モンスターハンター 騎士の証明~50
- カテゴリ:自作小説
- 2013/01/08 08:26:57
【忠義のゆくえ】
「……今、この船はどの辺りにいる?」
簡素な寝台に腰かけた姿で、ガレンは目の前にいる白いアイルーに話しかけた。椅子に背を預け、腕組みをして瞑目していたランマルは、うっそりとまぶたを開けた。深い青色の瞳がこちらを見つめる。
「すでにエルドラ国上空だニャ。……なんだ、外に出たいニャか?」
「よくわかったな」
ガレンが苦笑すると、両手首に嵌められた手錠の鎖がちゃらちゃらと鳴った。
窓のない、船底に近い船室だ。動力となる蒸気機関のうなりが鈍く響いてくる。
「これでも機微に聡い方だニャ。いいニャ、少しだけなら甲板に連れて行ってやるニャ」
「すまない」
猫は音も立てずに椅子から飛び降りると、先にドアへと二本足で歩き出した。人間の幼児ほどの背丈、それと同じくらいの小柄な体躯に、ジンオウガの甲殻で作ったという見事な甲冑と兜を身にまとっている。背には同じく、ジンオウガの素材でできた銘刀、王牙猫剣【猫雷】が担がれている。今までまったく獣人族を見たことがないわけではなかったが、こうして間近に見ると、しゃべって歩く猫というのは、まこと不可思議な存在に思えた。
ましてやこのアイルーは、その小柄な全身から歴戦の戦士のごとき風格を漂わせている。落ち着いた物腰といい、まるで只者――いや、只猫ではなかった。
「どうした? 行かニャいのか?」
ドアの前でランマルが振り向く。いや、とガレンはかぶりを振って立ち上がった。
「アイルーは珍しいニャか?」
甲板には誰もいなかった。ようやく日が昇り始めた空は、薄い青色に染まっている。まだ大気は暖まらず、思わず首をすくめたくなるような寒さだった。
「……そうだな。珍しい」
手枷のせいで、やや猫背になっている。ガレンは鎖を鳴らしながら、もっと地上を見ようと舷へ近づいた。
空の上から母国を見おろすのは初めてだった。かつてガル国の親衛隊長だった頃はほとんど国から出たことがなく、飛行船に乗ったのも実はこれが初めてである。密猟者に身を落としてからは、闇夜に乗じて隠れるように地を這っていた。飛行船は移動が速いが、その分運賃が張る。しかも、身元を示す旅券や、ハンターであればギルドカードの提示を要求されるので、ますます縁が遠のいていた。
(それが、こんな形で乗ることになろうとはな)
今さらになって、手首の枷が身に食いこむようだった。うなだれるガレンの隣に、ランマルが立つ。
「私は、間違っていたのだろうか……」
「それを判断するのは、自分自身だニャ。もっとも、他者に不利益かどうかというのは、まわりの人間次第だが」
やや低めの、通りの良い声だった。ただし語尾に猫の鳴き声のような余韻がつく。ガレンは視線を落としてランマルを見た。
「貴君は道理もわかっているようだな」
「――話は聞いているニャ」
見渡す限り砂と岩山の大地を眺めながら、ランマルは言った。
「家族を人質にされて仕方なく悪事に手を染めたそうだニャ? それならなおのこと、覚悟が必要だったはずだニャ。自分が正しいと思うニャら、犯した罪に後悔するものではないニャ」
それでも罪は償わなければならないが。と、ランマルはつけ加えた。
「後悔、か……」
ガレンも大地の彼方に目をやった。寒々とした風景だ。ろくに草木も生えず、決して豊かとはいえない。それでも、寒冷期を過ぎて温暖期になれば、もう少し緑も増え、アプトノスなどの草食竜が群れを成すようになる。農村の者達は畑を作り、旅人が来ればささやかにもてなす。
ここはかつて、そんな国だった。
つましいながらも足ることを知っていた。それが、たった一度の大地震と、わずか一頭のモンスターによって打ち砕かれた。安全と思われていた何もかもが崩れ去り、安心という言葉は誰からも消えた。
そして、どこかが狂い始めた。
「悔やむとするなら、きっと、この忸怩たる私の性なのかもしれん」
ガレンは奥歯を食いしめた。
「だが、身内も同然の主を止める方法を、私は思いつかなかった。いや、考えることを避けていたのだ」
「なんの話だニャ?」
ランマルがガレンを見上げる。ガレンは固く目を閉じた。
「誰もが国王に情けを受けていたのだ。恩といってもいい。我が身があるのは王のおかげと思っている者達はたくさんいる。私とてそうだ。下級の武人に過ぎなかった私を、王は忠心と武芸に優れているとして、近衛隊に抜擢してくださった。温情厚い方だった」
「今は、違うのか?」
「今も同じだ……。優しいお言葉をかけてくださる様子は変わらない。だがそれが私には恐ろしいのだ」
ガレンは再び、遠くを見つめた。
「せめて、憎しみが心に生まれれば決断もできたものを。モンスターを狩るようにはいかないものだな……」
「……お前は情に縛られているのだニャ」
ランマルの言葉に、ガレンははっとした。ランマルは、深いまなざしでガレンを見上げていた。
「情というのは人を救いもするが、縛りもする。たとえ家族でもケンカすれば恨みも生まれるが、かつて過ごした温かい時間を思い起こせば、そんな怒りなど消え失せる。そうやって人は、折り合いをつけて共に生きていこうとするんだニャ。お前もそれと同じだニャ」
ガレンは深い吐息をついた。肩が落ちる。胃の腑に溜まる悲しみにいっそ泣いてしまいたかったが、心は微動だにしなかった。
「この国を預かる陛下に誰も楯突くことができなかったのは、情に流されているせいだ。それはわかっていた。陛下は未だに自分が温情深き王でありたいのだ。だから、汚れ仕事はほかの者に任せ、自分は国民の善き象徴だと見せている。だから民は知らないのだ。国が惑っている元凶が王であることを……」
「王を殺せば、すべて解決するニャか?」
「少なくとも、この狂った執政は止められるだろう。モンスターを領土に引き入れ、民の目を惑わせながら、自らの野望を成し遂げようとすることを」
ガレンは鎖に繋がれた両手を見つめた。
「王が、臣下の家族を人質に取った時点で、私は自らの剣を抜くべきだったのだ」
「でもできなかった、か……」
「……王の心情を慮ればこそ、できなかったのだ」
「家族を災害で失ったのは王だけではニャいだろう。やはりお前達は甘かったんだニャ。主君が間違っているなら、なおのこと力ずくでも止めるべきだった。それが本当の忠義じゃないかニャ」
「そうだな。まったくその通りだ」
ガレンは哀しく笑ってランマルを見た。自責にはもう疲れた。ランマルの言葉は耳に痛いが、率直に言及してくれることがありがたかった。
「だから、私はギルドに協力することにしたのだ。今度こそ、私の手で陛下を止めるために……」
ランマルは何も言わず、ガレンを見つめたきりだった。やや目を細めて皮肉に笑う。ガレンは目をしばたいた。
「どうした?――いや、私の考えが甘いことくらいわかっている。貴君を出し抜いて脱走し、陛下のもとへ駆けつけるなど……」
「そうではない」
ランマルの白銀色の口髭が、おかしそうにぴくりと動いた。
「どうしようとお前の勝手だ。罪を罪と思い、罪悪感に苦しむのはお前であって、俺ではニャい。ただ、どうにも俺はそういう人間に縁がある、と思っただけニャ」
「そういう人間?」
「信念を貫こうとするあまり、ときに自らを犠牲にするほどの人間」
ランマルは視線を外し、地平線を見つめて低くつぶやいた。
「ユッカ……無事でいてくれニャ」
ランマルは主人思いのネコなので、必然と性格がこうなりました。
といっても、おっしゃる通り今まで仕えてきた主人が一途すぎる性格でしたから、そのせいもあるんでしょうね。
ミランダもそうですが、最初の主のシンも、その信念のために命を落としたようなものでした。
だからこそ、主人が暴走するのを止められなかった後悔があるのかもしれないです。
まったく、もしランマルが人間であったなら、ユッカもロジャーを好きにならずに、彼に惚れていたのかも…?
いやいや、恋は思いもよらないものですからね^^;
どっちかというと、頼れるお兄さんになっていたかもしれません。ランマルが人間だったら。
あ、グロムとは別の立ち位置で、です(笑)
いや~彼の説いているのはサムライの心得。
士道ですねぇ。
『主君に尽くす』とは、主が道を誤った時、加担するのではなく身を持ってしてもいさめる事。
男であり漢であり武士ですねぇ。
でも見た目はか~い~。
『信念を貫こうとするあまり、ときに自らを犠牲にするほどの人間』
思えばランマルの前の主、ミランダもそうでしたね。
敵討ちの為にハンターとなり長く苦しんだ事でしょう。
そう言う人間の傍に居た事がランマルを精神的に成長させたのかもしれません。
カッコいいなぁ。
人間族だったらユッカもきっと……残念!
いつもご感想ありがとうございます^^
ランマルは、「勇気の証明」のときはワガママなところがある、ちょっと高飛車なネコでしたが、さらなる経験値を積んで大人の男のような風格になっています。孤高の美(男)ニャン子といったところでしょう
か。w
しんみりした場面なので、情景描写は気を使いました。お褒め頂きありがとうございます^^
ちなみに、朝の船の風景は「勇気の~」の、ジエンの章でも使っています^^;
時系列の都合で、どうしても夜明け近くに話をさせてしまうんです…というか、前にやったことをまたやるワンパターンの欠点がここに。
だからこのシーンは昼間にしようかと思ったのですが、ガレンの心情を反映させるために朝にしなければならず、悩みながら結局やってしまいました。朝が好きなんで、そのせいもあるかもしれない(?)
この話を読んでいろいろ考えさせられるとのこと、何度もお礼頂いてこちらが恐縮です。
ありがとうございます^^
「騎士の証明」は、全体的にとてもシリアスな話ですが、本編のゲームはとても明るい雰囲気なんですよ。
モンスターにまつわる危機などが多いのですが、出てくる村人などの会話がどうしようもなく楽天的で、いいのかそれでと逆につっこみたくなりますが、そのせいで、命を狩ることへの倫理観が薄れるんですよ。
いや、良い意味でです。
ああ、バンバン狩って良いんだね、遠慮要らないんだね、という、安心感を与えてくれます。
ゲームですから、主体となる狩りの部分を楽しまないとならないので、必然の配慮でありますが。
しかし、ロジャー達の話を書くにあたって、物語が必然重くなりました。
人の見えないところで悪を裁く彼ら、その悪が軽いはずがありませんから。
忠義ものの話は多いですが、それには2パターンありますよね。
主君を敬愛して、何が何でも主を守ろうとする者、逆に、誅することで暴虐を止めようとする者。
ガレンははたして目的を遂げられるのか?
引き続き楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願いします^^
それでいて、ふわっふわで語尾に「ニャ」が付くとか……反則でしょう、その可愛さはw
最後のユッカを案じるセリフは、「勇気の証明」からずっと読んできただけに、じんわりと心に沁みてきます。
会話文に挟まれた地の文が、はっきりと情景を映しだしてくれているのも良いですね。
>甲板には誰もいなかった。ようやく日が昇り始めた空は、薄い青色に染まっている。まだ大気は暖まらず、思わず首をすくめたくなるような寒さだった。
早朝の飛行船の甲板上だという臨場感が出ていて、このくだりは絵を描きたくなりました。
ガレンが心中を吐露することになった今回のお話ですが、忠義とはなんぞや……と私も考えてしまいました。
正義ってなんだろう、勇気ってなんだろう……普段は考えもしないようなことを考える機会も与えてくださって有難うございます^^
次回は誰が登場する回なのかなぁ~~と、また楽しみにしていますね^^