Nicotto Town



後悔


昨日、雇用保険の認定日だったということでハローワークに行ってきたのだけど、改めて思ったことがある。それは”仕事をやめなくてよかったのでは?”ということだ。

私は仕事をしていた当時から、頻繁に辞めたいと言ってきた。就職難ということもあり絶対に就きたくなかった職種に就いて、心の底から興味もやりがいもない仕事だったからだ。


二年目の八月くらい、早く辞めたいという気持ちから焦って、福岡のヒューマンアカデミーの声優学科に入学しようとしたときもあった。このときは入学金を納めてしまい、入学を取り消しするために、1万5000円無駄にしてしまった。


二年目の十二月、目標金額の100万円まで貯金をたまったので早く上京しようとしたときもあった。結局、親に反対され養成所の入学書類にある親権者のサインを書いてもらえず、計画は破綻した。


そして、三年目の六月。就きたい職種に再就職するためには大卒ではないと駄目だということで、年齢的にも今しかないと思い、別府大学に入ると決め、退職願の書き方を事務所の人に聞いた。これが間違いだった。

私は最初は配置換えには乗り気ではなかったけれど辞めずに配置換えにしてはどうかと、配置換えの経験がある先輩や、「俺のところに来たら面倒を見てやる」という内容のことを言ってくれた工長の方などにすすめられるうちに、徐々に気持ちが変わってきた。大学行きも駄目になり、仕事を辞める理由も無くなった。

だったら迷わず配置換えの希望を出しておけばよかった。配置換えした先でも仕事の出来が悪かったらと考え、なかなか出せなかった。

ようやく、今までの辞めたいと思っても続けてきたことを思い出しまだ辞めるときではないという考えや、16万円近い給与と年二回の20万円近いボーナスという安定した収入と一人暮らししている部屋に住み続ける方が大事だということに気づき、配置換えを決心。そのことを心療内科の待合室で母親に言った。が、時既に遅し。もうその日の昼間に父親が事務所の人に明日私が退職するということで話をつけた後だと言われた(薄々は気づいていたけれど親は、私が配置換えを嫌がっていると思っていたようだ)。

その後は安定した収入は無くなり貯金は減る一方。保険の都合で実家に戻らなければならなくなり、狭い部屋に押し込められている状況。仕事をしていたときよりも苛立ちはつのっていくばかり。


まあ、こんなふうにブログに書いたところで過去に戻れるわけでもなくなんにも解決せず、前を見ていけという話になるんだろうけど、昨夜から体調が良くならないことから、そう簡単にはいきそうにない。とりあえず、自分の気持ちを文章としても書いておきたかっただけだろうか。

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