Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~63

【砂原の夜、天幕にて】

「なんや、えらいことになってもうたなあ……」
 寝床の上で大の字に身体を広げたショウコが、天井を眺めながら言った。ロジャー達が用意させたハンター用の天幕と寝床は、快適すぎるほどだった。
 天幕の柱は草食獣ポポの大きな骨でできており、四方を覆う幕は、大型水棲獣ロアルドロスの黄色い表皮が用いられている。
 水を弾き浮力を高めるロアルドロスの皮は、海上船の船底にも貼り付けられる優秀な素材だ。天幕に使用すれば、少々の嵐にも動じない。
 ショウコとユッカが横たわる寝床もふかふかだ。野宿と連戦でくたびれた重い身体が、布団のやわらかさに吸い込まれてしまいそうだ。
 いつモンスターが襲ってくるかわからないので、狩りの最中は武具を身に着けたまま寝るのが常だが、今の間だけは装備を解くことにした。胸と腰を覆うインナーのみで、ショウコ達はくつろいでいた。
「死の都クドやて? けったいな名前の街やなぁ。そこに、何があるちゅうんや」
「うん……」
 反対側のベッドで生返事が聞こえ、ショウコは肘をついて上半身を起こした。ユッカは寝床にうつ伏せになり、枕に頭を載せ、顔はショウコと反対の壁側を向いている。
 ややいたずらっぽい笑みを浮かべ、ショウコは少し身を乗り出した。
「なあ、ロジャーはんと話してどうやった? あいつユッカのこと気にしてたやん。もしかして、告白されたとか?」
「……全然」
 否定を口にするも、ユッカのしゃべり方はぼんやりしている。枕を顔に押し付けるようにして、ぽつりと言った。
「ねえ、ショウコ。人を好きになるって、いろんな形があるんだね」
「はあ?」
 ショウコはきょとんとしてユッカを見た。ユッカはまだ顔を上げずにいる。
「わたし、ずっとロジャーさんが好きだったんだ。ずっとずっと憧れてたの」
「そら知っとるわ。あんたが口では違う言うても、顔に出てたもんなぁ」
「あはは、やっぱりショウコはすごいなあ」
 ユッカが枕から顔を離してこちらを見る。当たり前やろ、とショウコは笑った。
「何年一緒にいると思っとんの」
「相棒、だもんね」
 ユッカも笑った。でもその笑顔は、ショウコが今まで知るものと少し違うように見えた。
「ユッカ、あんた……」
「……わたしね、ロジャーさんと向き合って、気づいたの」
 何か言おうと口を開きかけたところへ、ユッカが先に言葉をつむいだ。ショウコは黙った。
「……わたし、ロジャーさんのためなら、死んでもいいって思った」
「あんた……」
 ショウコは息を呑んだ。ユッカは穏やかに微笑んでいた。ショウコの知らない顔だった。
「そのくらい好きになっちゃったの。今日、ロジャーさんと話して」
「……」
 ユッカの瞳は揺るがない。言葉に秘められた決心がどれほど固いかを、長く命を預けてきた相方だから理解できた。ショウコは反論を飲み込んで、ただうなずいた。
「もちろん、死ぬために狩りをするんじゃないのよ」
 ショウコが緊張した面持ちだったので、ユッカはすぐに笑ってみせた。
「そんなことになったら、ロジャーさんが悲しむだけだもん。だから、絶対に死なない。――でもね、わたし、あの人のためならなんでもできる。そう、思ったんだ。うまく……言えないけど」
「そっか……」
 ショウコがうなずくと、ユッカは、ほっとしたように息をついた。
「わたしね、ロジャーさんに会いたくて、ギルドナイトを目指してたの。その時の気持ちって、なんだか刃物みたいで、重くて、自分でもあの人を思うのがつらかった」
「うん……」
「でもね、考えたんだ。もしあそこで告白して、気持ちを受け止めてもらえたとしても、その先に何があるんだろうって」
「その先?」
「うん。そのずっと未来に、わたしはどうなりたいんだろうって」
 ユッカはおなかに両手を組んで仰向けになり、ランプの灯る天井を見上げた。
「わたし、ハンターの仕事が大好き。一生続けていきたいと思ってる。狩りはわたしの生きる証だから」
「それはウチも同じや」
 ショウコもにっこり笑った。が、その笑顔がふいにしぼむ。
「――だから、彼氏とダメになったんやけど」
「ショウコ……」
「ユクモの老舗料亭の跡取りで、顔もまあまあやったし、ウチも浮かれてたんや。彼氏は早う一緒になろう言うてくれたけど……ウチから狩りを取ったら何も残らんもん」
「……わたしも。いつか誰かと結婚して、ハンターはやめて、家のお饅頭屋さんを継ごうかなって考えたこともあるけど」
 だめなんだよね、と、ふたりは顔を見合わせて苦笑した。
「なんか、不毛やなぁ、ウチら」
「うふふ。そうね」
 ユッカはふうっと息をついた。
「だからね、もし万が一ロジャーさんがわたしを好きになってくれたとしても、わたしはそれだけで良いんだろうかって思ったの。反対に、気持ちを拒まれたとき、私はどこへ向かったらいいんだろうってことも」
「……うん」
「だから、わたし、告白はしない。ただあの人が喜んでくれるように頑張りたいなって思った。うーん、言葉に表すのって難しいね」
「そんなもんやて」
 困り顔のユッカを見て、ショウコは声に出して笑った。
「ええなあ。ユッカ、ちゃんと恋しとるやん。ウチもそんなふうに誰か好きになってみたいわ……」
「ショウコ……」
「あんた、顔変ったわ。ロジャーはんに会うまでは、刺し違えてナンボって顔やったやん。必死過ぎて逆に怖かったわ」
「そ、そんなにひどかった?」
「あはは。うんうん、あんた思いつめすぎやったよ。けど――今はいい感じに肩の力抜けとる。幸せそうでうらやましいわ」
 幸せ、と言おうか、ショウコは胸の内で一瞬迷った。ユッカの恋が成就したわけではないからだ。
 悲壮な決意とは裏腹に、ユッカの顔は晴れていた。今まで恋というのは、ただ相手を好きになって、気持ちが通じればそれでいいとショウコは思っていた。
 けれど、こういう形で誰かを思うこともできるのだと、ユッカを見て気づく。 
 ええなあ、とショウコの胸に温かいものが広がる。
 ――ウチも、そんな恋がしてみたい。

 天幕の外で、碧色の甲冑に身を包んだ白いアイルーが腕組みして立っていた。ランマルだった。
「ランマルはん、見張り交代しまひょか」
 天幕の入り口に垂らされた布を押し上げて、コハルが表に出てきた。ランマルは瞑目したまま、ぽつりと言った。
「――いつか……別れる日が来るかもしれないニャ」
「え?」
 コハルがどきりとして立ちすくむ。ランマルは空に浮かぶ白い月を見上げた。
「大半の奴が知らないか忘れているかだが、オトモアイルーの正式な呼び名は、『ハンター見習い』なんだニャ。アイルーが一人前のハンターになるために、人間のハンターに付いて狩りの技術を学ぶ。そうやって一人立ちしたアイルー族もいる」
「そんニャ、別れるだニャンて」
 コハルは泣きそうになった。ランマルはふっと微笑んだ。
「わかっている。ハンターとオトモの絆は何よりも強い。だが……お互いのためにそういう選択もありうる、ということニャ」
「ウチはずっとショウコはんと一緒にいます!」
 黄色い目を潤ませるコハルに、ランマルは微笑んで再び空を見る。
「お前は好きにすればいいニャ。たとえば、の話ニャ」
 ランマルの耳に、主の穏やかな寝息が届いてきた。その眠りを守ろうと、ランマルはもうしばらくその場に立っていることに決めた。
 明日は、死闘が待っているのだから。

アバター
2013/04/15 09:03
イカズチさん、コメント感謝です。

ユッカは、今までふつうの恋愛をしたことがない。だから、ただ相手と楽しく恋をしてみるという考えが希薄です。
4年も思ってると、相手がある種の崇拝者になってしまいますから。
でも、実際にロジャーと話をしてみて、彼もまたひとりの人間だと理解できたのでしょう。
そう思えたのは、ロジャーが自分を必要としてくれている、ということも大きな要因でした。
純粋に相手のためにすべてを捧げてもいいという気持ち…うまく伝わっていればよいのですが。

エピック面白いですね。少年マンガらしくて好感が持てました。
絵が上手い作家さんは内容が薄いことが多いんですが、これは何度でも読み返せる作品です。キャラが魅力的だからですね。
主人公が太刀使いなのは、ユクモ出身だからでしょうね。ユクモ装備はシリーズ中一番カッコいいと思うのですよ…。

エピックで登場するセンセイ、うちのランマルと少し似てますねww
あのセンセイは、わりといい年のアイルーみたいですね。語尾のミャがかわいいです。

ウェブで公開もしている「閃光の狩人」も最近ネットで読みまして、これも続きが気になってます。
氷上さんの作品はまだ2冊くらいしか読んでないんですが、モンスターに対する考え方が私と同じものがあって、けっこう好きです。

ランマルとの別れは…え~、今は語らないでおきますね(笑)

>考えてみればハンターとは常に己を磨き高みを目指すもの。

おっしゃる通りです。ゲームでも、われわれがもっとも楽しいと感じるのが、素材よりもそこですから。
俺強くなったよなあ、という。
ハンターは求道者のイメージもありますよね。
狩りの技法を教えるのは、同業者をライバル化させるので企業秘密であるという記述を読んだことがありますが、…あ、これ、あとでこの作品でも触れる予定でした。そこでまた書きます。
アバター
2013/04/14 23:35
この回でユッカははっきりとロジャーへの気持ちを口にしましたね。
それは単に憧れや、まして『恋に恋する』軽い気持ちではなく、言葉として発しても決して恥ずかしい事ではないと言う真剣さの表れと見ました。
それ故に相手の気持ちや状況も考える。
『本当の恋』になったのかもしれません。

そう言えば『オトモとの別れ』は考えた事が無かったですね。
ハンターの引退と同時にオトモも引退するのか。
はたまたそれまでの経験を生かして別のハンターに雇われるのか。
ランマルのように新米ハンターの指導者になるオトモも極マレではないのかもしれません。
(モンスターハンターエピックにもセンセイと呼ばれる指導者オトモがでてきますし)
考えてみればハンターとは常に己を磨き高みを目指すもの。
全ての、それも凄腕ハンターの全員が好んで後進の指導をしようと考えるわけではないのかもしれません。
そう言った意味で経験を積んだオトモは引く手あまたなんでしょうねぇ。



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