Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~78

【竜機兵】

「竜機兵……?」
 初めて聞く言葉に、ショウコがおぞましげに眉をひそめた。
「なんや、それ……いったい何のためにこんなけったいなもん造ったんや」
「――今から何百年も前、人類は科学による文明の最盛期にあった」
 構えていたボウガンを下ろすも、油断なく学者や密猟者達をにらみながら、ブルースが言った。
「機械でできた兵士が闊歩(かっぽ)し、ときに山脈を削るほどの高精度の兵器が猛威を振るった時代だ。現在では、古い遺跡や火山地帯から発掘される武器や古代の破片からその技術力の高さを知ることができるが、高い知能を持つ竜人族ですら、再現は不可能とされている」
「造竜術は、その時代の技術だということか?」
 ガレンが尋ねる。ブルースは「そうだ」と言った。
「人類の敵であった龍族を駆逐するために造られた、対モンスター生体兵器。それがこの、竜機兵と呼ばれるものだ。一体作成するには、成体した飛竜を30頭必要としたらしい。だが製造は極めて難しく、成功例は少なかったとされる。つまり実際には、たった1体造るのに、何百頭もの飛竜が犠牲になったということだ」
「そんな……」
 ユッカがかすれた声をもらした。衝撃のためか、顔色が白い。
「人類の敵って……。大昔は、人とモンスターが争っていたというの?」
「竜大戦、という歴史の言葉がある」
 ロジャーが淡々と答えた。
「モンスターと人間は憎しみ合い、争っていたんだ。いや、人類が勝手に、自然へ戦いを挑んでいただけかもしれない。おのれが手にした技術確かめたさに、ただ支配者であろうとして。モンスターはそんな人類に抗っていただけだろう。互いに生き残るために、世界は火の海に包まれた――。竜人族の歴史書には、そう記されている」
「造竜術は、人類の技術の傑作だ! 最高峰だ!」
 ブルースに恐れをなしていた技術者のひとりが、うわずった声で叫んだ。
「我々はその技術を復活させる義務がある! 人類が、人として生きていくために!」
「そのために大勢のモンスターを犠牲にしていいってのか!!」
 間髪入れずボルトが雷のような声で怒鳴った。
「てめえらがそういうことすっから、バランスが崩れるんだよ! 極端に数が減って生態系に異変が起きたら、そのとばっちりが人間に必ずやってくる。この世界はモンスターだけでも、人間だけのものでもねえんだ! そこまでわかっててやってんのか、ああ?!」
「――モンスターなど、所詮、人類にとってただの資源でしかない」
 室長と呼ばれていた学者が淡々と言った。
「それはお前達ハンターズギルドの人間が一番よくわかっているはずだ。モンスターがいなくなれば、狩人の仕事もなくなる。だから数が減らないように加減して狩りをしているのだろう? 王族や一握りの富裕層のために、くだらない理由で希少なモンスターの狩猟も請け負うくらいだからな」
「貴様……!」
 ボルトの眉間に深く皺が刻まれ、怒気に顔が真っ赤になった。だが彼の怒りが爆発する前に、ロジャーが応えた。
「その通りだ。その事実に反論する理由はない。だが、人間がモンスターを支配しているなどという妄想は、一度たりとも持ったことはない」
「たわごとを。頭数の管理、産卵された卵の確保や調整など、事細かに自然に干渉する。それこそが傲慢ではないか」
「自らの欲望のために、モンスターを……他者の命をもてあそぶ愚行は、ただの児戯だ」
 怒鳴ってはいない。静かな、だが、底冷えするようなロジャーの声だった。学者は黙った。ロジャーは帽子の陰から冷たく犯罪者を見すえる。
「人間には、他の生き物にはない知恵がある。ただ生きるために食い、本能のままに駆け回る獣とは違う。頭数や産卵の調整は、人間が知恵持つものとしての当然の義務だ。知識も知恵も、世界との共存のためにあるもの。断じて、稚拙な知識欲のために振るわれていいものではない!」
 鋭いロジャーの一喝にも、学者達は動じなかった。室長は、むしろ鼻で嗤(わら)った。
「稚拙? 我々は、より人類が発展するために尽力しているのだ。モンスター一体のために、人間側は常に棲家をおびやかされ、生死や自然すら左右されてしまう。その脅威に怯えることなく暮らせる世界――それこそ人類の夢、理想ではないか」
「それは詭弁だ。モンスターは自然の支配者ではない。モンスターと自然は、分けて考えるものではない。先の人類は、それを見誤った。自分が支配者だと驕り、驚異の力を持つモンスターを憎んだ。だから、互いの種が半数以上絶滅する竜大戦などというものが起こったんだ」
「きれいごとを言う。だからギルドとは折り合いがつかんのだ。もっとも我々はそれが嫌で、独自に工房を設立したのだがね」
「闇の工房――」
 ガレンが唇をゆがめて目を伏せる。
「ギルドと契約するハンターの武具を造る工匠とは別に、同じ技術を持った裏の組織がある。私のような――世間の闇で生きるハンターには、公式の武具は手に入らない。だから、彼らのような技術者には散々世話になった……」
「ほう。お前は、防具はデスギア、武器はイモータルバンドか。装備はドンドルマ製、武器はロックラック製とな。ははは、密猟者そのものの格好だ。奴らはギルドに属さないために、あちこちで装備を密造するからな。甚だしくみっともない、だが、おあつらえ向きの姿だよ」
 室長は覆面の下で嘲弄した。ガレンが苦汁を噛みしめた表情で黙り込む。
 ロジャーの代わりに、今まで黙って傍観していたアイが、ぼそりと言った。
「……どいつもこいつも、糞だな」
 一瞬、沈黙が降りた。だがすぐに、ブルースが再び声を張り上げた。
「今一度問う。貴様らの背後にいる者は誰だ? ここまでの施設を用意させ、モンスターを買い入れるほどの潤沢な資金を提供した者がいるはずだ。答えろ!」
 今度こそ、学者は声をあげて笑った。
「聴きたいかね? この場所を突き止めるほどの慧眼の持ち主達が、それを? ならばいい、教えてやろう。それは――」
 ――ギャアアアアッ!
 学者が傲慢に笑って胸を反らせたときである。突如、耳をつんざくような飛竜の咆哮が全員を貫いた。
「なっ――!」
 真っ先に驚いて天井を見上げたのは、学者達である。ロジャー達もそれを追って視線を走らせ、驚愕した。
「リオレイア?!」
 ロジャー達が侵入してきたために、搬送途中で宙づりのまま放置されていた飛竜リオレイアが麻酔から覚醒し、すさまじい声をあげて暴れているのだ。
 ギャアッ、ギャアッ、ギャアアアア!
 さかんに翼をばたつかせ、たくましい脚を蹴り上げて、リオレイアは全身に張り巡らされたマカライト鉱のワイヤーを引きちぎろうともがいた。その衝撃で何本かのワイヤーがちぎれ飛び、地響きをたててリオレイアの巨体が床に落ちる。だがまだ幾本かが残り、彼女が身をよじるたびに鋼線を突っ張らせた。
「どうして、こんなことを……」
「危ない、ユッカ君、下がれ!」
 ふらふらと誘われるようにユッカはうつろな顔でリオレイアに近づいた。ロジャーが叫んだが、ユッカはさらに歩み寄っていた。
 グアアアアッ!
 その時、リオレイアは不自由な後足で立ち上がり、身を反らした。見ろとばかりに突きつけられた白い腹が縦に裂け、開いた傷口からどっと内臓があふれ出す。
「いやああああ!」
 ユッカは、身も世もなく叫んでいた。
 
 




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