Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~55

【砂まみれの希望】

 2頭のモンスターは、相当に気が立っていた。棲み分けが確立しているのなら、自分より強い相手が来ると、すぐにその場を離れるものだ。だが、どのモンスターも互いに場を譲ろうとしない。縄張りに侵入してきた愚かな人間ともども、邪魔者はすべて排除しようという勢いだ。
「こっちよ!」
 ユッカはティガレックスの突進を、あえて誘う手に出た。閃光玉がない以上、お互いに二手に分かれた方が被害を軽くできる。ショウコもその意を汲んで、ベリオロス亜種にのみ攻撃を集中する。
 相手の注意が向くように、ユッカは数発撃って即座に離れる。短気な黒轟竜はすぐにそれに乗った。狙いをユッカだけに定め、執拗に追いかけてくる。
 ベリオロス亜種が長い尾で地面を薙ぎ払った。表面の乾いた砂が巻き上げられ、視界が黄色い紗(しゃ)に覆われる。ショウコは砂塵が目に入らないように顔をしかめながらその場を飛びのいた。そのあとを追うように、細長い竜巻がゆるやかにこちらへ流れてくる。ち、とショウコは舌打ちしていた。
 両手に握るハンマーがひどく重い。変則的な動きの攻撃に加え、この竜巻の新技だ。
 死角にも神経を研ぎすませているせいで、精神的な消耗も激しい。この半日で強いられた緊張で、実は立っているのもやっとの状態だった。
「やっぱこやしがないと……!」
 ショウコは二度目の舌打ちをした。モンスターの嫌う臭いを発するこやし玉があれば、彼らをその場から追い払える。だが午前中の狩りで、もともと少なかったそれを使い果たしてしまっていた。
「――んんっ?!」
 敵の体当たりをかろうじて後ろに下がってかわした時、急激に灼熱がショウコの全身を襲った。体温を下げて周囲の熱環境から身を守るクーラードリンクの効果がなくなったのだ。
「なんで今やの……!」
「ショウコはん!」
 ぐらりとよろめいたショウコに、コハルが駆け寄った。容赦なく照りつける炎天にさらされたショウコの身体から、どっと汗が噴き出る。それが鎧の中で蒸されてとんでもない熱さになった。
「……コハル、熱い……」
「ショウコはん、ショウコはん!」
 がくりとショウコの膝が折れ、前のめりに倒れかかる。地面にぶつかるところを、コハルが直前で受けとめた。鎧が熱でかなり熱いはずだが、メラルーの毛皮と肉球はびくともしない。
「ショウコはん、しっかりしぃニャ!」
 コハルが耳元で呼びかけるも、ショウコはうわごとのような返事をするだけで身動きひとつ取れない。コハルは小さな手で主の身体を動かそうとするが、力が足りず微動だにしない。
「ショウコっ!」
 ティガレックスを引きつけていたユッカの顔が振り向きざまに青ざめた。
 ショウコが倒れて動かない。ユッカの背筋を恐ろしいものが走った。
 早くショウコを日陰に連れて行かないと死んでしまう。
「待ってて、今行く!」
 だが、ユッカの行く手を阻むようにティガレックスが跳躍して回り込んだ。
 風牙竜ベリオロス亜種は、ショウコに近づけさせまいと奮闘するコハルに気を取られている。真正面に黒轟竜を見すえ、ユッカは果敢にライトボウガン【野雷】を構えた。
 モンスターの咢(あぎと)がぐわっと開いた。ぐんと迫った顎を後方のステップでかわし、ユッカは残り少ない通常弾Lv2を、弱点である頭部に撃ちこむ。
 ぎらつく鱗に覆われたティガレックス亜種の頭部にいくつもの火花が飛び散る。だが、ユッカは撃つのをやめなかった。一瞬でも相手を怯ませなければ、ショウコのもとへ走る隙がつくれなくなる。だが、続けて引いた引き金が、カチカチとむなしい音を叩いた。
「――弾が?!」
 ぞっとして思わず銃身を覗きこむ。弾倉は空になっていた。
 ティガレックスは胸を反らせて大股に数歩接近してきた。ユッカは反射的に銃を背負うと、その場から走った。風が背後へ流れる。モンスターが息を吸い込む音が聞こえた、途端、
 ――ゴアアアアッ!!
「きゃぁっ!」
 耳をつんざくあの大咆哮が荒野に響き渡った。声が発せられる寸前、ユッカは大きく地面へ跳んでいた。音圧による衝撃波が爆発的に広がり、どっと地面に滑り込んだユッカの髪やスカートを荒々しく薙いでいく。
「くっ!」
 迷っている暇はなかった。ユッカは肘を使って素早く身体を起こすと、後ろも見ずに走り出した。ぐったりしたショウコのもとにたどり着き、動かない身体を抱き起こす。片腕を自分の首に回し、立ち上がる。
「ショウコ――しっかり!」
 背負う銃と友、ふたつ分の重さが、ずしりとユッカにのしかかる。荒い呼吸を整える間もなく、モンスターの来ない場所目指して、懸命に早足で歩き出した。
 ごう、とティガレックス亜種が背後でで吼えた。ベリオロス亜種も触発されて、威嚇の雄叫びをあげる。
「――コハルちゃん、あなただけでも逃げて!」
「できまへん、ショウコはんとユッカはんを置いてニャんて!」
「――くっ!」
 ユッカは懸命に足を速めた。黒轟竜が、ユッカ達の無防備な背中めがけて突進してくる。歩みを止めず、けれど迫る死の恐怖に、ユッカは固く目を閉じた。秀麗な紅い騎士の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
「ロジャーさん……」
 かすれた声でユッカはその名を呼んだ。
 会いたかった。せめて、もう一度。
 ユッカの砂埃にまみれた頬を、一筋の涙が洗い落とした。遠くなった耳が、黒轟竜の駆ける音と風牙竜ベリオロス亜種のはばたきを伝えてくる。
 だが、荒々しい死の音に混じる、どこか軽やかなプロペラの音は。
 ユッカは驚いて顔をあげた。
「――あれは?」
 東側の空を疾駆してくるのは、見たこともない流麗な飛行船だ。
 気球に記された紋章を見なくてもわかる。ギルドだ。救援が来てくれたのだ。
「――っ!」
 あきらめてはいけない。爆発的にユッカは思った。渾身の力を込めてショウコを引きずり、迫ってくるティガレックスの進路上から逃れようとする。
 地面を爪でえぐりながら、黒轟竜はユッカ達を食らおうと襲いかかってきた。ユッカの膝がぐらついて転びそうになる。
「くぅ!」
 よろめきながらショウコもろとも地面に倒れこんだその脇を、浅黒い巨体が地響きを立てて猛然と通り過ぎた。
「はあ、はあ……!」
 早く身体を起こさなくては、黒轟竜の次の攻撃が来る。なのに全身は重く、言うことを聞いてくれない。
「こっちニャ~!」
 コハルが叫び、ベリオロス亜種の前におどり出た。少しでも注意をユッカ達から外そうとしてくれたのだ。ティガレックス亜種は、突進した先で肩で息をしていた。大振りな行動ゆえに、息が上がるのも早いのだ。
(立たなきゃ……!)
 立たなければ、殺される。ユッカはわずかに残った力を振りしぼり、両肘で身体を起こした。けれど、もう息が上がって立ち上がることすらできない。
「こんな、ところで……!」
 ユッカは黒轟竜を振り返った。モンスターもまた首を巡らせてこちらを見る。ずるりと舌なめずりをした。
 ――今度こそおしまいだ。ユッカは身体を強張らせた――その時だった。
「ニャニャ~!」
 空から別の猫の雄叫びが――降ってきた。碧色の甲冑に身を包んだ白い猫――見上げたユッカは、弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
「ランマル!」
 遥か高みから何回転もして降りてきた白いアイルーは、すっと華麗にユッカの前に降りると、渋いまなざしで振り返った。
「――待たせたニャ」
 

アバター
2013/02/19 10:12
イカズチさん、コメント感謝です。

>二頭同時討伐に加え暑さに弾切れ。
どれほど追い込むのかと。

そのお言葉、同じくカプコンさんに言いたいですww
ソロでは過酷なクエの多いこと…反面、誰か一人でも仲間がいれば、あっという間に終わるクエも多いのですが。
ちなみに私はよく上記のような状況に陥ります。弾切れはないですが、いつもここぞという時にクーラーが効果切れるんですよね。

やっぱりここでの助けはランマルでした。
ロジャー達じゃなくて申し訳ない^^;
ロジャーはまだ寝込んでるんじゃないですかね?
ボルトは…彼は何してるんでしょうね。いや、ちゃんとユッカ達を追いかけてます(笑)
続きで書きますので、どうぞお待ちください。

イカズチさんのユッカ恋愛観のご推察、お見事です。
すごいですね。蒼雪も漠然と考えていたそれを、ずばりと言い当てるとは。
ユッカは恋愛したことがない…まさにその通りなんです。
だから、異性との付き合い方とかわからないんですね。
もちろん、グロムは兄ですから、好きは好きでも恋愛とは違います。小さいころ、「将来お兄のお嫁さんになる!」とは言ってるかもしれませんが。

誰かを慕う気持ちって恋なのか、憧れなのか、区別つかないことが多い気がします。
ユッカの場合はそれらが合わさって複雑になってるんでしょうね。
そのあたりを上手く書けるかどうか…自信はありません^^;
もし下手打ったら、忌憚なくご意見お願いいたしますね。
アバター
2013/02/19 04:50
連載、ご苦労様です。
二頭同時討伐に加え暑さに弾切れ。
どれほど追い込むのかと。
にしても
「こっちニャ~!」
こはる、ケナゲじゃのう……。
うんうん、可愛いぞぉ。

さらにようやく間に合ったギルドバードから誰が助けに?
ロジャーなら笛で一時的に体力を回復。
ブルースなら突進するモンスターに溜め撃ち。
ボルトなら間に割り込んで砲撃。
と、思ったら
「――待たせたニャ」
おまえいっつもどんだけ良いトコ持ってくんだよ!

ユッカの恋愛観に関しては私なりに思う所が。
彼女は兄であるグロムを慕っていましたが、それは恋愛感情とは異なる憧れとか家族愛のようなものだったのでしょう。
『兄を取られる』と思いミーラルにそっけない態度を取った事もありましたしね。
弟が出来て母親を取られたと思う兄姉と似た気持ちだったのかもしれません。
つまりユッカは恋愛の経験が少なく(てか皆無?)疎い。
ロジャーへの気持ちも自分自身で正体がわからず、ナイトへの憧れと納得してしまったようですし。
ただ人は成長しますし、遅かれ早かれ彼女も自分の想いと向き合う日が来るでしょう。
その日がどう描かれるか、楽しみですねぇ。
アバター
2013/02/18 11:05
小鳥遊さん、レスありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ弁明に近いコメントにご返信いただいて恐縮であります。
小鳥遊さんのご推察は正しいです。むしろ、そこまで読み解いてくださったことに感謝しております^^

たしかに、ユッカとロジャーは接点がないのですが、ユッカはこの通り思い込みの激しい性格でして、
たとえて言うならアイドルに恋する乙女みたいな感じで…。
死の間際にグロムや親が浮かんでこなかったのは、精神的に彼らから離れているからですね。
グロムは結婚してしまったし、ハンター業のことで親とは少し険悪ムードなので。
なので、今の心のよりどころがロジャーであるわけです^^;

物語を完全に読み解くことは、ある意味不可能なんじゃないかと思ってます。
それでも、小鳥遊さんのように優れた洞察力をお持ちの方に、こうして的確なご感想をいただくと、作者としても改めて物語やキャラの側面を見直すことができますので、とても勉強になります^^

小鳥遊さんのご期待に添えない部分もございますが、そこは蒼雪の未熟と思って、寛容にお読みくだされば幸いです。
(頂いたご意見に今後応えられるよう精進して書きます!)
それに、解釈は人それぞれで良いと思います。
蒼雪が「このようにお読みくだされば~云々」と書きましても、それはあくまで作者の希望であって、強制するものではないですから。
「この方が良かったなあ」というご感想なども、ばんばんお待ちしておりますw
アバター
2013/02/17 14:10
再びのコメント失礼します。

ユッカの性格なら、恋心を表に出すことはないだろうと思っていました。
なので、ユッカの性格も踏まえて、あえて人前で「わたしはロジャーさんが好きだから追いかけてるの!」とは言わせなかったと仰るのは、納得です。私もそう思っていました^^

各所の描写も、見落としていたつもりはなく(それでも読解力に自信がある訳ではないので何とも言えないのですが:汗)。
私が抱いていた感じは、『限りなく一目惚れに近い形で惹かれ、その後もロジャーを見ているうちに心から憧れて~』という感じでした。
この数年、接点がなかったので、生命の危機に直面した時、瞼の裏にまっさきに浮かんだのが、親でもなく兄でもなくロジャーだったのがいきなりな感じがして、
「おぉ! そこまで本気だったの~~。いつのまに~~」
と思った次第です^^;
今の時点での読み手としての反応としては『ユッカはそんなにロジャーを意識していたのかという程度』で良かったのですね^^

今後、ゆっくりとユッカの想いを読めるとのことで、楽しみにしています♪
アバター
2013/02/17 09:41
小鳥遊さん、コメント感謝です。

ランマルの登場で終わりたかったので、いろいろ削ってしまった部分があります。
でも待たせたニャは入れたかったw
某戦争アクションゲームの、隠れる時に段ボールをかぶる有名キャラの名セリフなんですが。

ユッカの恋愛感情については、ねちねち書かなかったんですが、ちゃんとそうとわかる表現は各所に入れたつもりです。
(ロジャーと再会した時に、思わずじーっと見つめてしまうとか、ボルトと話しているときに、ロジャーがジョーをやっつけた云々の際に我知らず嬉しそうな顔をするとか)

でも、もう少し率直に書いても良かったかもしれませんね^^;
わかりづらかったら申し訳ありません。
私の書いた勇気の証明のラストでは、あの時点ではユッカがロジャーに惹かれていることは書いてませんので、あれはああいうラストです。
(ロジャーと初めて会ったときに「かっこいい」と頬を染めてはいましたが)
でも本心は好きだったんだよ、という後付けが、この「騎士の証明」でのちほど明かされますので、もうちょっとお待ちください。

ユッカの恋愛感情についてですが、これから徐々に書いていく予定です。
今の時点では、ユッカはそんなにロジャーを意識していたのか、という程度で読み手がわかってくれればいいなと思いながら書いていたのと、ユッカの性格も踏まえて、あえて人前で「わたしはロジャーさんが好きだから追いかけてるの!」とは言わせなかったんです。

…なんか言い訳がましくなってしまいました。重ねてすみません^^;
アバター
2013/02/17 00:46
今回は、とにもかくにも最後に登場したランマル!
かっこいいですね~~~。

>遥か高みから何回転もして降りてきた白いアイルーは、すっと華麗にユッカの前に降りると、渋いまなざしで振り返った。
「――待たせたニャ」
このシーンは鮮明な映像として浮かびました。
思わず、ランマル~~~って心の中で歓喜の声を上げてしまいましたしw

それにしても、ユッカは、いつの間に、これほどまでロジャーに……。
「勇気の証明」第5章のラストで、ナイトの制服が着たかった~云々と言っていた、あれは本心を隠していただけで、
あれから何年か経ちましたが、その間に想いはどんどん募っていったという事なのでしょうか。
「騎士の証明」では、ボルトも交えてショウコと三人で語っていた回がありましたが、あのときユッカはロジャーについても語っていたので、もう一度読み返してみます。
私の読み込みが足りていないのだと思います;;
「勇気の証明」最終章でどんなだったか、というのも、ユッカとロジャーの関係に着目して読んではいなかったので、よく憶えていませんし^^;
乙女心に疎い私は、ユッカの恋心を今一つ掴み損ねているようです>< ごめんね、ユッカ。



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