モンスターハンター 騎士の証明~53
- カテゴリ:自作小説
- 2013/01/29 21:31:26
【双璧のかけら】
ひとりと一匹の姿が完全に消えたあと、岩陰から黒い騎士姿が姿を現した。ボルトだった。
顔色は悪い。手にした双眼鏡を腰のポーチにしまい、浅い吐息をついた。
狩猟対象となるモンスター群が、あれほど強かったことは完全な誤算だった。急な事情での依頼であるが、事前調査をせずに通りすがりのユッカ達に任せてしまったことは、完全にロジャーの――ギルド側の失態になるだろう。
(もしユッカ達が依頼遂行できなかったら、俺もロジャーもクビだな……いや、そんなことより)
ボルトは低くうなった。一部始終を見守っていて、これほど歯がゆい思いをしたことはない。 彼女達はまだ、棄権のサインを出していない。よって、ボルトが出る幕はなかった。
「しかし、ここまでやるとは恐れ入ったぜ」
G級のモンスターを複数相手にしながら、わずか半日程度で依頼された頭数の半分をこなしてしまったふたりの実力は、もはや上位ハンターの域を超えている。
しかしそれは、ふたりで組んでいたから成し遂げられたことである。
「くそっ、あいつらが死んだら元も子もないってのに!」
ばしんと片方の手のひらに拳を打ちつけ、ボルトは怒鳴った。今すぐに駆けだして、モンスターを蹴散らしてやりたい。だが、助けに行きたい気持ちと同じくらい、別の欲求もせめぎあっていた。
もっと正直なところ、ボルトは見てみたかったのだ。
ユッカとショウコ、このふたりのハンターがどうやってこの窮地を抜け出すのかを。
「よし、俺も行くか!」
ボルトは最後まで見届けるために彼女達を追おうと足を踏み出したが、ふと何かを聞きつけていかつい顔を上げる。
「この音は……」
見上げて彼方に目を凝らしたボルトに、みるみる笑顔が広がった。
目の前に見つけた大きな岩と岩の間に走り込むと、ユッカは岩壁にどっと背を打ちつけ、尻から落ちるように座り込んだ。
「くっ……」
自分の身長ほどもある碧色のライトボウガンを両手で支え、がくりと細いうなじを落とす。激しく肩が上下していた。リオレウスの鎧の下では心臓が張り裂けそうなほど鼓動を打っている。ユッカはその音さえも聞き取られまいと、苦しいのをこらえて荒い息を殺し、鼓動をなだめた。
40メートルほど離れたところで、太い咆哮が響く。獲物を見失ったティガレックス亜種の声だ。方角ははっきりしない。右の聴力が完全に失われているせいで、左の耳しか音を聞き取れない。
戦闘状態による興奮で、ケガの痛みは軽かった。あとで急激に疲労や痛みが襲うだろうが、まだ先のことである。
右方向の感知能力が落ちたことは問題だった。視力を奪われなかっただけ幸運だったが、モンスターの攻撃を避けるために耳もまた欠かせない。攻撃に転じるモンスターの足音は次の行動を予測する大切な手がかりだというのに。
(お願い、まだ気づかないで……)
気配に敏感なモンスターは、獲物の恐怖や焦りといった感情をも察知して追いつめる。ここまで走り続けたユッカの体力はもう限界だった。少しでも早く次の行動に移れるよう、乱れた呼吸を整えなければならない。
ティガレックスの探るような足音は、まだこちらへ近づく様子はない。嗅覚よりも視力で獲物を見つけるタイプだったのが救いだった。ユッカはようやく、詰めていた息を吐き出した。
(ショウコ、無事でいて……!)
とっさのこととはいえ、ここから離れた場所に置き去りにしてしまった相棒の顔を思い出し、ユッカはきつく唇を噛む。
(急がなきゃ)
ユッカは素早く、空のボウガンの弾倉に予備の通常弾Lv2を装填し始めた。
ティガレックスの急襲によるケガで倒れたものの、ショウコはまだ意識があった。あの時ユッカにできたことは、自分が囮となってモンスターをショウコから引き離すことだった。
自分が少しでも時間を稼げれば、ショウコには生き延びるチャンスができる。それしか思いつかなかったし、ほかに選択肢があったとしてもそれを選んだだろう。
ショウコのケガがどれくらいなのかはわからない。もしかしたら今も倒れたままかもしれない。だったらなおのこと、今うろついているモンスターを彼女のもとへ近づけさせるわけにはいかなかった。
だが、にわかに弾丸を装填するユッカの手が止まった。
それしか方法がなかっただって? 自分の命にも等しい仲間を置き去りにすることが?
ふいに浮かんだ頭の中の声に、途方もない後悔がわきあがる。
「――わたし、バカだ」
ユッカはたまらなくなって、両手で自分の頭を殴りつけるように押さえつけた。
「バカ、バカ、バカ!」
ののしるごとに涙がこみあげる。自分は酔っていただけだ。英雄を気取って、自己犠牲を貫こうとしただけじゃないか。
それに、もしショウコが本当に立てなかった場合、別のモンスターに襲われる危険性をまったく考えていなかった。
「ごめん、ショウコ。わたし自分のことばっかり考えてた」
ショウコがあれだけ怒鳴っていた理由が、ようやくわかった気がした。
声を出したらモンスターに見つかってしまう。嗚咽を噛みしめて、ユッカは感情が鎮まるのを待った。
「最低だ……」
洟をすすって、ユッカはゆっくりと面を上げた。そのままへたりこみそうになる心を叱りつけ、今自分に何ができるのかを懸命に考える。
(できるだけモンスターに見つからないようにここを離れて、ショウコのところへ戻らなきゃ)
もし彼女が無事だったら、殴られてもいい。たくさん謝って、そして――
(このクエストを、降りる)
自分がどれだけ甘かったのか思い知った。信念に向かって突き進んだ分、たくさんのものをないがしろにした。自分を信じてくれた仲間を大事にもできず、何が夢だ。
今の自分があるのは、決して己の力だけではなかったのに。
(もし運よくギルドナイトになれたとしても、そんなの意味ない。第一、ショウコやロジャーさんにどんな顔すればいいの)
自分を見ても何の感情も示さなかったロジャーを思い出したら、胸が苦しくなった。
今まで考えないわけではなかった。これが一方的な片思いであることや、すでにいるかもしれない彼の恋人の存在を。
それでも考えないふりをして、絆だと信じたものに必死にすがっていただけだ。
「うっ……」
ユッカは声を殺して肩を小さく震わせた。涙は止まらなかった。
叶うかどうかもわからない夢よりも、守らなければならない大切な人がいることに。
「……そうだよ、守らなきゃ」
腹が据わったら、気力も出てきた。ユッカは自分にうなずくと、力強く立ち上がった。
もう迷いはなかった。今は何よりも、ショウコの安全を確保することが最優先だ。
岩場から用心深く顔を出し、まだうろついている轟竜の動向を探る。と、その目が、驚きに丸く見開かれた。
「――ショ、ショウコ?!」
「ユッカぁ~!」
地面を蹴立てて猛進してくる鮮やかな橙の鎧姿は、間違いなくショウコだ。その後をコハルがついてくる。だが、どうも様子がおかしい。背筋を伸ばして足を高く上げる走り姿といえば――
「ショウコ、後ろ~!」
いつかロックラックの劇場で見た喜劇のつっこみの如くユッカがショウコの背後を指さして叫ぶ。アカーン、と走りながらショウコがわめいた。
「悪い、ユッカ、見つかってもうたー!」
「うそ~っ!」
ショウコの背後には、飛来する砂色の飛獣――ベリオロス亜種が迫っていた。
たった3行の変更と、あと余分な部分を削除しての推敲ですが、今度は問題なかったようで安心しました。
ご指摘感謝です。
じつはまだ納得しきれてないんですけども…何日考えてもこの字数内で描写できる限界がここまででした。
努力が足りない…のか(/_;)
>見捨てられた云々は、ユッカの完全な思い込みだというのは分かったのですが、ユッカは大切なことに気付いたように見えたので、それなのにその思い込みが前面に出ると少し違和感が……、という感じでした
とのこと、なるほどぉ…と勉強になりました。
書いていると、作者もどこまで突っ込んで描写すべきだろうかと、いつも悩ますところです。
この推敲ですと、ほとんど詳しいところには触れていないので、そこを描かないと説明不足では?と、いつも不安になります^^;
もしまた、読んでいて違和感がある部分がありましたら、どうかお教えくださると幸いです。
まだまだ未熟なもので、読んでくださる方のご意見は本当に勉強になります。
大事なことに気づくには、人から言われて「あっそうか」というパターンもあるんですが、それだと下のコメントにも述べましたように、「教えてくれた人=恩人」になってしまいます。
ショウコにそれをやらせると、借りができちゃうんですよ。そうなると、ただでさえ背負い込みがちなユッカが、ますます引け目を感じてしまう。そうはしたくなかったんですよ。
友達同士、たまにケンカはしても許し許され、長く付き合っていくものだと思うので。
最後の場面は、これも許しの表現ですね(笑)
思いつめた先に出てきたら、そういうのはもう良いんだよと許す展開。ただの受け狙いではないのです。
…ほんとですよ?w
改稿後すぐに拝読させて頂いてはいたのですが、ちゃんとコメントしたくて
ゆっくりPCに向かえる時までガマンしていました^^;
(藤岡藤巻氏の歌についてのブログは出先からスマホでINしてたんですw)
さて、青字の部分ですが・・・
ユッカの心情の経緯がよく分かる文が加わったこと、ちょっとした言い回しで印象がグッと変わることを目の当たりにさせて頂いて、とても勉強になりました。ありがとうございます^^
そして、改稿お疲れ様でした。
見捨てられた云々は、ユッカの完全な思い込みだというのは分かったのですが、ユッカは大切なことに気付いたように見えたので、それなのにその思い込みが前面に出ると少し違和感が……、という感じでした。
ショウコは、ありのままのユッカをそのまんま受け入れてくれる親友。
そんなショウコとだから、間違えても大丈夫というか、間違いに気付けたり、気付いた先があるんだなぁ~と思うと、つくづく良い二人組だなと思います^^
ユッカが自問自答しながら後悔の念にかられる場面も、迷いが消えて力強く立ち上がった場面も、とても素敵な回でした。
最後にちゃんと笑いを誘う展開を添えてくださっているのも、読んでいて楽しくて嬉しいですw
ラギアヘビィクリア、おめでとうございました!
あのクエは諦めない不屈の精神を鍛えるにはもってこいですねw
ユッカとショウコは20代ですが…まだ少女の面影を残す21歳なので、青春してもいいですよね。
トゥさんとイカズチさんのコメント、なるほどなぁと読ませていただいております。
若いころには苦労を買ってでもしろ、とはいいますが。
…私の十代ですか?私は…いえ、やめておきましょう(w)
この回で、ユッカには自分で気づいてもらいました。それでも万全の気づきとはいえないですが、少なくとも、まわりに目を向けることには気づきましたよね。
人から諭されて気づくのもありですが…ショウコに指摘されるシーンも考えたんですけど、ここは自力で発見してもらいたかったのでこうなりました。
人から指摘されても、まわり見えない人、自分のことで精一杯の人には受け止められないことって多いんです。正論であればあるほど。
そして、そういう説教があると、逆に相手への不信感や上下関係も生まれてしまいます。
ショウコとユッカは対等であってほしかったので、ユッカの悪いところもあれこれ言わず、全部受け止める側になってもらいました。
ユッカは小さいころ愛情に飢えていたので、全面的に肯定してくれるショウコのような存在に救われるんですね。
なんてことを、心理学のサイトなど読んで勉強し、当てはまる部分があったので納得してました。
時々わからなくなるんですよ。自分のキャラですが、彼らが何を考えているのか、それがどういう原因で発生しているのか、とか。
上手い人はそこまで勉強しなくても、キャラの心理を把握して書けるんだろうなぁ。
申し訳ないです。
前回のトゥさんがコメントで仰っていましたが『十代の頃は必死と挫折の繰り返し』
ユッカは兄があんなだったから責任感が強く、これが激しく出てしまうのでしょうね。
思い返せば私の十代の頃は必死と言うより次々に開かれる大人の世界に圧倒されるだけだったような。
『多感な時期』とは言い得て妙ですなぁ。
うむ。
ユッカは前回の問題点を自分で悟りましたか。
ええ娘やなぁ。
若いから迷い、未熟だからこそ躓く。
若さ未熟さを認める事が出来る者だけが再び立ち上がる事も許されるのですね。
ユッカやショウコのこう言うまだ足りない点がドラマを生み出すのでしょう。
読んでいて先が気になるのも頷けます。
違和感があると、読んでいて消化不良になっちゃいますから…。
これで少し改善されたかな…。
しかし、字数以内におさめるのは大変ですね^^;
ありますよ、もうたくさん^^;
特にこの回は、ユッカの心の流れがうまく描写できなくて、相当悩んでました。
どうも私も違和感があってですね…。でもどう直せばいいかわからなかったところです。
なるほど、小鳥遊さんはその部分でしたか。
54回でトゥさんも述べられていますが、
「どうしてユッカが急に気づいたか」よくわかんなかったと^^;
私もよくわからずに書いてしまったのです。せめて、頭が冷えたとか我に返ったとか、そんな一言が必要でしたね。
あと、見捨てられた~云々は、この時点でのユッカの完全な思い込みです。
ですが…もうちょっと違う言い方があってよかったですよねぇ…。
すいません、ここあとで直します。ご指摘ほんとうに感謝いたします^^
ユッカはロジャーが好きなんですよ、はい。ただ照れくさくて他人には言えなかったんですね。
初めての恋ですから。誰でも初恋は実らせたいと思うでしょう。秘密にしておきたかったんですよ。
現実にきびしい話にもっていきたがる蒼雪ですが、ちゃんと良いラストを考えておりますので、ご期待いただければ幸いです。
随時推敲されるとは、その姿勢、私も見習おうと思っています。
さて、うまく説明できる自信はないのですが、ひとつだけ違和感があった部分を……。
>怒っていた。悲しんでいた。それも当然だ。仲間に見捨てられたのだから
ここです。私は、ショウコはユッカに『見捨てられた』とは思っていないんじゃないかと思っています。
前回、ショウコが感情を爆発させたのは、もっと違う理由だったんじゃないかと感じていました。
ユッカが、自分の自己犠牲が自己満足だったと気付いたのは、それはそれでスゴイと思うのですが。
でも、様々な葛藤があるからこその青春なんですよね~~。
なんて、ちょっと遠い目になってしまいました(笑)。
ユッカのロジャーへの想い。
強い憧れがあるのは感じていましたが、ここでキッパリと片思いというワードが……。
そっか、やっぱり恋愛感情を自覚していたのね、ユッカちゃん。
無責任に頑張れと言えないけど、今後の展開、恋の行方の方もどうなるか見守っていきたいです。
ユッカがウザ子になってないか心配です。フォローを入れたのですが、ちゃんと伝わっているかどうか。
不備がありましたらご指摘くださると幸いです。
何回読み直しても、ちょっと納得いかない流れ方で…もう少し書き込みが足りないかもしれないです。
しばらくこのまま載せておきますが、気が付いたら随時推敲いたします。
最後の方はあれです…ドリフ的な何か。
ユッカの内面をいじっていたら書いてる方が気が滅入り、私が嫌いになりかけたので、こうなりました。
そもそもユッカとショウコは漫才コンビですし。「勇気の証明」では急展開のお笑いシーンが名物でしたが、私もそのノリは好きです。シリアスばかり書いていますが、根はお笑い好きなので^^;