モンスターハンター 騎士の証明~57
- カテゴリ:自作小説
- 2013/02/26 10:19:52
【砂礫の地に、想いはかなく】
「……ニャんでお前達、こんなところで固まってるニャ?」
「ばか、しーっ!」
コハルと並んでボルト達のところへやってきたランマルが、不審そうに眼を細めた。岩陰に身をひそめて様子をうかがっていたボルトが慌てて振り向き、唇に人差し指を当てる。
「おっきい声出すなよ、見つかっちまうだろ!」
「だから、こういうことはやめろと言ったんだ」
同じく岩陰に身を隠すブルースが、小声で咎める。じゃあ帰れよ、とボルトは唇を尖らせた。
「ふたりとも静かにしいや! なに話しとんのか聞こえへんやん」
ボルトとブルースの間に挟まれるようにして身体を低くしていたショウコも、ひそひそ声で怒鳴った。
「……まだユッカしゃん達、何も話してましぇんニャ……」
ボルトにしっかりと抱きすくめられたアンデルセンが、ふくふくした口元を苦笑させた。
「やれやれ……」
こっちは命がけで、ユッカ達が逃げる時間を稼いできたというのに。ランマルは呆れ顔で、遠くにロジャーと並んで立つ主の姿を見つめた。陽炎立つ乾いた大地に立ち尽くす男女の姿は、ずっと前からそうしているように見えた。
どれほどの時間が経っただろう。
ユッカはロジャーと並んで広大な大地を眺めながら、ふと、そんなことを思った。
ふたりだけで話がしたいと言われて、天幕から少し離れたここに来てから、ロジャーはひと言もしゃべっていない。
自分からあれこれ話しかけるのも気が引けたので、ユッカも唇を開いていなかった。けれど、ちっともこの時間が苦じゃない。ここに歩いてくるまでは、胸が張り裂けそうなほどどきどきしていたけれど、今はなぜか、とても落ち着いていた。
(……・でも、こんな姿で会うの、ちょっと恥ずかしいな)
せめて身づくろいする暇(いとま)が欲しかった。ユッカの髪は汗でべたつき、頬や露出した脚は、土の汚れやすり傷まみれだ。
反面、ロジャーはすっきりとした出で立ちで、面やつれした様子もない。怜悧な横顔をこっそり盗み見て、自分との落差が恥ずかしくなった。ユッカはますます深くうつむいた。
「……僕らがこの国に来て、まだ二日と経っていなけど」
はるか地平線を眺めたまま、ロジャーがつぶやくように言った。ユッカは顔を上げてロジャーを見た。
「もうずいぶんと、長くここにいた気がする。あまりにいろいろなことがあったから……」
「……わたしもです」
そっとユッカは言い添えた。ロジャーがこちらを振り向いた。何度見ても綺麗な顔だ。ぼろぼろの自分の姿を思い出して、ユッカは頬を赤くして、ややうつむいた。
「わたしも、もう何年もこの地にいたような気がします。たくさん、年を取ったみたい」
「そう。僕もだよ」
ロジャーが微笑った声がしたので、またユッカは面を上げていた。みっともない自分を見てほしくないと思うのに、視線はどうしてもロジャーを追ってしまう。
ロジャーはまっすぐにユッカを見つめていた。穏やかで、それでいて堂々としたまなざしに、うろたえていた心が落ち着いていった。何も恥じ入る必要はない。瞳はそう告げていた。
「君には、お詫びを言おうと思っていたんだ」
「え?」
ユッカが首をかしげると、ロジャーはまた、淡く微笑した。
「君とまた出会って、僕は昔の僕と再会したんだ」
君は、昔の僕によく似ている――。ロジャーはどこか懐かしむように言った。
「この国に派遣されてから、僕は、いろんな自分と向き合う羽目になった。ギルドナイトの長として、完璧にあろうとする自分。小物のモンスター相手に、怠惰になってしまった自分。目の前の成すべきことに、なりふり構わず必死になる自分――」
ロジャーは一度言葉を切って、視線を彼方にすえた。ユッカも同じ方向を見た。そこに答えがあるような気がして。
「人の上に立つということが、これほどまでに苦渋と決断を強いられるものだと、僕は恥ずかしながら、君と再会して初めて知ったよ。瞬間的な決断に、あれこれ迷っては人ひとりの命すら左右する。その決意が、僕は足りていなかった。だからこんなにも苦しいのかと思った」
ユッカは黙ってロジャーの言葉を聴いていた。ギルドナイトは、緊急時にはハンター達の統率と指示も行う権限がある。いわば、ギルドマスターの次に値する重職なのだ。
ロジャーが言わんとする迷いは、ユッカもわかる気がした。4年前、ロックラックのギルドマスターから直々に、隠密でG級に匹敵するジエン・モーランを兄や仲間とともに討伐したことを思い出す。かつて未曽有の大災害を起こしたそれを、G級ハンターではないユッカ達に任せたギルドマスターの真意を、無事に解決した後でもさんざん考えたものだ。
ハンターは所詮、ギルドの使い捨てではないのか、と。
ハンターの生命を最優先し、あらゆるサポートをするのがハンターズギルドの役割であるが、時に横暴ともいえる依頼もしてくるのが常だ。
「……でも、そうじゃない」
ユッカがもらしたつぶやきに、今度はロジャーが振り向いた。ユッカはロジャーを見上げて言った。
「悩まれるのは、ロジャーさんが優しいからです。わたし達一介のハンターを、ただの道具としてしか見ていないのなら、そんなふうに苦しんだりしません。だから、お詫びなんていいんです」
「ユッカ君……」
「むしろ、お礼を言うのはわたしの方です」
ユッカは微笑んだ。
「たくさんいるハンターの中で、ほかでもない、わたしを信じて仕事を任せてくれた。それだけじゃない、こんなふうに心配までしてくださって、それだけで、わたしは……充分です」
話しているうちに、ぎゅっと胸が詰まった。もっと言いたいこと、言わなければならないことがたくさんあるのに、唇はそれだけの言葉しかつむげない。
「……お礼を言うのは、僕も同じだよ」
もどかしさに焦れて視線を落とすと、ロジャーが苦笑まじりに言った。
「もし、この国で君に出会えていなかったら、僕は、きっと大切なことを見落としたままだったのかもしれない」
「大切なこと……?」
「そう。まだ、その答えは見つかっていないけれどね」
話すロジャーのまなざしが、ユッカを見て不思議そうに瞬いた。
「……君、人の話を聞くときに顔を左に傾けるのは癖なの?」
「えっ?」
言われて、初めてユッカは自分がそうしていることに気づいた。右耳が不自由になったせいで、知らず知らずのうちに聞こえる方の耳を相手に向けていたのだ。
「あっ、いえ、違います。さっきの狩りで、少し耳を傷めてしまったみたいで……」
ロジャーの整った眉がひそめられた。ああ、とユッカは胸の内で嘆息する。顔を傾けて聞くなんて、目上の者に失礼ではないか。
「――見せて」
だから、ロジャーが顔を近づけてきたのには驚いた。
「そんな、たいしたことないですから……あっ」
真摯な面差しで、ロジャーはユッカの顎に指をかけて顔の向きを変えさせると、負傷した右の耳を覗きこんだ。
「……血が耳孔で固まって栓になってる。鼓膜を破られたね」
穏やかだった胸が、またどきどきと早鐘を打ってきた。固い手袋越しのロジャーの指が自分に触れている。それだけなのに、耳朶まで熱くなってくる。
「……この狩りが終わったら、すぐにギルドの医院で診てもらった方がいい」
耳まで赤く染めた娘を揶揄することなく、ロジャーはそっとユッカから離れた。さりげなさがユッカには少し、寂しかった。
お忙しい中細やかなご感想、いつもありがとうございます。大変励みになってます。
読みに来るの、イカズチさんの時間の都合で良いですから^^
いつでもお待ちしております。
この回は、まあ、ユッカのドキドキ感を出す流れでした。
憧れの人とお話し中、でも相手の気持ちがわからなくて…という。イカズチさんのおっしゃる通りです。
難しいとおっしゃられても無理ないなと思います。
というのも、すぐに告白→ユッカとロジャーはくっつくのか?という流れにしていないからです。
わざと話題を逸らしつつ、ぼかしつつ、徐々にそういう展開に持って行っています。
↓行け!とか言ってるのは明らかにボルトですねww
ぶちゅーは無理だろう、ユッカの性格じゃ^^;
ショウコのツッコミも笑いましたwww
実際、見ている間こう思っていたんでしょうねぇ。
そういう上記の考えもあって、ギャラリーからはじれったい展開になってますね。
でもまず、ユッカから見たロジャーの姿と、彼がどういう気持ちでユッカに向き合おうとしているかを彼女の視点で描かないと、いきなり告白してもご都合主義になっちゃいますので、こうなりました。
最近はもう……ほんとに忙しくて忙しくて。
同時にこの回、難しいですなぁ。
ユッカの気持ちは何処に向かっているのか?
この状況でロジャーにOKを貰ったら?
あるいは完全に拒絶されたら?
ああ……それが定まって居ないので踏み出せないのかもしれません。
青春だなぁ。
(行けっ! 抱きしめろっ! ぶっちゅーっと行け、ぶっちゅーっとっ!)
(告れっ! 胸に飛び込んで 『好きです』言うたらんかいっ! 女は度胸やでぇっ!)
ギャラリーの心の声でした。