モンスターハンター 騎士の証明~77
- カテゴリ:自作小説
- 2013/06/21 08:58:39
【禁忌・2】
「おい……お前らいったい、何してやがんだ……?」
押し殺したボルトの声は、とまどいではなく怒りに震えていた。
「なあ、頭の悪い俺にもわかるように教えてくれよ?」
ロジャーは無言で広間の奥へ数歩進んだ。まるで気圧されたように、覆面の男達はじりっとあとじさった。
ロジャーはぐるりと周囲を見渡した。轟々と吼え猛るモンスターは、檻を食い破らんと柵に牙を立て、壁に体当たりをし、血を吐くような咆哮をあげている。事実、巨大な口腔から鮮血をまき散らすものもいた。
彼らの姿をひと目見て、ロジャーの眉が険しく寄る。モンスター達は、どれも不自然な姿をしていた。
翼が不自然に欠損し、体表の筋肉があらわになっているもの。後ろ足が鋼の作り物にすり替わっているもの。全身にむごい縫合痕があるもの。両目に金属の部品を埋め込まれたもの……。
ボルトが怒りをあらわにした理由が、“彼ら”の姿であった。
「こ、これは……」
絶句するガレンに、ブルースが鉄の声で言った。
「この地へ来る前に、ギルドマスターの前でお前は証言したな。密猟した大型モンスターと共に、数十人の学者らしき人間を見かけたと。我々の推測は正しかったというわけか」
「学者先生がモンスターの体切り刻んで、どないするねん、なあ?」
ショウコがうつろな声でさらに問う。ブルースはロジャーの見つめる先を示した。
「――奥を見ろ。そこに、すべての答えがある」
「くそっ! こ、殺せぇ!」
ユッカ達がそこへ視線を向けようとしたとき、覆面の学者の一人が壁際に待機する密猟者達へ怒鳴った。言われてようやく、密猟者達はうっそりと立ち上がった。凶暴竜イビルジョーの暗緑色の皮と無数の牙を全身にあしらった防具が、電光虫のランプの光にぬめりと光る。
――ガアアア!
檻の中のモンスターが一斉に咆哮した。すさまじい憎悪の声にユッカは耳をふさいですくみあがった。ランマルが、ぎりっと小さな牙を噛みしめて、顔を隠した人間どもをにらみつける。
「この地へ踏み込んでから、ずっと感じていた憤り……それはこいつらの怒りだったんだニャ。どうせあの人間どもを殺すなら、奴らにやらせてやったほうがいい」
「ランマル……」
いつも優しいオトモのかつてない憎しみに満ちた声に、ユッカはなぜアイルー達がここまで怯え、怒りをあらわにしていたのかわかった。
人間と交流のあるアイルー族も、種としてはモンスターの仲間だ。両者は決して相容れないが、同族の意識が、虐待されているモンスターへの同情を呼び起こしたのかもしれない。
「何をしている、早く殺せ!」
傲慢に怒鳴る学者に、密猟者のガンナーが、顔を覆ったマスクの奥で彼をじろりとにらんだ。ぽっかりと空いた黒い二つの目の穴が異様に不気味だ。
「――拒否する。相手が悪い。奴らはギルドナイトだ」
「それがどうした! たかが人間だろう!」
「だから始末が悪い」
淡々と、もうひとりのイビルジョーの剣士が言った。絵に語り継がれる悪魔のような兜から、くぐもった声を出す。
「ギルドナイト個人の対人戦闘能力は精鋭の一個中隊以上だ。何より奴らは標的を消し去るまで、地の果てまで追いかける。この工房が発見された時点で、もう計画は終わりだ。我々は引き揚げさせてもらう」
「待て、話が違う――」
「動くな!」
ブルースの恫喝とともに、銃声が彼らの足元で咆哮をあげた。なんのためらいもない一発だった。ライトボウガン【凶針】は、対モンスター用の銃だ。それを人間に向けて撃てばただでは済まない。だが、硝煙をあげた銃を構えるブルースのまなざしは揺るぎなかった。
「ひとりでも逃亡を試みれば、次は撃つ!」
密猟者達ですらその意に従うほどの恫喝だった。そこでようやく、ボルト達はなぜ、ブルースがそこまで激昂しているのかを知った。そして、見ることができた。ロジャーが見つめる先、彼が張り付けられたように微動だにしない理由を。
「あれは……何?」
ユッカは目を凝らし、呆然とつぶやいた。泣き叫ぶ檻の中のモンスター達に気を取られて気づかなかった。たじろぐ研究者達の背後に、天井から吊り下げられた巨大な生き物らしき姿がある。
ロジャーは答える代わりに、目ざとく壁際のスイッチを見つけると、足早に歩み寄って取っ手を引き下ろした。ブゥンと虫の羽音のような鈍い音がした途端、天井付近に吊り下げられた巨大な照明に青白い灯がともる。
その光のもとであらわになった巨大な姿を目にして、ユッカ達は息をのんだ。ロジャーはややうつむいた。広い帽子の鍔に眼元が隠れる。
金属製の巨大な針で体のいたるところを貫かれ、ワイヤーで吊るされているそれは、人間と竜の境界を超えた“何か”だった。
体長は飛竜種の標準より倍以上大きい。40メートルは超えている。
全体の形は人間に近いが、飛竜のように長い尾を携えている。頭部は人間に近く思われたが、こめかみに湾曲した一対、頭頂部に直立する一本、禍々しい角を生やしていた。
巨体を覆う鱗や甲殻のあちこちからは、赤い筋肉の束が痛々しくあらわになっていた。そこへ、まるで甲殻や皮膚の代わりといわんばかりに、金属の装甲が各所に施されている。
何よりその背から、一対の分厚く広々とした黒い翼膜が生えていることは脅威であった。
飛竜種は、前足が翼に進化しているため、身体構造は人間などの地上生物と同じである。この地上で節足動物以外に足と翼の数が多いものはありえない。つまり、通常の進化を超えた存在であるということだ。
この形態は古龍種と呼ばれる、未だ全容が解明されていない生態のモンスターに一部見られる。
しかし、今目の前にしている生物の形をしたものが古龍種であるはずがない。
人為的に造られたものであることは、一目瞭然であった。
それはぐったりと四肢をぶらさげて動くことはなく、胸から腹部にかけて正中線から中身を露出させている。そこから垂れ下がる生々しい色をした臓器を見た途端、激しい嘔吐が襲ってきて、ユッカはとっさに両手で口元を抑えた。
仕留めたモンスターの解体作業で、内臓や体組織などは見慣れている。しかしその生物がさらけだしているものは、ただの臓器ではなかった。
人工的な青や赤に色分けされた管、それらを繋ぎとめる金属の部品、垂れ下がった巨大な黄色い心臓が、規則的に動いて体液を循環させていた。
ありえない。内臓をさらけだして――いや、それ以前に、人工物で生かされている生物が存在するなどとは。
「……生きてるの……?」
問わなければ気が狂いそうだった。ユッカのかすかな声に、ロジャーが答えた。
「生きてもいなければ、死んでもいない。ただ腐敗を防いでいるだけだろう」
ロジャーは竜らしきその生物を見上げた。人とも竜ともつかない顔に当たる部分には、いくつもの穴が開いた面甲が直接肉に打ち付けられている。あまりのむごたらしさに、ロジャーもまた、すぐに目を逸らした。
「――竜機兵。遥か古代に行われた禁断の技術の落とし子だ」
>蒼雪さんでも、そんな事が…
はい、しょっちゅうでございます。ここから先の場面は、もう1年前からずっとあたためていたもので、ここでようやく日の目を見ることができたというのに、うまく力加減が筆に(文章に)伝わらなくて。
もっとこう、気持ちを入れてぐーっと描写したかったのに、どうしても淡々と描きこなしてしまいました。
気持ちが入って書くのと、そうでないのでは、密度や読まれた方の印象も変わってくるのではないかと。だから大事な場面こそ、感情移入して描きたかったのに、今日はできませんでした^^;
それでも、小鳥遊さんは緊迫感を感じていただけたとのことで、少しほっとしております。
推敲といっても、大まかな部分は変えません。ひとりひとりのセリフや行動に矛盾はないか、もう少し密度は上げられないかと、そういう細かい部分を煮詰めていきたいなと。
そのためには何日かかけて何回も読み返さないとならないので、しばらくこのままだと思いますw
蒼雪さんでも、そんな事があるんですね^^;
私は、読んでいて、漂う緊迫感を肌で感じることが出来ました。
まだ推敲されるかもしれない、との事で、今回は短めコメントにしておきますw
あとで読み返してみて、不足部分を書き直すかも。重要な場面に限って筆が乗らないとは、うまくいきませんね。