モンスターハンター 騎士の証明~62
- カテゴリ:自作小説
- 2013/03/21 09:29:46
【その孤高の背に言葉を】
「……ごはん、しゃめてしまいまちた……」
しょんぼりと、アンデルセンが言った。その声で、一同ははっとして手もとの皿を見る。温かかったシチューは、日没の冷え込みのせいでうっすら膜を張っていた。
「ああ、長話をしてすまなかった。そろそろ、食べようか」
ロジャーは微笑む。ボルトが嬉々としてスプーンを手に取った。
「待ってたぜ~! ああ、腹減った! いっただっきまーす!」
それでようやく場がなごんだ。ユッカ達もスプーンで滑らかなシチューをすくう。
「おいしい! これ、ブルースさんが作ったんですよね? すごく上手です!」
一口食べた途端、ユッカの頬がほころぶ。そうか、とブルースの厳しい目元がなごんだ。
「気に入ってくれたなら良かった」
ショウコも目を輝かせて満面の笑みを浮かべる。
「ほんまや! ウチのコハルと変わらん腕やな。とくにこのモスの肉がたまらんわ~。とろっととろけて……」
「な! 肉っ?!」
がつがつむさぼっていたボルトが、皿から顔をあげる。なんや、とショウコがぎょっとして、自分の皿をかばうように遠ざけた。
「ブルース、お前あるか?」
「これか?」
ボルトが不審げにブルースを振り向く。ブルースは食べていた皿から、ごろんとした肉の塊をスプーンに取ってみせる。あんぐりとボルトの顎が開いた。
「でけえ……う、うまそう」
「あれ? ボルト、食べてないのかい?」
ロジャーがもぐもぐ口を動かしながら首を傾げた。ボルトは焦ったように自分の皿をスプーンでかき回す。
「うそだろ……。俺のシチューだけ肉が入ってねえ!」
沈黙が落ちた。全員が、ガレンまでもが自分の皿をボルトから隠すように持つ。うう、とボルトは恨みがましそうに全員を見つめ、
「誰だあ! これ盛りつけた奴はあ!」
「アンデルセンだ。――忘れたのか?」
黙々とシチューを口に運んでいたブルースが、ぼそっと告げた。
「ッ――!」
ボルトは絶句し、勢いよく犯人を振り返る。
アンデルセンは、両手に食べ終わった皿を持ち、おいしそうにぺろぺろしていた。
「みゅ?」
視線に気づいたのか、アンデルセンが皿から顔を上げてボルトを振り向く。――その瞬間、世界は淡い薔薇色の光に包まれた。
まんまるな目が、ふっくらした丸い顔できらきらと潤んでいる。この世の無垢をかき集めたかのような愛らしい顔が、何も知らずにこっちを見ている。
ふごぉ、とボルトの鼻と口から妙なうめき声が噴出した。ハズレの皿を手にしたまま、ふるふると震える。
全員がボルトの心情を察した。誰もがアンデルセンをなでたくてたまらなくなった。が、空腹時のこんがり肉を我慢するよりもつらい心理的抑圧を課したのは、言うまでもない。
「それじゃ、明日はボルトとブルース、ふたりでユッカ君達の後方支援と監視を頼む」
空中に停泊している飛行船に戻ると、ロジャー達は明日の打ち合わせをした。ボルトとブルースは目を見合わせ、お互いを肘でつつくようにして何かを促している。
「……どうしたの?」
不思議に思って尋ねると、ふたりは、ようやくどちらが先に話し出すか決めたようだった。
だが、
「実は、ロジャー先輩」
「あのな、ロジャー」
見事にふたり同時にしゃべった。声がぴったり重なって、ロジャーは思わず吹き出す。
「バカ、なぜかぶる!」
「ちょ、お前があとにしゃべるんじゃなかったのかよ!」
たちまち小競り合いになるふたりを見て、ますますロジャーは笑った。
やがてブルースとボルトは呼吸を読み、もう一度口を開いた。だが、
「俺達は何も気にしていませんから」
「俺達、何も気にしてねえからな?」
これには、さしものロジャーも腹を抱えて笑っていた。
「あっはははは。君達って本当に仲良いねぇ」
ブルースとボルトは真っ赤になって、バカ野郎てめえが、などとケンカごしににらみ合っていたが、結局ふたりで話すことに決めたようだ。今度は、ブルースから先に切り出した。
「すみません。今日の昼、おふたりのお話を立ち聞きしてしまいました。ですが、俺もボルトも、あなたに対して妙な偏見など、ありませんから」
「ああ。そりゃ、ちょっとは驚いたけどよ。でも、ロジャーはロジャーだからな。お前の昔のことだって、正義感の強いお前らしいと思ったよ」
「ブルース、ボルト……」
ロジャーはふたりを見つめた。どちらも優しく笑っていた。
「でもな、ロジャー。もうちっと、俺らのこと頼りにしてくれてもいいんだぜ?」
ボルトが髪を搔きながら、すねたように言う。
「お前、なんでもひとりでやろうとするし。何かにつけて、ティオ副長のこと引き合いに出すだろ。そりゃ、俺らなんてティオさんに比べたら、まだまだだけどよ……。その、俺らのことも忘れてほしくねえっていうか」
ブルースも真摯にうなずく。
「そうです。もう少し、俺達を頼ってください。頼られて嬉しくない者はおりませんから」
ロジャーは驚いた。違うんだ、と言い訳しようとして、結局その通りだと苦笑する。
「……でもそれは、君達のことが好きだからだよ。失いたくない、どんなことをしても」
「それは俺達も同じです」
ブルースが言った。決して強い口調ではなかったが、深い声が、胸の奥まで届いた。
「俺達はあなたの部下です。上司の命令とあらば、この命を捨てる覚悟もある。ですが、俺もボルトも、それ以上の関係だと自負しております」
「ああ。だって俺達、仲間――だからな」
最後の方は、やや照れくさそうにしゃべった。ボルトが白い歯を見せて笑う。それを聴いて、どこか恐れるようだったロジャーの眼元が、ふっとゆるむ。
「……ありがとう」
胸にずっとわだかまっていた重苦しさが、するするとほどけていくようだった。ロジャーは微笑みながら、目を伏せた。
「安心したよ。なんだか僕は、ずっとその言葉を待っていた気がする」
「なんだよ水くせえな。今さらだろぉ?――いってっ!」
茶化したボルトの脇を思いきり小突いたブルースが、生真面目そのものに言った。
「言いそびれていましたが、実は、ティオ副長からあなたに伝言を預かっておりました」
「なんだい?」
ティオの名を聞いて、どきりとした。なごんでいた胸がぎゅっと緊張に引き締まる。ブルースはロジャーの目を見て、ゆっくりとこう告げた。
「――あなたは私になる必要はない。――ティオ副長のお言葉です」
ロジャーの耳の中で、ブルースの声とティオの声が重なった。
あなたは、私になる必要などないのです。
(そうか、そうだったのか)
エルドラ城の牢獄の中で見た夢を、ロジャーは思い出した。夢の中で、最後にロジャーに向かってティオが告げた言葉が、それだったのだ。
(ティオさん、あなたはもう一度それを僕に言うのか)
ロジャーは胸に拳を当て、何度もその言葉を反芻する。
自分がティオの背中を追って、必死に真似ようとしていたことを、彼は出会った時から察していたのだ。
だがそれは違うと言う。誰よりも覚悟のいる道だからこそ、ティオは、自分の意思を信じろと言いたかったのだ。
(あなたは僕に、自分の信じた道を行けと言うのですね。すべてを僕と、僕の仲間にゆだねたのですね)
ロジャーは面を上げた。その表情は、ブルースとボルトも初めて見るものだった。
「――行こう。クドに。そこで何が起きても、僕は道を迷わない」
ブルースとボルトは、しっかりとうなずいた。
またも字数の関係で、前半のアンデルセンとボルトの描写を省いた部分があり、今読み返してみると、かなりあっさりした流れになってしまいました^^;
初稿では、もっとアンデルセンの可愛らしさに筆を尽くしていたのですが、そうするとまとまりが悪くなったので、泣く泣く削りました。
私は猫を飼ったことがないので、ぬこ動画(スコティッシュホールド)を見て勉強して書いてます。
実を言うと、私はどっちかというと猫の表情が苦手で、あの虹彩がとんがったところがなんとなくおっかないと…^^;
怒った時の「ぬあぁ~!」って声もびびります。犬ならワンワン!なのにww
でも、人に愛されてる猫くんたちの動画を見ていると、猫もかわいいもんだと…。めったに笑わないブルースも思わず「きゃわいい…」とつぶやいてしまう魔力が、彼らにはありますね。
ネタになったイカズチさんの会話、あれ本当に笑ったんですよww
楽しそうな不幸っぷりがいかにもボルトらしくて(ボルトは嫌だろうな。傍から見てると面白いけど)。
作中では、愛するアンデルセンに不幸にさせられててね。いかにもその辺がボルトらしい(笑)
私もお気に入りの回となりました。こういう不幸に遭うボルトが、なんともかわいいというか。
できれば、もっとプチ不幸になって我々の笑いを取ってほしいと思ってます(w)
ブルースとボルトの仲良しっぷりは、仲良し度マックスになったチャチャとカヤンバくらいじゃないですかね?
ということは、出会った当初はケンカが絶えなかったでしょう。
そういうエピソードも想像していただけたらうれしいです。
ここまで引っ張ってきたティオの謎のセリフが、ようやく明らかになりました。
これが言いたいために、今までのエピソードがあったといっていいくらいです^^;
ティオに関しては、ほとんど作り込みしてないんですよ。彼がどういう狩りをするのかなどは、イカズチさんたちのご想像にお任せします。
もし彼を描きたくなったら、ぜひ書いてください^^
ちなみに、彼はこの作品では、あとでまた登場する予定です。楽しみにしてくだされば幸いです。
この回大好きです。
いやぁ、あの他愛もないコメがこのように昇華されるとは。
アンデルセンの台詞もかわゆく、楽しいエピソードに仕上がってますねぇ。
ワロタ。
台詞がかぶるのも週末狩りでよくやらかす事ですね。
アドパのチャットはキーボード画面が出るので、その間はコメが見えないと言うのも原因の一つなのでしょうが。
そんなのもまた楽し狩りです。
「俺達は何も気にしていませんから」
「俺達、何も気にしてねえからな?」
これがかぶった後の二人は
「「恥ずかしいなぁ」」
とかもダブって
「お前が、お前が」「貴様が、貴様が」
とか掴み合う姿が目に浮かぶようです。
『あなたは私になる必要はない』か……。
深い、そして思い遣りに溢れる台詞です。
出来ればティオ副長も、もっと見てみたくなりました。
イカズチさんいわく、
「ボルトの不運って、『俺のラーメンだけチャーシューが入ってねえ!』という類のものですよね」
※↑(ギルドナイト装備はオプションでスキル『不運』がつくことから)
これには大いに笑いました。あまりに的を得ていたため、アイデア頂戴いたしました。
まったくその通りだと思って。さすがご本人、わかってらっしゃる。
ブルースとボルトがセリフを被るのは、これもゲーム中のチャットから。
なぜか同時に同じ言葉を打ち込んでしまうタイミングの良さ(笑)
次は相手もしゃべるだろうなと、一拍遅くしても被ることもあったりして面白いです。
小説のキャラにも面白みが出たのではと思っています。