Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~74


 【魔窟の入り口・2】

「どういうことだ?」
 今度はアイが訊いた。ロジャーは、推測にすぎないけど、と前置きして話す。
「さっきも言ったように、ギルドは他人から依頼されないと動くことができない。敵はそこをうまく利用していたんだ。ギルドマスター本人からハンターへ依頼することもあるけれど、それは、都市などの重要拠点だったり、ギルド支部がある街や村が危険にさらされた場合に限られる。だから出張所がない村が、ギルドへの依頼が遅れてモンスターに全滅させられたケースもあるんだ。辺境の村に定住して周辺で狩りを行う『村付き』のハンターが重宝されるのは、そのためだ」
「はあ、なんとなくわかってきたぜ。さっきのあんたらの話じゃ、この国の奴らは根っからのハンター嫌いだっていうしな。仮に依頼しようとしても、国の上層部が口封じにかかる。だからあんたらは、いつまでもここの事実に気づかなかったってわけか」
 アイが皮肉に笑って言う。ロジャーは目を伏せた。
「そういうことだ。怠慢と言われてしまえば返す言葉もないけれど、ギルドの人員も限られている。それに、世界全てのモンスターの動向を把握しているわけでもない。誰かが声をあげなければ、行って被害を食い止めることはできないんだ」
「この土地はロックラックへの大事な通商路だと聞きました。そこを通る商隊の護衛のハンター達は、この地で見かけたモンスターをギルドへ報告しなかったんですか?」
 ユッカが質問した。ブルースが答える。
「よそのギルドのハンターが、他のギルドの管轄地に入って狩りをすることもあるのは知っているだろう? ドンドルマ、ミナガルデ、メゼポルタ……世界各地にギルドはある。そしてギルド同士の連携が、必ずしも取れているわけではない。時には狩り場の利権を争うこともある。よそのギルドのハンターに何が起ころうと、管轄外のギルドは口出しできない」
「まわりくどいなぁ。つまりなんやの?」
 ショウコが結論を急いだ。ブルースは一呼吸おいて続けた。
「つまり、よそのハンターがこの地で死んだとしても、ロックラックギルドはそれを知る必要もなかったということだ。無論、いくつかの報告は入ってくるが、モンスターに襲われて命を落としたという報せは珍しくない。もっとも、旅の中継点にはならないこの廃墟へ、好んで寄り付く者もいなかっただろう。だから多くの商隊はロックラックまでたどり着けたということだが」
 ロジャーが後を引き継いで言った。
「そうやって免れた商隊はいい。でも運悪くモンスターに遭遇して、護衛のハンターが商隊ごと全滅したら、誰も正確な情報をギルドへ伝えることができなくなる。他国のギルドへは、狩猟環境が不安定だったという報告が行くだけだ。モンスターが出現する予測は、未だに完全ではないからね。事前調査していても、不測の事態は起こる」 
「なるほどな……」
 ボルトが考えながら口を開く。
「大型モンスターは、外敵におびやかされない限り縄張りを動かないもんだ。この地域のモンスターが今まで報告されてなかったのは、奴らがここいらを棲みかにする理由があったから、ってことか。目撃者が全員ここで死んじまえば、事実は闇に葬られるしな。――くそっ、俺らが気づかなかったばっかりに!」
「ボルト……」
 ロジャーはどこか悲痛な表情で、憤るボルトの肩にそっと手を載せる。ブルースが言った。
「通りかかる商隊、G級と知らず立ち向かったハンター達、口封じされたこの国の人々。ロジャー隊長とお前が見つけた希少鉱物の洞窟は、犯人の資金源であると同時に、ギルドから目を逸らさせるための罠だったというわけだ。その場所で犠牲者が出ても、鉱脈に目がくらんでモンスターのねぐらに踏み込んだ、という推察が容易だからな。よもや、この廃墟が本命だとは思うまい。もし誰かがクドの街へ踏み込んでも、周辺にいるG級モンスターが食い殺し、残った死体はガブラスが骨も残らず食い尽くす。証拠隠滅もぬかりはない」
「――どいつも番犬モンスターの餌になってたのかよ。糞だな」
 ブルースの推理を、アイが一言でまとめてしまった。しん、と誰もが黙った。
「でも、死んでいった者達の悲鳴を忘れられなかった人がいる」
 ロジャーが顔を上げて言った。
「彼が勇気を出して僕達に依頼してくれたから、こちらも動くことができた。依頼主である彼の勇気に報いるためにも、必ず真相を突き止めなければ」
「この国で声をあげた者がいるのか? いったい誰が?」
 ガレンが驚いてロジャーを見る。隠すこともないと、ロジャーは答えた。
「ジル将軍です。心から貴国の未来を憂いていました。とても勇敢な青年です」
「ジル……そうか、あいつが……。立派になったものだ」
「知ってるのか?」
 ボルトが訊くと、ガレンは「ああ」とほほ笑んだ。
「ジルは、私の息子だ」
「なにぃ?!」
 ボルトのみならず、ロジャーとブルースも目を丸くする。意外なところで人間関係はつながっているものだ。
「10年前、あの子はまだ13歳で……。王から密命を受けて以来、私はずっと会っていない。密猟者に身を落として、どうして顔を合わせられようか。ジルは私が旅先で死んだと思っているだろう。だが、まさかこの国を守る将軍とはな……」
 ガレンは感慨深げに目を細めていたが、やがてロジャーを見すえた。
「私もようやく目が覚めた気がする。この国で苦しむ民のためにも、なんとしても真実を暴き、そして……罪を償わなくてはな」
「おっしゃる通りです」
 ロジャーも微笑した。そこへ、飽き飽きしたと言わんばかりにアイが口をはさむ。
「で? 結局俺らどうすんのよ。もう日が暮れるぜ。手当たり次第にどっか捜すのか?」
「ふりだしに戻ったなぁ」
 ショウコも苦笑する。ふと、腰のあたりに寄り添うコハルが、さっきからずっと黙りっぱなしなのにようやく気がついた。
 見れば、コハルのみならず、ランマルとアンデルセンも深刻な面持ちで、ある方向を見つめている。
「なんやあんたら。おなかでも痛いん?」
「聴こえる……」
「え?」
 ランマルが低い声でつぶやいた。ユッカがいぶかしんで同じ方向を見る。片耳の聴力が衰えたとはいえ、廃墟を渡る風の音は聴き取れた。
「なんも聴こえへんけど……」
 ショウコも不気味さを感じ取ったのか、やや声を落とす。ロジャー達も耳を澄ませたが、やはりそれらしき音は聴こえなかった。
 だが、アイルー達は確実に何かの気配を感じ取っている。そしてひどく怯えていた。ふうふうとうなり、よく見れば手足の爪も露出している。ただごとではなかった。
「君達には何かがあるってわかるんだね? 案内してくれないか」
「――こっちニャ」
 反論もせずランマルが先に走り出したのは、とどまっているよりも動いた方が気持ちが楽だからだろう。恐怖を克服するには、結局、原因へ立ち向かうしかないからだ。
「僕らも行こう」
 ロジャー達も後を追って走り出した。やがて、誰もいなくなった城の玄関口に、背の高い影がすっと姿を現した。
 赤い衣装に身を包んだ、まだ若い男である。だが鍔の広い帽子の陰から覗く目はうっそりと暗く、背中に背負った暗赤色の十字形の剣が長い影を落としていた。
 やがて狩人達の足音が遠くへ消えるころ、男もいつの間にか姿を消していた。
 




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