Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~76

【禁忌】

 ランマルに先導されて、ロジャー達は城一階の最奥にある大広間にたどり着いた。
「ここは……」
「謁見(えっけん)の間だ」
 広間を見渡したロジャーのつぶやきにガレンが答える。
 ガレンの言う通り、その場所はかつての栄華の名残をおぼろげにとどめていた。巨大な円柱が支える天井を見上げれば天使のフレスコ画が一同を見下ろし、玉座へ伸びる緋毛氈はほとんど擦り切れ、色あせていた。
「誰もいないなあ。ここでならず者が『何の用だ~?』って腰を上げてくれりゃ、わかりやすかったのによぉ」
 ボルトがごろつきの口調をまねて言い、ユッカとショウコが吹き出しそうになる。たしかに、とブルースもうなずいた。
「だがそれは、そこが入り口だと証明することでもある。ここまで周到に隠された場所に、目印を置く愚はすまい」
「でもここから嫌な臭いが強くするんだニャ」
 ランマルが険しい顔で桃色の鼻をひくつかせる。ロジャーはガレンを振り返った。ガレンはうなずいた。
「――もし、何かを秘するとしたら、ここしかあるまい。私もそう思う」
「どういうこっちゃ?」
 ショウコが不思議そうな顔をする。ガレンは答えるかわりに、まっすぐ玉座のある段差へ歩み寄った。古ぼけた金色の豪華な椅子の裏に回ると、背もたれの部分を両手で強くつかんだ。
「あっ?!」
 ユッカとショウコが思わず声をあげる。ガレンが四肢に力を込めると、玉座がぐるりと回転したのだ。数秒後、鈍く石と石がこすれる音がして、玉座の裏の一部の敷石がぽっかりと口を開いた。階段がずっと奥まで続いており、その先は深い闇の先に消えていた。
「こりゃ、ベタだな」
 アイが呆れて乾いた笑いを漏らす。
「ここは、王やそのご家族が危険にさらされた時に避難する地下室へつながっている。何かを隠すとしたらここだろう。もっとも、大型モンスターはここを通り抜けることはできないから、また別の入り口があるのだろうが……」
「なるほど。元近衛隊長だったから、それを知っていたわけですね」
 ロジャーは形のいい顎に指をかけて、地下室への入り口を見た。
「まだ、何も聴こえてこねえな……」
 アンデルセンを腰のところにかばいながらボルトがつぶやく。アイルー達は黙り込んだまま、じっと暗黒の淵をにらみつけている。
「行きましょう。もしかしたら、向こうもこちらの動きに勘付いているかもしれない」
 ブルースが荷物からたいまつを取り出し、火をつけた。
「ああ。行こう」
 ロジャーがうなずき、たいまつをかかげたブルースを先頭に、一同は暗黒の入口へ一歩踏み出した。

 “彼女”は目を覚ました。
 おぼろげながら、眠りにつく前のことは覚えている。小さき者どもが手にした何かでこちらを狙った途端、数度小さな痛みと甘い煙が鼻先に立ち上り、意識が途切れたのだ。
 だが、記憶をたどる余韻を、現実が許さなかった。

 ――痛い!

 痛い、痛い、痛い!

 “彼女”――飛竜リオレイアは絶叫し、暴れ狂った。全身を鎖で拘束されており、腹の辺りが大きく裂けていて、叫ぶたびに大量の血液が飛散した。生きながら内部をさらけだされたのである。
 灼熱の苦痛というのも生ぬるい、文字通り、それは地獄だった。

「くそっ、もう麻酔が切れた!」
 すっぽりと紫色のマスクを被った男達のひとりが毒づいた。まるで鳥の顔のような形をしたそれは、ハンターの知識があるものならわかるだろう。
 旧大陸に主に生息する、鳥竜種イャンガルルガの素材から造られた覆面だ。きわめて防音効果が高く、それゆえに彼らは、この薄暗い空間に充満する何十頭ものモンスターの咆哮と、ひしめきあう蒸気機関の騒音を無視できるのだった。
「さすが弱ってもG級か。だが、この短時間で目を覚ますとはかなりの個体だな。データを残さなくては」
 ――ギャアアア!
 巨大な金属製の台に鎖で固定されたリオレイアは、生きながら腹を裂かれた苦しみに、全身でわめき散らした。そこから逃れんとばたばたと巨翼を打ち鳴らし、たくましい両足を蹴り上げようとする。
「無駄だ、マカライト鉱で造られた足枷はそう簡単には外れん――」
 鼻で笑ったひとりが、次の瞬間潰れたような悲鳴をあげた。バキリと金属が弾ける音がした瞬間、リオレイアの右足がその男を捉えたのだ。鋭い爪が男の腹を引き裂き、男は血と内臓をまき散らしながら壁際までふっとんだ。
 だが、悲鳴を上げる人間はいなかった。
「……油断は禁物だというのに。モンスターに対して、絶対はない」
 マスクの中で顔をしかめているであろう声音だったが、慣れているらしい。別段、死んだ男に同情している様子はなかった。
「処分しますか? 組織の損傷も著しく、これ以上施術に耐えることは不可能かと」
 部下らしきひとりが近づき、耳打ちする。いや、と彼は薄暗がりにたむろしている、ハンターらしき一群を振り返った。
「飛竜の再生能力は高い。とりあえず腹をふさいでおけ。麻酔に耐性がある個体は珍しい。まだ何かに使えるだろう」
「はい」
 部下はハンター達にかぶりを振ってみせた。彼らは特別に雇い入れた密猟者達だった。
 実験のさなかで、暴れたモンスターにより命を落とす者達は多い。憎しみが限界に達して狂乱するモンスターを処分するのが彼らの役目だった。密猟者全員が、不気味な意匠で知られるイビルジョーの装備一式で統一されている。
「動脈に直接麻酔を注入しろ。終わったら、傷がふさがるまで檻に閉じ込めておけ」
 男が手を振って指示を出す。リオレイアは最後の抵抗を試みたが、蹴り上げられる足をかいくぐって、数人の男達が太い針のついたチューブを腹部の血管に刺しこんできた。
 すると、部屋の四方に並べられた巨大な檻から、一斉にモンスター達が咆哮をあげ始めたのである。
 まるで、やめろと言うかのように。
 氷牙竜ベリオロスがいた。角竜ディアブロスもいた。轟竜ティガレックス、迅竜ナルガクルガ。それぞれが亜種も含めて何十頭も檻の中につながれていた。
 彼らがこぞって、閉じ込められた檻の中で暴れ狂い、喉から血を吐く勢いで叫び続けている。
 大型モンスターは個体意識が強く、飛竜種はつがいでも一部を除いて連携はしない。だがまるで今の光景は、生息環境の違う飛竜種達がリオレイアに同情し、人間へ怒りを募らせているとしか見えなかった。
 だが、人間達はそれを意に介すこともなく、淡々と自分の仕事をした。強力な麻酔を注入されたリオレイアは、ほどなくしてまた意識を失う。
「これだけ生命力の強い個体だ。これなら次の実験にも耐えられるだろう」
 特殊な滑車を使って、翡翠色の巨体が運ばれるのを見ながら、室長と呼ばれた男は満足げにつぶやいた。そこへ、幾人かのとまどった声が彼の考察を邪魔する。
「何事だ?!」
「ハンターズギルドだ! 全員、そこを動くな!」
 もはや質量を伴った音の密集する空間に、斬り込むような鋭い声が響き渡った。
 振り向けば、人間用出入り口付近に何人かの男女が身構えて立っていた。その中で、最も鮮やかな紅の衣装に身を包んだ若者がこちらを凝視している。
 幅広い深紅の帽子の鍔の陰から、鋭刃のような視線がのぞいている。
 “紅蓮の”ロジャーの顔だった。
 




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