Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


モンスターハンター  騎士の証明~75

【背負いし苦悩の果て】

「どうなっている、城下は……あのよそ者達は?」
 激しく咳込んだあと、老王はぐったりと絹の布団に背を沈めた。エルドラ王国宰相アラムは、なおも発作的に咳をする王の小さな背中をさすりながら、優しく言う。
「すでに脅威は去り、城に避難させていた城下の者達も家に帰しました。例の騎士は……行方がわかりません。おそらく、現れた例のモンスターに喰われたのでしょう」
 王のためにしつらえられたその部屋は、意外なほどに簡素だった。王は華美を嫌う。常に国民の生活を思い、王族だからといって、贅沢を良しとしなかった。
 清廉にて高潔。それが臣下達の王の印象だったし、宰相もまた尊敬してやまなかった美点だった。
 だが、その王には今、時おり狂気が覗く。
「ならぬ、ならぬぞアラム。あの騎士達を生かして国の外へ逃がせば、のちのちに禍根が残るであろう。“我らが”悲願成し遂げるまでは、いかなる障害も排除せねばならん」
「はい、陛下」
 従順に従ってみせるが、宰相の顔は悲痛な影が濃い。しかしそれ以上に、国王の顔色は良くなかった。苦しげに咳き込む口元を絹のハンカチで押さえてやれば、わずかに黒い血がにじむ。
「アラム、薬を……」
 喘鳴を漏らす王の唇に、アラムは優しく吸い飲みをあてがった。喉の渇きに耐えられない様子で、王は懸命に吸いつく。尖った喉仏が数度動くと、ようやく、安堵したように力を抜いた。
(陛下はもう、長くない……。だから焦っておられるのだ)
 寝かしつけ、宰相アラムは疲れたように寝台のそばにある椅子に身を預けた。
(その焦りが、あの騎士達を呼んでしまったのだ。ここ数年、急激に密猟の数を増やしたのが原因だ。今まで通りひそかに事を運んでいれば、ハンターズギルドが動かなかったものを)
 だが、それでよかったのかもしれない。宰相はため息をつく。
 この国がこうなってしまった原因と咎(とが)は、すべて自分にあるのだから……。

 10年前、突如襲来したイビルジョーによって愛息子を失った王は、今まで何の関心も示さなかったモンスターすべてに、激しい憎悪を燃やした。依頼を遂行できなかったハンターをも嫌悪し、憎むようになった。
 息子をモンスターに食われた瞬間から、王の中で何かが反転したようだった。モンスターの話をしただけで激怒し、重い罰を与えようとした。通商の道であるゆえに、エルドラの街にも商人の隊列と護衛のハンターが通る。ハンターは見つけしだい殺せ、という命令には、宰相のみならず誰もが総毛立った。
 もしハンターを不当に傷つけたとあったら、近隣のロックラックギルドから非難を浴びるだけではなく、多額の損害賠償を支払わなければならなくなる。商人や旅人も恐れてここを通らなくなるだろう。そうなったら、旅人の落とす金で持っているこの国はたちまち痩せ細ってしまう。
 そこで宰相は、憎しみの矛先をモンスターそのものへ向けさせることにした。月に何度か、ギルドに所属しないハンターに密猟させたモンスターをクドの廃城へ運ばせて、王の前で狩りを行わせたのだ。
 なるべく残酷に殺すように命じて。
 金さえもらえればなんでもやる密猟者達は、その期待に応えた。王は食い入るようにそのショーを見つめていた。
 やがて、ハンターを見境なく処罰せよという言動は控えるようになった。効果はあったと思った。
 だが、その行為がさらに王の心に闇を巣食わせるとは思いもよらなかったのだ。
 そして王はある決意をし、権力によってそれは実行され、今も続いている。
 王はもう、以前の王ではない――。
 
 気づいたときにはもう遅かった。誰もが王を玉座から下ろせなかった。モンスターに関わること以外は誰に対しても温厚であったからだ。元近衛隊長ガレンの息子ジルを、国を守る将軍職へ抜擢したのもこの王である。
 国が二度も亡びるよりはと、宰相は王に代わってすべてを取り仕切った。王には、愛する家族を護ってもらった大恩がある。10年前、イビルジョーが襲来した時に王が軍を出してくれなければ、城下にいた娘夫婦は逃げきれなかっただろう。
(おじいちゃま)
 ころころと鈴が転がるような声が耳の奥で光の粉をまき散らす。やっと3つになった孫娘は、目に入れても痛くない宝物だった。
(あの時があって、今がある。だからこそ私は、すべてを背負おうとしたのだ)
 新たにモンスターを買い取り、自国の軍に戦わせたのは、重税にあえぐ国民の不審の目を逸らすためだ。ハンターに頼らず自国の防衛を、と建前を訴えたが、犠牲は大きく、行う前より多くの不満が続出した。
 それでも後には引けなかった。頻繁に国政を変えては国民を導けなくなる。
 無理があるとわかっていても、前に進み、自分が正しいと思うことを推し進めるしかなかった。宰相以外の臣下は、ガル国王の善政にあやかっていた能無しばかりで、自ら判断して正しいことをする気概もなかったからだ。
 たった一人で秘密を守り続けることは心もすり減らし、いつしか、モンスターのもたらす秘宝に慰めを求めるようになった。美しい毛皮、体内から生み出される至高の宝石、美味な肉。宰相が密猟者からそれらを独占しても、誰も咎めなかった。皆が引け目を感じていたからだ。
 しかし、いつまでも同じ状態が続くわけではない。結果が出ないことに王は焦れ、密猟の数を増やすよう命じた。宰相は破綻を予感したが、あえて苦言は呈さなかった。
 心のどこかでそれを待ち望んでいたのかもしれない。これで、ギルドが動いてくれる、と。
(終わりが近いようです、陛下)
 眠る王へ、宰相アラムは胸でそっと語りかける。エルドラの街を襲ったイビルジョーを討伐したあの赤い騎士の行方を、あえて宰相は追わせなかった。
 クド近隣に強大なG級モンスターを放っている安心からではない。彼なら、それすらくぐり抜けて真実へたどり着くと確信したからだ。
「……騎士よ、願わくば我が国に救いを」
 宰相は祈るように目を閉じる。たとえ今の地位を失っても、愛する者を守れればそれでよかった。
 扉の裏側で、人影が中の様子をうかがっていたが、やがてそっと去ったのを宰相は知らなかった。人影は眼鏡をかけていた。


 ――ドウシテ ワタシハ ココニイル

 “彼女”は、苛立ちと空腹で叫び続けていた。狭く四角い箱に閉じ込められ、屈辱で気が狂いそうだった。
 何度も自慢の足爪で壁を蹴り、目の前に立ちふさがる幾本もの金属の棒を牙で噛み砕こうとする。翡翠色の美しい鱗はぼろぼろだ。小賢しくこちらに刃向ってくる小さき者どもが傷つけたせいだ。
 陸の女王、飛竜リオレイアは、もう幾度目か知れない大咆哮をあげた。だが、足元に群がってこちらを見上げる小さき者どもは、まるで聞こえていないようだ。
「餌だ。喰え」
 小さき者どもの誰かが、肉の塊を放ってよこした。だが彼女は食べない。臭いでわかる。それを食えばよくないことが起こる。向こう側で同じように閉じ込められていた別のモンスターは、それを食ったあとに声がやんだ。そして、もうそいつの臭いもしなくなった。
 ギャアアアッ!
 後足を踏ん張り、彼女は小さき者どもに吼える。小さき者どもはやはり平然としている。こいつらには耳がないのだろうか?
「警戒している。喰わないな」
「構わん。衰弱寸前だ、麻酔は効くだろう。――やれ」
 誰かが、彼女の爪にも満たない小さな何かで狙いを定めている。あれは危険だ。そう悟る間もなく、2度空気の抜けるような音がした途端、彼女の目の前は暗くなった。
 

アバター
2013/06/08 10:57
小鳥遊さん、コメント感謝です。

いえいえ、いつもご感想ありがとうございます。
アップして直後は推敲も不足していることが多いので、この回までに、以前の回も何度も手直ししておりました。
なので、アップしてすぐ感想がつかなくてもこちらとしては助かる…いえ、冗談ですwww

なんとも長い説明になってしまいましたが、ようやくこの国が何を抱えていたのかはっきりしましたね。
いろいろ込み入っていますが、どうやら王様は家族を失ったショックのあまり危ないことを考えたようです。
宰相は家族を守ってもらった恩とともに、自分だけ幸福になっていることの罪悪感も感じています。だから加担したということです。

あ、扉の向こうに誰かいますね?w
眼鏡っていうと一人しかいませんね。はは、とりあえずコメントは控えます^^

モンスター側の描写って、今までほとんど意識してなかったんです。
ずっとハンターの考えばかり追っていて。これはモンハンプレイヤーとしてちょっと恥ずかしかった。
最近、コミック版の「閃光の狩人」を読んだのですが、親の仇のティガレックス編で、モンスターがどう人間を見ているのかという描写があり、新鮮に感じました。
そうだよなあ、あいつらもいろいろ考えて生きてるんだなと気づいたというか、思い出したというか。
シートン動物記とか、狩猟物の作品で、狩られる側の動物の心境とか書き表していた気がします。
双方の視点が伴うことで、物語にリアリティと奥行きが出ますね。

もっと早く読んでればよかった…とも思うのですが、まぁ、世の中タイミングですよね^^;
モンスター側の視点というのは、彼らにも事情がないとできないものなのです。主役級の立ち位置で、たとえば前述したような宿敵関係とかじゃないと。

ここで登場するリオレイアは宿敵ではありませんが、この場所で何が行われているのかという立場を書くために必要でした。彼女側の心理描写があると、怖さと臨場感が増しますね。

ここから先の展開は、ずっと前からイメージしていたもので、書くのが怖くもあり、楽しみでもあり、です。
アバター
2013/06/08 10:38
ここまで、どんどん続きが気になったので、読みにはお邪魔していたのですが……
ずっと読み逃げでスミマセン^^;
今日、またゆっくりと改めて読ませて頂きました~。読み応えがあります^^

王も、宰相も……、もう、どうにも引き返せないところにまで来てしまっているようですね。
 >「騎士よ、願わくば我が国に救いを」
宰相アラムの呟きは、胸にのしかかりました。
私も、同じことを願ってやみません。
おや? 扉の裏側にいた人影って……w

さて、誰も足を踏み入れない魔窟の奥では、いったい何が行われているのか。
“彼女”の描写が><。
その事実に直面するロジャーら騎士達、ユッカらハンター達、そしてランマルらオトモ達がどう感じて、どう動くのか、
今後の展開も楽しみにしています。



月別アーカイブ

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.