モンスターハンター 騎士の証明~71
- カテゴリ:自作小説
- 2013/05/16 15:34:13
【頬の痛みと胸の痛みと】
「おい、何言って――」
いいがかりはやめろとボルトが怒鳴りかけたとき、ロジャーがすっと腕を彼の前に出した。
「君はもしや、この地で起きたことを知っているのか?」
帽子の鍔から覗く鋭い眼光にも怯まず、アイは槍の穂先をロジャーに突きつけた。
「あんたが知らねえとは言わせねえぜ、ギルドナイトさんよ。10年前、あんたらギルドは俺達に依頼したよなァ。G級のイビルジョーを討伐しろってさ」
「それは……」
ブルースの表情が険しくなる。アイは端正な口元を皮肉にゆがませ、槍の柄を地面に突き立てた。
「とんでもない依頼をしてくれたもんだ。みすみす死なすってわかってて、よくも俺達をあの化け物にけしかけたよな。住民に避難勧告が出るくらいの超危険個体――怒り喰らうイビルジョー。あれを狩れだって? 貴様ら何考えてやがったんだ!」
最後の方は恫喝だった。すさまじいアイの怒声に、薄暮の空気がビンと張り詰める。
みな、黙っていた。アイがじりじりと全員を睨みつける。やがてロジャーが口を開いた。
「君は、G級ハンターのようだが」
「アイだ。君とか澄ましてんじゃねぇ、この優男」
「……アイ君。君もそのクラスまで上がったハンターなら、狩りに対するハンターの覚悟と心構えは十分に心得ているはずだが?」
「心構え? ハッ、そんなのとうに捨てちまったよ」
アイはぐらりと上体をよろめかせると、崩れた壁にどっと背を預けた。先ほどまでの嘲笑はなりを潜め、浅黒い精悍な容貌には倦怠がにじみ出ている。
「……兄貴が生きながら奴の顎に噛み砕かれた悲鳴……あんなの聴けば誰だって思うさ。世の中、全てが糞だってな」
重苦しい沈黙が全員にのしかかるようだった。ユッカとショウコは、顔を強張らせてその苦痛に耐えていた。彼女達は幸運にも、目の前で仲間が死ぬ痛みを味わっていないのだ。それゆえに、アイの経験した苦しみはふたりの想像を絶しただろう。
「だから、恨むのか」
静かにロジャーが尋ねた。その言葉を待っていたかのように、アイが壁から身体を離す。
「当然だ! ギルドはハンターを守るのが義務だろうが! それをむざむざモンスターの餌にしやがって! それでもハンターには何の保障もしてくれねぇんだからな。あんたらの無責任な依頼のせいで、どれだけハンターが犠牲になったと思ってる!」
アイは怒鳴るなり、ロジャーに拳を振り上げた。
「よせっ――!」
ブルースがそれを止めようとした瞬間、ロジャーが彼を振り払ってその前に出た。
「ロジャーさん!」
ユッカが叫んだと同時に、人間の手が頬を張る乾いた音がした。アイの拳はロジャーの左頬を正確に捉え、ロジャーの上体がわずかに揺らめく。
「……くっ」
「何しやがる!」
「先輩!」
唇を切ったのか、ロジャーの口元には血がにじんでいた。ボルトが激昂し、ブルースがとっさに彼を支えようとしたが、ロジャーは優しくかぶりを振って断った。
「僕は大丈夫だ。ボルト、君も抑えて」
「ぐぅっ――」
隊長命令ではなく、友としての頼みだと察し、ボルトは顔を朱に染めながらもアイを睨むしかなかった。ロジャーは帽子の鍔を両手で直し、改めてアイを見すえた。
「なんのつもりだ……」
アイがぎりぎりと歯を食いしばる。ロジャーは帽子を取ると胸の前に当て、静かに目礼した。
「今の君からの一撃は、我々ロックラックギルドが受けてしかるべき痛みだ。この程度で君の怒りが収まるとは思えない。だから、存分に殴ってくれ」
「おい、ロジャー!?」
ボルトが目を剥く。アイは残忍に目を細めた。
「言ったな。じゃあ、心置きなくそうさせてもらおうかよ!」
「やめてー!」
ユッカが叫び、ふたりの間に入ろうとしたとき、別の黒い影がロジャーへ向けて走っていた。
「なっ――!」
驚愕したのは、アイだった。再び殴ろうと突き出した拳を、デスギア装備の男が両腕でつかんだのである。
ガレンだった。
「なんだ貴様!」
「いい加減にしろ!」
ガレンは一喝すると、手錠の嵌った両手は使わず、強烈な頭突きを食らわせた。ガツンと鈍い音がして、アイが悲鳴を上げてのけぞる。
「ぐはっ……!」
不意を突かれたせいで踏ん張りが利かず、アイはどさりと尻もちをついた。ガレンはアイを強く睨みつけた。
「お前のしていることは、ただ泣きわめく赤子と同じだ。いたずらに感情をぶつけて、それで解決するのか?」
「貴様に何がわかる! 貴様は人間が化け物に食われるところを見たのかよ!」
「ああ、見た!」
震えるようなガレンの怒声だった。アイの目が丸くなる。ガレンの言葉が真実だと感じたのだ。
「私はこの街で暮らし、モンスターが襲ってきた10年前の夜、街を守るために戦った者だ。そして、何もできずに部下と、街の人間と、そしてこの国の王子が生きたまま餌食になるのを見てしまったのだ」
アイの顔から、徐々に険しさが抜け落ちていった。力なく肩を落とす。
「お前の見た地獄を、私は知っている。だが、受けた悲しみまで同じとは言わない。とても言うことができない。しかし、お前もわかっているはずだ。お前がいくら憤り、ギルドを恨んだとしても、死んだ者は帰ってこないのだと」
それに、とガレンはロジャーを振り返った。
「この騎士は、私の家族が住む街を命を懸けて守ってくれたのだ。奇しくも、10年前にこの地を襲った同じモンスターからな」
「怒り喰らうイビルジョーを狩った?!」
アイは弾かれたようにロジャーを見る。ロジャーは無言でそれを認めた。
「マジか……口裏合わせてるんじゃねえのか」
「真実だ」
ガレンは低い声で、淡々と話した。この廃墟に来るまでに、ロジャー達がエルドラ王国からどんな仕打ちを受けたのかを。
ガレンも全容を見知っているわけではない。しかしロジャー達の話し方に嘘は感じられず、何よりも剥ぎ取ったイビルジョーの黒鱗とドス黒い血が、ガレンにロジャー達を信じさせる決め手となった。
「私もまた、この国の当事者だからわかる。この騎士達は、嘘をついてはいない。彼らもまた傷つけられたのだ。モンスターや狩りを知らぬ、この国の民達からな」
アイはぐっと声を詰まらせたが、やがて諦めたようにかぶりを振った。
「だからって、すぐに割り切れるかよ。正論なんて聞き飽きてる。今さら、ギルドに戻れるか……」
「お前はギルドのハンターじゃニャいのか?」
ランマルが尋ねると、アイは鼻で笑った。
「とっくに。兄貴が殺されてからすぐ、俺はギルドを抜けて猟団に入った。ここには墓参りに来たのさ。毎年一度、兄貴の命日にな」
「今日が、その日……」
「ああ、そうさ」
つぶやいたユッカに軽くうなずき、アイは腰に結わえ付けた革の水筒を外すと、栓を抜いて無造作に中身を地面に注ぎだした。黄金色の液体が西日を受けてきらきらと輝き、むせ返るほど芳醇な香りが周囲を満たす。酒好きのボルトが鼻をうごめかせ、驚きの声をあげた。
「そいつは黄金芋酒じゃねえか。さすがに最高級品、たまらない匂いだぜ」
「ふん、てめえになんかやらねえよ。兄貴の好物だったんだからな」
アイは残らず酒を石畳に吸わせると、また水筒を腰に戻した。そして呆れたように肩をすくめる。
「あ~あ、どうしてくれんだよ。アホらし。さっきまでの俺の怒り、返してくれよ?」
「誰がっ」
アイの軽口にボルトが受けて立つと、アイは冷たい目で笑った。
お忙しい中時間を割いてくださり、まことに感謝です。
毎回のコメントも、いつもありがたく読ませていただいております。
こうして一話ごとに感想を述べていただけると、この話の見どころはどこか作者にもわかりますから。
イビルジョーはまったく恐ろしい奴で…飢餓状態の奴と会いまみえたなら、誰もが苦戦必至という。
3Gの2頭クエをクリアできる人でも一落ちは当たり前ですから。リアルに考えて、普通の人は瞬殺されると思います。
もしグロムがジョーの犠牲になっていたら。
ユッカよりも、ミーラルが壊れてしまいそうですね。ユッカも性格が変わってしまうでしょうね。
そうならなくて本当に良かった。あのラストは未だに感動ものです^^
うう、ガブラスの出現にそこまで期待をかけられていたとは…;;
もしかしたら期待外れになっているかもしれません。
最初、本当に古龍(テオとか)を出そうと思っていたんですが、話の流れでとりやめにしてしまいました。
この先の展開でがっかりさせてしまったら、全く申し訳ないとしか…。それでも少しでも面白い部分があればよいのですが。
この先のご感想に緊張いたします^^;
でもこの『騎士の証明』は順番にじっくりと読んでいきますので。
アイ。
気持ちはわかりますね。
イビルジョーの恐ろしさを十二分に判っているハンターなら恐らく誰でもわかる筈です。
あの顎に、あの悍ましい生き物に……身内が生きながら喰われたら誰だって誰かを恨まずには生きていけないでしょう。
もし前作でグロムがジョーの犠牲になっていたら……。
ユッカとて性格が変貌するほどのトラウマを抱えたかもしれません。
それにしても気になるのはガブラスの事です。
彼らは凶事の前兆とされるモンスターですから。
この先にどんな奴が?
古龍だとしたら……。
ワクワク。
アイは徹底的にギルド(ロジャー達)に反抗するキャラにしたかったので、最後馴れ合いになりそうなところを変更しました^^;
でも彼にも事情があるから憎めない、という。どうしても冷たすぎる男にならないのは、彼の本質が良い人だとわかってるからですね。
動きのある文章は難しいですね^^;
吉川栄治の文章は、単純な言葉しかないのに動きが目に見えるんです。組み合わせが上手いからなんですね。
文章から映像が見える、これこそ小説の本領です。
私のつたない文章でも絵が見えてきたら、とてもうれしいです。ありがとうございます。
ガレンがアイに怒る場面は、ある日寝る前に思い浮かびました。使えると思ったので、即頭のメモ帳に書き込みw
紙に書くとだめなんです。忘れてしまうし、あとで読み返すと自分でつまらないと思い込んでしまうので。
それでずっと温めて出せたので、うまいこといったと思います。
ここはガレンじゃないと説得力が出ないんですよね。当事者じゃないと。たとえロジャーでも、このクドでは第三者なので、どうしても他人の綺麗事なんです。
アイにわざと殴られてるけど、彼なりの誠意もユッカの同情も、読み手にとってはうっとおしく感じるでしょう。
ユッカなんて乙女爆発してますからね。「やめてー!」って^^;
(アップした当初はロジャーのみかばう描写でしたが、なんか嫌な感じだったので、二人の間に入って公平感を出そうとしました)
だからガレンじゃないとだめでした。同じ痛みを持つ者同士が共感しあうことで、ガレン一人で背負い続けていた重荷が少し昇華されたかなとも思います。
ここから先の展開は、さすがの蒼雪も口が重くなりますね~^^;
どこかで見たようだと言われたらそれまでで。でも、これしかないと考え抜いた結果なので、そのまま書こうと思います。
アイの事情は、そういう事だったのですね~。
アイの拳からロジャーを庇おうとするブルース、ボルト。
それを制するロジャー。
そして、怒りと悲しみに駆られたままのアイ(なんだか憎めないキャラです)。
今回も、動画でも見ているかのように彼らの動きが目に浮かぶような描写でした。
しかし、今回はガレンがいい動きを見せてくれましたね。
ユッカが乙女らしく割って入ろうとする姿も印象的でしたが、それ以上にアイを一喝するガレンが良かったです。
この先がどういう展開なのかはわかりませんが、アイが本当の意味で自分の感情に決着を付けられるといいですね。
それにしても、すべての始まりは10年前、か。
ガレンも地獄絵を目の当たりにしたようですし、かのモンスターの襲撃は相当なものだったのでしょう。
それだけに、その後……という感じなんでしょうか。
ガレンも、アイも、強烈な痛みを10年間もずっと抱えていたわけですね。
過去に起きた事実と、いま起こっている事実とに、彼らがどういう風に向き合って、これから先をどのように歩んでいくのか、物語の展開とともに楽しみにしています。
ロジャー達も、どんな真実を得るのでしょうか。
騎士として、人として、それをどう受け止めるのかも楽しみにしています。