Nicotto Town


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モンスターハンター  騎士の証明~79

【私は人間であることを恥じる】

 リオレイアの弾けた腹からさらけだされたのは、正体不明の機器と結合された内蔵であった。ユッカを叫ばせたのは、その不合理さと、無機物と有機物が絡み合う生理的な嫌悪のせいだった。
 ――ギャアアアッ!!
 身体を拘束するワイヤーを引きちぎろうともがきながら、リオレイアは血を吐くような咆哮をあげた。
「――っ!」
 びりびりと空気が鳴動し、ユッカは耳をふさいでしゃがみこんだ。声がやんで、再び顔をあげると、雌火竜の燃えるような瞳と目が合った。
(この子――何かおかしい)
 その時、学者の誰かが驚きの声をあげた。
「またか。この個体は麻酔の抵抗が強いな……」
「え?!」
 もしやと思い、ユッカが背負っていたライトボウガンをリオレイアの鼻先に掲げて見せると、リオレイアはそれが敵(かたき)だといわんばかりに身をよじり、食らいつこうとした。
 はっとして、ユッカは壁際に居並ぶ学者達を見た。鳥面の何人かが、ハンターの使うライトボウガンを抱えている。型は初心者が使うようなものばかりだが、威力は伴わないにせよ、モンスターを拘束させるには十分な武器だろう。
 例えば、麻痺や睡眠の効果でモンスターの動きを止め、その間に好き放題できるくらいには。
「――効かないはずよ。何度も麻酔を打ち込めばモンスターの体内で耐性が付くって、わからないでやっていたの?! この子がこんなに怯えるまで!」
「我々の使用する薬品は特別製だ。貴様らハンターの使用する薬とは違う」
 学者のひとりが笑った。常に裏側の世界にいるために、自らの研究成果を世に知らしめることができないのは、彼らにとっても欲求不満であったろう。ここぞとばかりに口を滑らせる。
「造竜術にはいまだ不明な点が多く、詳しい製造法は闇に包まれたままなのだ。我々はこうして形だけでも作ることに成功したが、起動にまでは至っていない。どの器官が機械と連動して動くのか。その実験のためにモンスターの、特に飛竜族の検体が必要だったのだ」
 ユッカは耳を傾けず、吼え続けるモンスターを見ていた。人間の手によって不当に体を作り変えられた生き物達を。
 檻にぶつかりながら、彼らは何と叫んでいるのだろう。
 ここから出してくれと哀願しているのか。 

 違う。

 憎悪だ。 
 
「……どうして? どうして、こんなひどいことができるの?」
 押し殺したユッカの声は、震えていた。今にも泣きだしそうな唇が、ぎゅっと何かをこらえるように噛みしめられる。
「モンスターにも痛みや怒りがあるのに。傷つけば死に物ぐるいで抵抗する。その権利さえ奪って、あなた達は胸が痛まないの?!」
「それは愚問だ」
 室長の男が言った。
「それを我々に言うなら、なぜ貴様らはモンスターを狩る? 肉や魚を食べるのは人間だけの罪なのか? 違うだろう。我々を罪に問うなら、発展を望む人類すべてを裁きにかけなければならない」
「違う!」
 ユッカは怒鳴った。
「わたしが言いたいのはそんなことじゃない! 話をすり替えないで!」
「違うものか」
 室長はせせら笑った。
「先刻も言ったはずだ。人類が力でモンスターにかなわないのなら、知恵でその強大な力を上回るしかない。だからこそギルドの武器工匠が発展したのであり、貴様らハンターがその恩恵を得てきたのだ。だが、人間はモンスターの前にはもろい。いかに強力な装備で身を固めようとも、ただの一撃で屠(ほふ)られることもある。我らの支援者は、それをもっとも憂慮していた。そう――モンスターに滅ぼされた、この国の王がな!」
「ガル国王が……そうだったのか」
 ガレンがおののいた。予想していたとはいえ、真実を突きつけられれば、やはりつらかった。
「だからそんな化け物を造ったってのか。なるほど、化け物には化け物同士で戦わせろってか――呆れたぜ」
 ぼそりとアイがつぶやく。それが事実だろうと、ロジャーは厳しい目で、天井から吊り下げられている不気味な怪物を見上げた。
 ハンターを信用せず、忌み嫌う国王。ハンターがモンスターに対して万能ではないなら、それに対抗する手段をつくってしまえばいい。もし絶対的な力を得ることができれば、ハンターやギルドに依存しなくてすむ。
 ゆがんだ正義――それは、モンスターへの復讐でもあった。
 大枚の資金をはたいてまでも密猟させ、成功するかどうかもわからない不確定な実験をさせる本当の意味。
「……モンスターの全体数が減少すれば、それだけ人類の被害も少なくなる。元ガル国王――現エルドラ王は、そう考えたわけか」
 ロジャーの詰問に、室長は答えなかった。だが、仮面の下で笑っていることは明らかだった。
「お前達は研究ができればそれでいい。王はモンスターの減少、あるいは絶滅をもくろんでいる。ここで研究された技術は他国へ高額の報酬で流れ、王は復讐心を満たせれば、成否に異論はない――そういうことなのか」
 パチパチと乾いた音がした。室長が軽薄に拍手していた。
「ご名答。貴君を我がチームに入れたいくらいだよ。その洞察は素晴らしい」
「貴様ぁ!」
 ボルトが怒号する。なぜ彼らがここまで居直れるのか、まったく理解できなかった。学者特有の自己顕示欲の成せる業なのだろうか。
「……許せない」 
 ユッカはライトボウガン【野雷】を構えていた。

 安全装置を外す音が無情に響く。銃口は学者達を向いていた。ひぃっと悲鳴をあげ、何人かがたじろいで後退する。
「ユッカ! 何をするニャ!」
 ランマルがユッカに飛びついて止めようとする。ユッカは彼を見ずにその小さな身体を手で払った。
「ユッカ……」
 初めての拒絶に、愕然とランマルは主の横顔を見上げた。ユッカはランマルを見ずに、小さくつぶやく。
「お願い。止めないで」
 ユッカは手にした武器を構えた。モンスターを狩るのと同じ要領で。
「――この人達と同じ人間なのが恥ずかしい」
 引き絞るようなユッカの声に、ランマルは思わずあとじさっていた。ユッカの構える銃ががくがくと震えていた。それでも彼女は武器を下ろさなかった。
「ランマルもさっき言ってたよね。あの人達が、ここのモンスターに殺されればいいって」
「それは……」
 ランマルが後悔をあらわにする。ユッカの唇が、わずかにほほ笑んだ。
「わたしも、同じだよ」
 笑ったはずの唇が、ぎりっと怒りに噛みしめられる。
「……まえばいい」
「ユッカ――」
「死んでしまえばいい! あなた達、みんな!」
 絶叫だった。ユッカの叫びが本気と知り、学者達が逃げようと慌てて背を向ける。ユッカの震える指が引き金に力を込め――、鋭い銃声がとどろいた。
 ユッカの心があげた、悲鳴のように。

 ユッカは恐る恐る目を開けた。無我夢中で引いた引き金は、引かれたままそこで止まっている。ロングバレルを装着した長く雄々しい銃身の先からは、きな臭い硝煙が立ち上っていて、すぐ目の前の床がえぐれている。撃ったのは間違いなかった。
 だが、銃口は不自然に下を向いている。ジンオウガの外殻を用いた碧色の銃身の半ばを、何者かが抑えているからだ。
「ロジャー、さん……?」
 深紅の手甲を身に着けたその先、同じ色の鍔広帽を目深に被った騎士は、悲痛な目でユッカを見下ろした。




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