Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~59

【あなたの指し示した光】

「……そうだね」
 ユッカが語り終えたあと、ロジャーは小さく、うんと言った。
「ナイトになれたからって、僕の中の何かが変わったわけじゃないんだから……」
 ユッカは声に出さず、うなずいてみせた。ロジャーはユッカから視線を外すと、しばらく何か考えこむように黙ってしまった。その間、ユッカは彼の隣でじっと立ち尽くしていた。
(ロジャーさんに言ったことは、わたしにも言えることなんだ)
 今までひたすら、ギルドナイトになろうとだけ考えてきて、その努力もしてきた。でも、もしナイトになれたとして、何が変わるというのだろう?
 何も変わらない。
 とっくに気づいていたことだ。けれど、出した答えは生傷となってユッカの心を傷めつけた。何度も自分に言い聞かせるたびに、温かい血がつらい痛みとともに流れていく。
 いつかまた、向き合って話ができる日が来ればと思っていた。その願いは今、かなっている。
 ロジャーはこんなにも近くにいる。なのに、なぜ――
(こんなにひとりぼっちなんだろう……)
「……いきなり、こんな話をして、すまない」
 ロジャーが言った。
「なぜだろうな。君になら、わかってくれると思ったから……」
 その微笑みに、また胸が痛くなる。
 君になら。その言葉だけで、背中に羽が生えたようにうれしくなる。
 泣きたい気持ちになった。
 ロジャーにとって、ユッカは特別でもなんでもない。
 けれど、その一介のハンターに打ち明けなければならないくらい、ロジャーは苦しんでいたのだ。誰にも相談できず、たったひとりで。
(この人は、今も戦ってるんだ。自分の過去と)
 ロジャーはまた、どこか厳しい目で彼方を凝視していた。その横顔をユッカも見つめていた。
 そばにいるだけで十分だと思うのに、もっと何かを欲しがる心がある。
 でも今の彼にその思いを見せることは、刃物を突きつけて脅すのと同じだった。
(好きだなんて、言えない)
 ただそばにいて支えになれるなら、それでいいと思った。ユッカもまた、ロジャーと同じ彼方を眺めやった。
 砂漠の風がふたりの髪をなでていった。

「うーむ、また何もしゃべらなくなった」
 遠くの岩陰で様子を見守っていたボルトが、ぼそりとつぶやいた。かなり遠くにいるふたりの声も、ハンターとして鍛えられた聴力でほぼ正確に聞き取ることができる。
「なんかもっとこう、あまーい展開になると思ってたんだけどな」
「ユッカ、なんで告白せんの。今がチャンスやで、チャンス!」
 ショウコが感極まったような声をあげ、きりきりとハンカチを噛む。
「でも、ロジャーはんがユッカはんに相談するニャんて珍しいですニャ~」
 コハルのひと言に、ボルトとブルースは顔を見合わせた。
「だよな。ロジャーっていつも平気な顔してたから、全然気がつかなかったぜ。あいつにそんな過去があったとはな」
「そうだな……。だからずっと、密かに悩まれていたんだろう」
「お、なんだよお前、前から知ってたような顔してよ?」
「まあな」
 ブルースはそれ以上言わず、さっさと立ち上がった。驚いてボルトが見上げる。
「どこ行くんだよ?」
「盗み聞きはもういいだろう。俺は拠点に戻って食事の支度をする」
「あ、ボクもお手伝いしましゅニャ!」
 アンデルセンがするっとボルトの腕から逃れ、先に歩き出したブルースの後を追う。ああんとボルトがアンデルセンを追いかけた。
「待ってくれえ、俺も行くぅ!」
「……」
 ランマルも身体を起こすと、軽くユッカとロジャーを振り返った。
「オトモとしては心配かいな、やっぱり?」
「別に」
 いたずらっぽいショウコの笑みを一蹴し、ランマルはそっけなく背を向けるとキャンプへと歩き出した。ぷっとショウコも失笑する。不思議そうに見上げたコハルに笑いかけた。
「ヤキモチ妬いとるわ、完全に」


 背中でこそこそした気配が複数あったが、そそくさと消えていく。やれやれとロジャーは内心苦笑した。
 ボルト達が心配して様子を窺っていることは、こちらに歩き出した時から気づいていた。それを承知で、ユッカに心の内を打ち明けた。この際、ボルトやブルースにも聞いてほしい気持ちもあったからだ。
 何もかも打ち明けたら、いくらか気持ちが楽になった。ユッカが口を挟まず聞いてくれたおかげだ。
 だがロジャーには、まだ話さなければならないことがあった。
 飛行船の中で、ずっと考えていたことだ。口に出すには、少々勇気が要った。
「……謝りたいと思っていたのは、今回の狩りのことだけじゃなかったんだ」
「え?」
 ユッカがきょとんとした。ロジャーは苦笑を深めた。
「僕は前に、君に嘘をついただろう?」
「あ……」
 何のことかわかったのだろう。ユッカは一瞬驚き、それからまた頬を染めた。
「女性はナイトになれないって。でもね、それは絶対ではないんだ。門戸は開かれている」
 ユッカが睫毛の長い瞳を見開く。
「どうして、女性はナイトにならないんですか?」
「はっきり言うと、女性ハンターは男性より危険を好まない傾向にある」
 それは良い意味も含まれていると、すかさずロジャーはつけ加えた。
「女性は攻める力より守る力が強い。男は捨て身で攻めるけれど、女性は仲間や自分を守ろうとする戦い方をする。それは女性が持つ母性ゆえだ」
「母性……」
 ユッカは口の中でその言葉を繰り返した。ロジャーはうなずいた。
「ギルドナイトはただ華やかな職業じゃない。いざとなったら、特命のために人知れず死ぬ覚悟も要される。だから……軽々しく決めてほしくなかったんだ。君にも守りたい人達がいると思ったから」
「……お気遣い、わかります」
 ユッカは少しうなだれた。
「確かにわたしの覚悟は、うわついたように見えたかもしれません。ロジャーさん達が抱くような気高い志とは遠いです。でも……」
 再び顔を上げたユッカは、ふわりと微笑んだ。
「あなたのついた嘘に、道を指してもらえたから、ここまでやってこれたんだと思います」
「えっ?」
「ロジャーさんはあのあと、こう言いました。――ナイトにはなれないけれど、ハンターとしての君は終わったわけじゃない。だから……」
 頑張ってね、って。
 最後の言葉を、ユッカは大事そうにつぶやいた。宝物を包んでいた柔らかい布を、そっと開いて見せるように。
(だから、お礼を言うのは自分の方だって言ったのか)
 胸が突かれるように痛くなり、ロジャーは目の前の娘を改めて見つめた。
 この娘は、何気ない自分のひと言を、とても大切に受け取ったのだ。そして、それを生きる目標にして、ここまで来れたのだと言う。
(僕の言葉を、こんなに、大事にしてくれて)
 今までまとわりついていたユッカへの罪悪感が、今ようやくはっきりと形を表した気がした。
 詫びたい気持ちに駆られるのを、ぐっと押さえる。彼女が欲しいのは、そんな自己満足ではないはずだ。
 軽く息を吸いこみ、だから、こう言った。
「……ありがとう」
 ロジャーはユッカの瞳を見つめた。心から、丁寧な気持ちをこめて。
「君のおかげで、僕は大切なことに気づけた気がする」

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2013/03/25 08:26
イカズチさん、コメント感謝です。

思ってましたね、はいwww
ふたりとも、どこかお節介な性格ですからね。ちょっと似た者同士ですよね。
イカズチさん、大当たりでしたww

そうですね、ロジャーにとってユッカはまだ、はっきりと恋心は持ってません。
でもなんとなく、自分にとってかけがえのない存在であることを意識する…という展開です。
ユッカもまた、こうしてロジャーと話している間に、自分の中で抱いていたロジャーへの思いが微妙に変化していることに気づいています。

ユッカの気持ちや、これからどうするのか(ナイトになるかどうか)は、また後ほど書かせていただきます。
でも本音としては、ナイトになりたいけどロックラックには住みたくないという(笑)
だってロックラックは砂漠のど真ん中ですから。教官曰く、毎日のうがいが欠かせないほど砂が飛んでくると言うじゃないですかww
「温泉がないなんていや!お肌が乾燥しちゃう(泣)」
とか言うんです、頭の中でユッカが。
緑豊かで温暖湿潤なユクモ村は、住むのに最高の土地ですよね。温泉湧き放題なのに、火山の影響もないし。
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2013/03/25 04:38
ああ……この回でボルトとショウコはやはりそう思って居ましたね。
前回のコメが大当たりィみたいな。
まぁあの二人ならこう思って当然の予想は誰でも出来ますが。

心を押し殺していたロジャーにも悩みを話せる相手が出来た。
それだけでユッカは彼にとって特別な存在なのかもしれません。
でも言葉で表現するのは難しいですね。
妹的な?
親友?
姉や母親っぽい?
……どれもしっくりこないなぁ。
悩みを打ち明けられて、お互いに共通点があり、理解しあえる。
恋人あたりが一番納得出来る関係なんですがねぇ。
二人はこれに気付いて居ないんでしょうか?

できればユッカにもナイトを目指して欲しいですね。
ナイト見習いとかでロックラックに駐在し、ロジャーたちと同じ職場に勤務とか。
話が広がりそうです。
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2013/03/14 11:43
小鳥遊さん、コメント感謝です。

ライトノベル研究所という小説サイトに、「これを作者にやられると嫌だアンケート」がありまして。
そこに、「一度アップした原稿を何度もあとで直す」がありましたww
…ずいぶん読み手に甘えてしまっております。見せる前に完璧に仕上げようと思っても、アップした後に気づくこと、ありますよねぇ^^;
推敲に気づいてくださって、ありがたいやら恥ずかしいやらです。
何度も読んでくださってありがとうございます。w

この冒頭のシーンは5回は書き直したかな…。
最初はユッカも暴走気味で、自分に振り向かないロジャーに勝手に悲しくなって泣いたりしてました。
ロジャーもロジャーで、実は相当女性にもてるという裏設定があるため、なんかジゴロみたいなふるまいになり、これはいかんと、うなりながら書いたものです。

前の回を何度も読み返し、やっぱり純愛路線だろうと思い直して、でも固くならないよう気をつけて書きました。
それで、ユッカは見守りつつ後ろをついていく女の子として、ロジャーはひたすら前を向く描写になりました。
ちょっと昔のジュブナイル的な構図です。古風です。

間の野次馬シーン、気に入っていただけてうれしいです。短いやりとりですが、視点をロジャーに切り替えるために使いました。ちょうどいい小休止になったと思います。

ご指摘の文章は、思いついたときに「これだあ!」と思ったやつです。目に留まっていただけて、こちらもうれしいです。ありがとうございます^^
もうかなり前からですが、以前はニコタブログに一気書きしていたんですが、20回を超えたあたりからストーリーエディターというツールで書いてます。
その初稿段階で、その表現はありました。まずばーっと書いて、要らない部分は線引きして消して、使える部分を見たら、今回はかなり少なかったですw

唯一生き残ったその文章に、これまでユッカがどうロジャーを思っていたのか感じていただけたら、作者冥利に尽きるというものです。

あと、書いていた日は私の機嫌も良かったんですよね(笑)
その日の体調や心理状態も内容に入ってきてしまうんです。作品も生き物ですね。
アバター
2013/03/14 11:20
何度か拝見しておりましたので、実は、推敲の跡も何となくわかります。
推敲、お疲れ様です!

ユッカは、健気な子ですね~~。
ただそばにいて支えになれるなら、なんて健気としか言いようがありません。
また、相手に負い目がある事を慮って告白をしない、という判断には、ユッカの頭の良さと気だての良さ、両方が表れていると思いました。

ロジャーにしてみても、自己満足のために詫びるのではなく、心を込めて「ありがとう」と言う。
これでまた、彼の株が上がりました。
相手のために言う「ごめん」は潔くても、自分のために言う「ごめん」は甘えですものね^^;

今回、間に挟まれた外野陣がいいですね~~~。
もう、なんか、すごく好きな場面ですw
ランマルが……妬いてるしww
ほっとできる一場面でした。
と同時に、ちゃんとそれに気づいていたロジャー(さすが!)
彼は、同志であるブルースとボルトにも、心の内をそれとなく聞かせたかったのですね。

今回のお話の中で、いいなと思った表現があります。これ、最初から書かれていましたよね^^
 >宝物を包んでいた柔らかい布を、そっと開いて見せるように
これです。ユッカの恋心の描写、難しかったと仰っていますが、この文を読んで私にはじーんと伝わってきました。
ユッカは、ロジャーの言葉をずっと大事にしてきたんだなぁ~と。
これは、胸を打たれますね。
アバター
2013/03/07 23:01
これ、何回も書き直したんですが…ユッカの恋心の描写が難しかったです。
私もまだまだだな…。

あとでまた部分的に直すかもしれません。
もし推敲の後を見つけたら、最初に読んだのと違う文章がある!って面白がられたら幸いです^^;



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