなかった。
 ガーディアン達の手によってロジャーを船室に運び入れると、ベッドに慎重に横たえた。すると、ごほっと苦しそうに咳こんで、ロジャーが目を覚ました。
「気がつかれましたか」
「ここは……」
「高速艇ギルドバードの船室です。船に上がられた時、気を失われてしまったのですよ」
「そうか……まさか、金食い鳥を飛ばすとはね。ギルドも本腰で来たのか……」
 飛行船の動力となる燃石炭よりも燃焼力の高い強燃石炭は希少ゆえに高価で、一度の飛行に費やされる金額は大変な額だ。そのため、滅多なことでは飛行許可が下りない。ロジャー達は揶揄をこめて、緊急時にのみ用いられる高速艇を、金食い鳥と呼んでいた。
「失礼します」
 ブルースは椅子を引き寄せて、ロジャーの横たわるベッドの傍らに座った。よほど疲れたのか、枕を重ねたベッドの背もたれに深く身を預け、ロジャーはおとなしく血まみれの装備を脱がされていた。
「お湯、持ってきましゅた!」
 ドアがノックされ、小柄な姿が湯気を立てる桶を持って入ってきた。器用にも、まるい頭の上に白いさらしの布を何枚も載せている。
「ありがとう。そこへ置いてくれ。ランマルは?」
「ちゃんとガレンしゃんを見張ってましゅニャ」
 ブルースはうなずき、再度礼を言ってアンデルセンを退室させた。
「あの子、たしかトゥルーさんの……」
 ロジャーが尋ねた。ブルースは微笑んで言う。
「ええ。彼女が好意で、アンデルセンを貸してくれたんです。彼女は別件でランファ殿とロックラックを離れたのですが、事件に携わった以上、最後まで協力できないのは心苦しいからと。アンデルセンも、自分から望んで来てくれました」
「……ガレンって?」
 ぼんやりとロジャーが尋ねる。よく見ると、秀麗な目の下に隈ができていた。この一昼夜でどれほどの苦労をしたのかと思うと、ブルースは胸が痛んだ。
「はい。本件の重要参考人で、元ガル国の住人です。彼の仲間の命と引き換えに、事件解決のため協力を申し出てきました」
「それで連れてきた、と。……なるほど、賢明な判断だ」
「恐れ入ります」
 ガレン協力はブルースの一存ではない。ギルドマスターの判断である。超法規的措置として、特別に捜査に同行させたのだ。
 ブルースは湯に布を浸すと固く絞り、血に汚れたロジャーの身体を拭き始めた。ロジャーは、枕にぐったりと背をもたせかけて目を閉じている。
 改めてロジャーの肌を目の当たりにして、ブルースは痛ましさに唇を噛んだ。
 ロジャーの背中には、大きな火傷の跡がある。おそらく火竜の吐息にやられたのだろう。広がる桃色の上に、さらに爪や牙の古傷がいくつも重なっていた。胸や腹にも古傷があり、その周囲を青いあざがまだらに彩っている。
 それよりさらに目をそむけたくなったのが、肩と両腕の酸による火傷だった。真っ赤にただれた皮膚に薬を塗りつけるのは酷に思われた。
「……秘薬を。これは、放置すると指が曲がらなくなります」
 棚にある薬箱を取ろうとブルースが立ち上がった時、ロジャーは閉じていた目をぼんやりと開けた。
「どうすれば、僕もティオさんのようになれるんだろう……」
「え?」
 ブルースが振り向くと、ロジャーはうつろなまなざしで天井を見上げていた。
「僕はあの人のようになりたくて、今まで必死に真似をしてきた。戦い方、立ち居振る舞い、あの人はどれも完璧だ。もしあの人が僕のかわりにこの国に来ていたなら、きっと、もっとうまくやれたに違いないんだ」
 この人は、ただ聞いてほしいのだ。ブルースは薬箱を手にしたまま、じっと言葉を待った。
「ずっと僕は、完璧な人間になりたかった。自分の行動が、誰かを守れるような。誰も悲しませないような……そんな、人間に」
「……」
「でも、だめなんだ」
 ロジャーの唇がかすかに震えた。
「どうしても誰かを傷つけてしまう。守れないんだ、何も。僕はとても弱くて……自分が嫌になる」
 ロジャーは固く唇を噛みしめて、右腕で目を覆った。ブルースは、静かに椅子に座り直した。
「あの子達はこんな僕を信じて、これから大きな狩りに赴こうとしている。今さらながら、自分の言葉の重さに潰されそうだよ」
 つらさのにじむロジャーの声を、ブルースは黙って受け止めた。
「もし彼女達に何かあったら……僕はきっと自分を許せない」
「大丈夫です。俺達は、そのためにもここに来たんですから」
 とりとめのない独白だったが、ブルースはそれがユッカ達のことだと気づき、そっと言葉を添えた。
「先輩は、優しすぎるんです」
「違う。僕は……自分が傷つきたくないだけだ」
「心がない人間は、そんなふうに苦しんだりしません」
 ロジャーは腕を両目に当てたまま、唇をつぐんだ。ブルースは薬箱をそばの小机に置くと、秘薬を浸み込ませた湿布を作って、ロジャーのただれた肩に優しく当てた。それでも沁みたのか、びくりとしてロジャーが目を覆う腕をどける。目元は赤く濡れていた。
「先輩はその時ご自分のできる限りをやったと、自分は思います」
 その手を取って、湿布で傷を包みこみながらブルースは言った。
「優しさは罪じゃない。その感情に、救われる者もいるのですよ」
 ロジャーは目を逸らし、応えなかった。黙り込んだ彼の傷口に、ブルースは湿布と包帯を巻いていった。
 ブルースには、ロジャーの負った傷がすべて彼の心の傷に見えてならなかった。
 まるで、自分の身を削って狩りに挑んできたようだった。仕事としてだけではなく、むろん楽しむためではなく、ロジャーは何かを守るために必死で戦ってきたに違いない。
 削った分だけ失ったものがあるとすれば、それこそが、今ロジャーが欲している答えなのだろう。
「そういえば、ティオ副長からことづけを預かってきたのですが……」
 包帯を結び終えてブルースが顔を上げた時、かすかな寝息が漂ってきた。ロジャーは眠っていた。いつもの気取りがなくなった面差しは、24歳という年齢よりもあどけなく映った。
 ブルースは黙って上掛けを引き寄せると、そっとロジャーの首もとまで掛けてやった。
 そしてふと、あることを思い出し、あいつめと腹立たしげにつぶやいた。
「先輩がこんなだっていうのに……ボルトはひとりで何をやってるんだ?」

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2012/12/23 22:52
トゥさん、コメント感謝です。

短い登場ですが、アンデルセンはこの後もちらちらと出る予定です。自分でも書いていて気に入ってしまいました。
それも、最初にイカズチさんがウルク装備の上「~でしゅ」口調を付加したおかげでしょう。おそるべき萌え属性。
この口調なしでは、今の彼はなかったでしょう(笑)

飛行船の名前にギルドバードはオリジナルで、名の由来は下のコメントにある通りです。
しかし、前作で「ギルドガード」だった装備の名前が、若干デザインが変わったとはいえ(MHP3のほうがカッコいいと思う)バードになってるのはなんででしょうね。
もしかしてガとバを間違ったとか?
バードは、鳥のほかに吟遊詩人の意味もあるけど、ナイトとは関係ないですよね。
ギルドの鳥、という直接の訳からそのまま名づけました。ほかに思いつかなかったこともありますが、名前があるほうが存在感が出ますね。

今回は、緊迫した流れから一息ついて、ロジャーの心の内の回です。
次回はブルースいわく「何やってんだ」ボルトの回です。
この回で今年最後になるというのが…この作品らしくもあるような?ww
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2012/12/23 19:51
わあアンデルセンだ!
いつもサポート役をしているだけあって、手当てのお手伝いも似合いますね。かわゆい♥
可愛く書いてくださるのがとてもうれしいです。あ、わたしがそう言うの、変でしょうかw
さあこっそり回復笛を吹いてあげるんだ、アンデルセン。

高速艇ギルドバードはオリジナルなんですね。
や、これ、実際にあると思いますw
前回で格好いい飛行船の姿を想像しちゃったし、「金食い鳥」という呼び名も現実味がありますもの。
ギルド本部は他にもいろいろ持ってそうだなあ。

飢餓ジョーとの死闘から一転、ブルースの静かな気遣いが沁みます。
蒼雪さんの文章、その中にもいたわりややさしさが込められているようで、読んでいて安心する回でした。
ロジャーさん、今はゆっくりおやすみください。
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2012/12/18 08:22
イカズチさん、コメント感謝です。

た、たった数行しか出ていないのにそんなに可愛がってもらえるとは!ww
アンデルセン、確かにかわいいからなぁ…。もう少し出番を増やしたかったですが、今回はここまで。
出した甲斐があったというものです。ありがとうございますww

そうなんですよね、ブルースとロジャー、お互いの立場や認識の違いがよく出てると思います。
でもそれが心の距離を開けているわけではなく、信頼がちゃんとあるんですよ。
イカズチさんがおっしゃるように、ロジャーはブルースを対等に見ているけど、ブルースは上司と部下、先輩と後輩の上下関係を崩そうとしていませんね。

ブルースは人前では身分をわきまえて「隊長」と呼びますが、感情が先走ると、人前でも「先輩」になります。ロジャーを大事に思ってる様子の一端です。彼にしたら、「先輩」が最上呼称なんですよ。
もう少しフラグが立てば、名前で呼ぶようになるんじゃないですか。って、恋愛ゲームのようですが。

いやいや、ボルトの気さくさで救われていると思いますよ、みんな。
ロジャーとブルースの間を取り持つというか、バランスメーカーですよね。

ティオさんのリアルモデルは我がパーティ最強のGRさんですから。
そのGRさんのご友人は、裸装備で王族を一人でクリアできるんだそうです。その狩り、生で見たい!ww

高速艇は、私のオリジナルです。
この国に来るまでに通常の飛行船でも1日半かかった距離を、どうやったら縮められるかと考えた末に出た結論でした。
どうしても、この先の展開でブルース達が必要になってくるので、急いで登場させたかったんです。

それで、ギルドだったらそのくらいの飛行船はあるだろう、でもめったなことでは飛ばないという設定で出しました。
ロジャーを迎えにきたシーンは最初から考えたわけじゃなくて、この設定から生まれたものです。
本来飛行船というのはすごく飛行速度が遅いものですが、FFとかでも高速で飛ぶ飛行船があったし、いいやと(笑)

名前は、MHP3に出る装備「ギルドバード」から。
2Gではギルドガード(ギルドの守護)だったけど、なぜかP3はバード(鳥)なので、そのまま使わせていただきました^^
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2012/12/18 08:08
小鳥遊さん、コメント感謝です。

この回は、お疲れ様の回です^^
いろいろなプレッシャーをポーズ取って平然と見せていたけれど、内心はかなり大変で、ケガしたせいで弱気になり、つい泣き言が出てしまいました、という内容。
ロジャーが初めて泣いてます。みんなのオカン的なブルースでした(。ノД`)ヾ(-ω-*)ヨチヨチ

肝心のセリフは、これはもっと後半にブルースが伝える役割ですので、もうしばらくお待ちください。
まだまだお話は続きます!

みんなのアイドル・アンデルセン。深刻な状況をなごませたいのと、どうしても(またか)やってみたい場面がるので、そのために搭乗させました。
実際に、ウルク装備のアイルー(ねこ)が動いてる姿、かわいいですよ~。
小鳥遊さんにも見ていただきたいです。w
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2012/12/17 23:40
アンデルセン……か~い~。
真っ白フワフワ主人愛。
回復するニャ。
採取するニャ。
旦那しゃん、大好きでしゅニャ。
ああ……たまらん。
はっ、死闘を終えたロジャーの回なのについつい。
かわいさは罪だなぁ……。

ブルースはロジャーに対して尊敬の念を込め、上下をきっちりわきまえて接しています。
が、ロジャーの方はこう言った話をする所からも仲間、同士、親友と感じているのでしょう。
カリスマであればあるだけ、上司は部下に弱みは吐かないでしょうから。
ブルースにもそれはわかっているんでしょうが……真面目っ子だからなぁ、彼は。
ボルトは逆に失礼過ぎですけどね。

それにしてもこれだけのロジャーをしてまだ『憧れ』と言わしめるティオ。
どんだけ強いんだろう。


追伸ですが……『高速艇ギルドバード』かっけ~ネーミングですね~。
蒼雪さんオリジナルですか?
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2012/12/17 18:12
ロジャーさん、お疲れ様でした!本当に……。
満身創痍で孤軍奮闘、そんな死闘を終えたロジャーをそっと労わるブルースの優しさがいいですね^^
この接し方は、ブルースだからこそ、なんだろうなぁ~と思いました。
ボルトだったら、また違った接し方だったでしょうね。それはそれで、また良いのですがw
しかし、せっかくブルースがティオの伝言を~~って所で、眠ってるって><

アンデルセンの可愛らしい姿を想像して、ちょっと萌えました(笑)



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