「契約の竜」(81)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/20 21:10:35
店を出て、教えられた医師のもとへ向かう。さっきの店主の話によれば、それらしい看板は掲げていないのでぱっと見にはわからない、とのことだったが、ちょうど具合の悪そうな子どもが運び込まれるところに出くわして、それとわかった。
「あそこのようだけど…ちょっと取り込み中かも」
「行くだけ行ってみよう。私の方はかゆいのを我慢すればいいだけだから、待たせてもらおう」
「…クリスがそう言うなら、仕方ないか。言っとくが、手伝おうとか思ったらダメだからな」
「……思うくらいは、いいじゃないか、別に。…気が紛れるし」
「…人のうちの前で痴話げんかしてないで、中に入ればいいと思うんだが?疲労のせいで症状が出やすくなるなら、とにかく体を休めた方がいい」
「…ほら、怒られた」
「はいはい。……こうやって突っかかってくるのをかまうから、いけないんだな。ほら、中に入って待つ」
何か言いたげなクリスの背中を押して、その建物の中へ入る。
中に入った正面がいきなり受付になっているので、びっくりした。…まあ人が入れるスペースはあるのだけど。
「病気ですか?怪我ですか?」
受付に座っている年齢不詳の女性がそう訊ねてくる。
「…どちらかというと……病気、かな?蕁麻疹なんだけど」
クリスが探り探り答える。上着を脱ぎかけようとするクリスを押しとどめて、「あ、ここで見せていただかなくても結構です。こちらの方へどうぞ。…後の方は、付き添いですか?でしたらご一緒に」と、右手の方を指示される。どうやら、病気か怪我かによって振り分けられるらしい。
指示された方のドアを開けると壁に沿って長椅子が配置された、待合室と思しき小部屋があった。さっきここへ運び込まれた子どもが、長椅子の一つを占領している。
クリスが様子を伺いたそうにしているのを制して、なるべく離れた、部屋の端に座らせる。
「自分も具合が悪いんだっていう自覚は?」
「…ないことはないけど…」
「だったら、おとなしく座っていてください。解りましたね?」
「…はぃ…」
消え入りそうな声で答えたクリスの横に、腕を組んで座り込む。ふと横を向くと、あごの下が、赤く斑に腫れている。地肌の色が白い分、痛々しい。
ふと、重大なことに気づく。
「ここの医者って、口は固いかな?」
向かい側の長椅子に座った、魔法使いの方を向いて、そう訊ねる。
「患者の秘密が守れないような医者が、こうまで繁盛するとは思えないが」
待合室には、さっきの子どものほかに、少なくともふた組の患者が先に来ている。
「…何かあるのかな?」
「…《ラピスラズリ》。私が何て名乗っているか、覚えておいででしょうか?」
同じことに思い至ったらしいクリスがそう訊ねる。
「…ああ、なるほど。「証」の事ですか。正直に話して口止めするか、見せないように工夫するか、どちらにするか決めあぐねている、ということでしょうか?」
「そういう事、です」
「私にはわかりかねますねえ。ここのお医者を個人的に存じ上げているわけではないので」
「…まあ、そうですよ、ね。知っていらっしゃれば、わざわざ他人にお伺いなどしませんものね」
長椅子に寝ている子どもの前で膝をついて様子をうかがっていた白衣の女性が、立ち上がってこちらへやってくる。
「今日は、どうされました?」
にこやかにそう話しかけてくる。
「あ…蕁麻疹です。以前蟹を食べたときに、同じ症状が出てたのに、不用意に口にしてしまって…」
「ああ、シーズンですからね。症状は、それだけ?」
「だけ、というと?」
「熱が出てるとか、呼吸が苦しいとか…」
「とくにそういったものは感じられませんが…蕁麻疹の部分が、ちょっと熱っぽいほかは」
「そうですか…あ、お名前を伺ってよろしいでしょうか、お呼びする都合がありますから」
「…アウレリス、です」
「…そう、ですか。多少、順番が前後するかもしれませんが、さっき言ったような症状が出てきたら、受付の者にそう言ってくださいね」
胸に抱えたクリップボードに、何か書きこみながら立ち上がる。ちょうど新しい患者が入ってきたので、クリップボードの用箋を差し替えながら、そちらの方へ立ち去る。
「彼女の担当は、予診だけ、なのかな?」
診察室と思しきドアから、人が出てくるのを見て、クリスがぽつりと言う。
「少なくとも、もう一人、医師がいるのは確かなようだな」
「…薬だけもらえばいいかと思ったんだけど…面倒だな。結構基本に忠実だ、ここ。この分だと、カルテもきっちり作られる」
「基本に忠実で何か問題でも?」
なんだか展開が、身近に感じられることが多くなってきたね。
楽しみだ~
甲殻類のアレルギーは
結構、多いですね^^